先人達の闘器講習その1 神器と闘器

「あの、さっき教わったことを忘れるほど忘れっぽくはないんですけど……。それとも何かのジョークとか抜き打ちテストだったりするんですか?」


「いや、僕にそんなつもりは微塵もない。僕の闘器は『武器庫』なんだ。さっきのレーヴァテインは拾ったモノ。落ちてるモノを拾うのは人の性だからね」


「……はい?」


 サラッととんでもない事を言う人もいたものだ。


 レーヴァテインを拾った? 剣みたいでちょっとカッコいい木の枝を、道端で拾ったみたいな感覚で言われても、私にはさっぱり理解できない。そもそも、神器を拾ったという時点で訳が分からない。


 しかも闘器が武器庫? それが私の目の前で起こっている現象と、一体何の関係があるのだろうか。考えれば考えるほど頭が痛くなる。


 私が頭を抱えて混乱していると、私の隣からドレッドさんの声がした。よく見るといつの間にか、通信の相手だったと思わしき2人も合流していた。


「何事にも例外は存在する。あまり例外については深く考えない方が良い。俺にもあの闘器の理屈はわからん。ついでに神器を拾ったというのはホラ話程度に思っておけばいい」


「え、えぇ……?」


「……あたかも僕だけが、仲間外れみたいな言い方はやめてくれないかい? 地味に傷付くんだよソレ? あとレーヴァテインはホントに拾ったモノからね!?」


「どう言い換えたって、代表が例外まみれである事に変わりはありません。そこはどうやっても変わらない事実です」


 「まぁ、そう言われても仕方ないか」と、代表が少々不満げに呟いた後、しばらく頭を掻いていたが、ふっと思い出したように話し始めた。


「そういえば、穂ちゃんの闘器って何だっけ?」


「私ですか? 私の闘器はまだメンテナンス中ですよ。代表の武器庫にあるんじゃないですか?」


「え、そうだっけ? ……じゃあちょうど良いや。君達にも武器庫の中に来てもらおう。ドレッド君達はともかく、士君の闘器に関する勉強の一環としてね」


「……要するに、僕達が臨時講師って奴ですかね?」


「本当に察しが早いなクラム君は。おかげで色々と説明の手間が省けて助かるよ」


 「お世辞は程々にしとかないと後が怖いですよ」と言った後、クラムと呼ばれた人が私の方を向いた。それからドレッドをチラと見た後、思い出したように手をポンと打ってから私に話しかけてきた。


「あ、そういえばリーダーから自己紹介しろって言われてたんだった。僕はさっき代表にも名前を言われたけどクラムって言うんだ。本名は『チャーチル・クラウン』だけど、皆がクラムって呼んでるから、君もそれで良いよ。ほら銃架つつかちゃん、後輩に自己紹介して」


 銃架つつかと呼ばれた女の人は、額に装着していたゴーグルを調整していたらしく、どこから取り出したのかも分からない量の工具類を、自分の周辺に並べていた。クラムさんが声をかけて初めて、こちらの存在に気付いたらしい。


「あ? ……あぁ、新入りに挨拶か。銃架だ。フルネームは『砲堂ひょうどう 銃架つつか』だ。ま、これからよろしくな」


「よ、よろしくお願いします……」


「……あの子は少なからずトリガーハッピーなトコあるから……。僕達を除くと、ほぼ他の人達と話さないんだよね。あ、一応フォローしとくと、あの時の君が取った行動には一切怒ってないから安心してね」


「そ、そうですか。よかった……」


 何しろ銃架さんが、私の行動に対して一番怒っているんじゃないかと、内心ビクビクしていたので安心した。


『心拍数が下降。緊張状態が比較的緩和されました。どれだけ怖気づいていたのかが分かりますね』


 いきなり喋りだしたかと思えば、要らないことをベラベラ喋る義手みぎてだ。自分の体と直接繋がっているとはいえ、流石にお喋りが過ぎる。


 私が右手に対して、罵倒を浴びせるような視線を送っているのに気付いたのか、代表がいきなり笑い始めたと思えば、唐突に手を叩いた。


「フフッ、じゃあ出口を開こう。セキュリティは万全な僕の武器庫へようこそ。ちょっと落ちるけど、そこは各自で気を付けてね」


「え? うわっ!?」


 急に地面が消失し、私はもちろん周辺にいた全員が、重力に従って真下に落下し始めた。それと同時に、背中が軽くなった感覚を覚えたので、背中に手を伸ばすと……ブラッドグリードが消えていた。


「えっ!? 痛ッ!!」


 背中にあったはずの闘器が、急に無くなっていることに動揺してしまったせいで、私は空中でバランスを崩し、白く硬い床にうつぶせになったまま叩きつけられてしまった。


 鼻が折れていないことを、手で触って確認しながら顔をあげると、そこはとても巨大なスペースであった。壁も天井も床も白く、一定の間隔で並べられた見上げるほど巨大な棚には、見たこともない特異的な形状をした武器のようなものが、隙間なく立て掛けられてある。


 この光景を一言で言い表すと、ただ「圧巻である」としか言い表せない。


「ここが……武器庫」


「そう。ここには廃鉄ブレイカーズに所属している、破砕者が所有する全ての闘器を、保管するだけのスペースがある。ここから武器を引き出すのは僕の意思だけが可能だ」


「あの時、士君の目の前にブラッドグリードが落ちてきたのは、代表がここから貴方のいる場所に、闘器を転送したからなのよ」


 なるほど、闘器転送の理屈は一切分からないが、代表には廃鉄ブレイカーズのリーダーとなるだけの資質が、十分に備わっている事は理解できた。管理に携わっている者が一切いないところを見る限り、この武器庫に来れるのは代表だけらしい。


