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第7話 異世界における精神の幽閉と乖離

Diary #1 : The Confinement and Alienation of Spirit in Parallel Universe

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 本稿では「異世界」と呼ばれる空間に幽閉されたとする数名の精神疾患者の証言をまとめ、それらに共通する異世界の表象を明らかにした。近年世間を騒がせる「異世界待望論」の発端は優生学に基づいた能力主義的(meritocratic)な社会構造と長期にわたる不景気によるものであり、世間の関心も相まってこれらの実学的検証を多くの研究員が先行するところである。しかし「異世界」の調査を行う上で精神疾患者を扱った論文は国内ではあまり見られない。したがってこの調査を行う意義は十分にあると考える。先行研究については数少ない海外の論文を手がかりに疾患者の証言との比較を行う。


 今回の調査にあたってはクソデル国立病院に収容されている5名の精神疾患者を対象とした。彼ら5名は都内地下に広がる下水道の一室(幅2m程の空間)から昏睡状態で発見されたものであり、手元にはウンチゲリノプロパン等の薬品があった。いずれも重度の精神不安を患っており、言語に統一性が見られない。精神安定剤を投与し不安を緩和させたところ、断片的ではあるものの、一部の言語的統一が見られた。それらを調査していく過程としてはアンチ・ゲリブリックソ薬(100ml)の持続的投与が有効であるように思われた。これにより対象者の突発的な幼児語を何度かおさえることができた。


 結論をまず挙げておくと「異世界」に関する5人の証言に僅かな共通性が見られた。5人が共通して「北の罅穴」から「異世界」に侵入し、「ノースクランニー村」の長に出会ったという。彼らはその後「狼男」を討伐し、「武器」を取り返したという。その後の内容は確認できなかったが、これらの証言は「異世界」が共有的に存在(もしくは生み出された)ものであることを示す1つのてがかりとなる。


 非独立的世界の体験を1つの概念として共有という事例は数多くある。たとえばブラヴァツキー(Blavatsky)の示す「アカシックレコード」はすべての感情と記憶を集合したという点で共有的であるといえるし、ユング(Jung)の「無意識的集合」の場合にも同様の示唆を得ることができる。また「異世界」研究の草分けであるウンコスキー(Unkovskii)もまた、主著「異世界漂流概論」において類似した理解を示している。以下はその言及である。


 ”異世界と呼ばれる「集合的共世界」はおよそ相対的である。異世界はそれを見た者が持つ意識を与することで生み出される。見た者の意識が1つになることで彼らはその世界を共有するのである。そこでは感情において支配的である(P931)"

              アレクセイ・ウンコスキー 『異世界漂流概論』より


(中略)


 ウンコスキーは30名ほどの旅団を連れて自ら自身も異世界に漂流した。彼らの「異世界」に関する証言は「ノースクランニー村」を訪れたという点で一致する。したがってウンコスキーの「異世界」と今回の精神疾患者5名の共有する「異世界」は同一のものであるように思われる。


【① アレクセイ旅団の場合】

被験者「@"#%&"$!(何やら聞き取れない言葉を話している)」

研究者「君は何者だい?」

被験者「あ、俺か・・・。俺は#####(削除済)。」

研究者「わたしの言葉がわかるか?」

被験者「わかる。・・・すこしは」

研究者「よし。じゃあまず・・・ 君が『見たもの』について教えてくれるかな」

被験者「うん。はじめ、博士にクスリを打たれた。とても痛かった」

研究者「それから?」

被験者「とても痛かった。頭がくらくらしたし。あと目の前が真っ白になった」

研究者「うん」

被験者「白い霧がかかって、で、気がついたら空にいた」

被験者「まあ、藁に落ちたから助かったけどね」

研究者「ふむ」

被験者「そこにはウンコスキー博士と、あと30人くらいの人がいた」

被験者「でも、博士は失敗だといってた。」

研究者「なぜ?」

被験者「本当は150人送ったんだけど120人は行方不明になったって」

研究者「彼らはどうなったと思う?」

被験者「わからない。だけど彼らが道を迷ったのは必然だったって」

被験者「ここでは時間も空間もパラレルで不安定なんだって」

被験者「おれにはよくわかんないけど」


         アレクセイ・ウンコスキー 『異世界漂流概論』より

                「被験者との対話:13番の場合」



【② 本稿における調査の場合】

疾患者「トニー、トニー、トニー」

研究者「誰のことだい?」

疾患者「トニー・チャールストン。あいつだけは許せない」

研究者「なぜ」

疾患者「20年間俺を騙し続けていたんだ。ずっと」

疾患者「こころのやすらぎの地があるって聞いたのに、そんなものはなかった」

研究者「君が見たものについて教えてほしい。はじめから」

疾患者「はじめから?俺の何十年にも渡る人生を詳細までイチから語れと?」

研究者「できれば」

疾患者「まったく、俺の人生は不甲斐ないものだった」

疾患者「難しい言葉をべらべらと喋る一方、愛を知らずに育った」

疾患者「よくある話だろ。頭ばっか一流で大人顔負けのガキ」

疾患者「だけど肝心の心がパア。案の定社会不適合者になったけど」

研究者「でも、君はよく話せているじゃないか」

疾患者「まあ 俺の場合は運が良かった。話の通じるやつが多くってさ」

疾患者「ああいう世界にずっといて、話のわかるやつばっかに出会ってれば」

疾患者「現実の奴らみたいに 気がねなく話せるようになるってこと」

研究者「うん」

疾患者「俺の最初の幸運は穴に落ちた時からだった」

疾患者「なんでか知らねえけど藁があってさ、そこにドスンと落ちたわけ」

疾患者「そこからてくてく歩いていくと村があった」

疾患者「ノースクライニーって辺鄙な村でさ、変な名前だろ。」

研究者「それから?」

疾患者「爺さんに絡まれて嫌だったからすぐ出てったよ。関わりたくないし」


          雲池 出太郎『異世界調査:精神疾患者に関わる報告書』

                      「第3部:精神疾患者との対話」


 彼ら5名の疾患者がアレクセイの著書に触れていたという事実はある。したがって彼らの疾患は過去の経験に基づく空想であるという可能性は大いにある。しかし彼らが現実と空想の区別がついていないという点、支離滅裂な空想をある世界において共有できている点、そして何よりも(これは仮説だが)現時点で彼らが異世界を遊行しているという点を考えると、あながち過去の閲覧経験に基づく共謀であるとは考えにくい。

 


(中略)


(中略)


(中略)



 ・・・調査はまだ始まったばかりであり、引き続き新たな発見の余地がある。したがっていくつかの疑問については一旦保留にして、最後に「異世界待望論」について一筆を加えておく。(下記は本稿の調査とは関係のないものである)



***


 昨今の「異世界待望論」については多くの懸念を抱いている。それは「異世界」とよばれる世界が十分な危険性を持つものであることを、彼らは考えていないからだ。ウンコスキーの言葉を借りるとするなら、異世界は「およそ相対的である」。それだけ不安定な要素があり、近づく者は軸を失い精神を崩壊する。少なくとも調査の結果からはそのように判断できる。


 この数年で「異世界ドラッグ」と呼ばれる違法薬品が密かに流布している。そして未来ある多くの若者がこれに手を出しているという。これらは高齢化された国家および社会が権力を固持するという中高年優遇社会において見られる、若者の「孤独と不安」に依るものであると推測される。彼らの不遇なる現実逃避の帰結が「異世界」というユートピアを思い描かせるのである。しかし学者としてこの事実に警告するならば、将来の人材に対する投資を行わず、目先の票数、株主の意向に盲目的に従うというといった悲観すべき事態は非常に深刻であると考えなければならない。


若者は中高年のエゴに潰されてありもしない世界を思い描き目指そうとしている。

しかし、その先は妄想と現実の錯綜する不安定な地獄である。


                               2017年9月24日

                                雲池 出太郎


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