「ではここからが本題だ。僕の闘器がどんなモノか理解してもらえたところで、神器について少々解説しておこう。まず――――闘器ではスクラッパーズを倒せないと考えてもらおう」


「……はい?」


 いよいよ支離滅裂も良い所なことを言い始めた。


 実際に私は、ドレッドさんの闘器がオシリスの頭部を粉砕し、戦闘不能の状態に追いやった瞬間を見ている。それはもちろんだが、私自身もホルスを何匹かは倒しているのだ。今更「闘器ではスクラッパーズを倒せない」と言われても、突拍子もないことを言っているようにしか聞こえない。


「代表。その言い方では、様々な誤解を招きかねません。正しくは『スクラッパー・オリジンズは闘器で倒せない可能性がある』と言うべきでは?」


「あ、それもそうか。うん、正しくはドレッド君が言ってくれた通りだ」


「な、なんだ……」


 私の周囲から「代表は一言足りないんだ」とか、他にも「言葉をもう少し選ぶべき」などのヤジが、複数飛んでいるのを聞く辺り、どうやら今回に限った話ではないようだ。そんな中で唐突に、銃架さんが床に散らばった工具を片付けながらある事を口にした。


「……ボロボロになった闘器のみが発見されるって事案も、ここ最近になって頻発してる。で、アタシ達はソイツに通称『人攫いエクストラミネーター』という名称を付けて、闘器だけを残して姿を消した破砕者の行方を捜査してんの」


「えっ、銃架先輩達ってそんなコトしてたんですか!?」


「……それって穂さんならともかく、新人の私に話しても大丈夫だったんですか?」


 私が知らないならともかく、少なくとも私よりはこの組織に所属している穂さんまで知らないとなると、恐らく極秘の任務なのかもしれない。だが、それを新人どころか所属して間もない私が、耳にしてもよい内容だったのだろうか……?


 オドオドして周囲の人達を見る私に、クラムさんが顎に手をあて、少し考えてから口を開いた。


「ん~……正直に言うと言っちゃいけない内容だったかもね。でも言っちゃったものは仕方ないし、忘れろってのも無理な話だもんね」


「全然大丈夫じゃないじゃないですか!?」


「大丈夫大丈夫。穂ちゃんはともかく、遅かれ早かれ君には話しておかないといけないと、僕が君を見た時から決めていたんだ。……遅かれ早かれとは言っても、流石に早すぎたかもしれないけど」


 本当に大丈夫なんだろうかこの組織は。闘器の管理に関しては、完璧と言っても過言ではないだろうが、情報管理がいい加減というか雑というか……。そんな時、優理さんがいきなり、代表に何かを耳打ちしだした。


「あ、そうか。ふんふん……なるほどねぇ」


「あの、どうかしたんですか?」


 私がどうしたのかと問いかけると、優理さんは耳打ちを止めて代表の隣で、代表から言うように顎で示した。その仕草を見た代表は「え~……まいったなぁ」と言って、後頭部に手を回して頭を掻く。


 ……なんだか嫌な予感がする。漠然としているが何となく、私の身に災いが降りかかる気配を察知した。


「どうやら士君。君はドレッド君から聞いた話だと、僕の持ってる神器について、ある程度知っているらしいじゃないか」


「えぇ、確かにそうですが……それがどうか?」


「そこで、だ。君には少し大事なことに携わってもらおうと思ってね」


「な、なんですか……スクラッパーズと戦う戦闘員ですか? それともスクラッパー・オリジンズを探す探索員ですか?」


 謎の恐怖に気圧されて、私が震える声で言った2つの役割に、代表は首を縦に振らなかった。その時、私は自分が言ったことは、代表が尋ねてきたことと全く無関係なことであることに気付く。


 ……となると、言われることはただ一つ。私が自身に課せられるであろう内容を口にする前に、代表が口に出してしまった。


「他でもない君だからこそだ。正直な話をすると、新人の君には荷が重すぎやしないかと思っているんだけど……恨むなら僕じゃなくて優理ちゃんを恨んでね?」


「なんでそこで私に責任を押し付けるんですか! あくまで私は進言しただけですが!?」


 代表の言葉を引き金に、突然ギャーギャー叫びだした優理さんを、ドレッドさん達が3人がかりで抑えにかかる。代表は3人の拘束を振り切って、こちらに襲いかかってこないことを確認してから口を再び開いた。


「さて、君に与える指令の内容だ。『神器の捜索』と『神器の管理』を君に任せたい。やはり知識のある人に管理してもらうのが、一番いいと思ってね」


「えぇ!?」


 そう。これが現在の私に至るまでの経緯である。この話の少し後に、この組織にも名称が必要だということで、代表から『神捜隊』という略称(神器捜索隊の略)を与えられて1つの組織になった。


 存在するだけで、周辺の環境に影響を与えかねない物騒な物を、どこからか探して持ってこいなど、無茶ぶりどころか無理難題も良い所だと最初は思ったのだが、案ずるより産むが易しという奴だったのだろう。


 そこから私がどうなったのかは、また別の機会に話すとしよう。

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