謝罪

「一睡もしないのがこんなにもキツイもんだったとは……」


 太陽がものすごーく眩しく感じる。

 日差しと共に、キューちゃんとルナも目を覚まし、2人とも同じタイミングでうんと背伸びをしていた。

 ……俺も帰ったら思う存分寝ちゃおうかな。でもルナの件といい、やらなければならないことが街に戻ってからもまだある。


「にぃ、大丈夫? ずっと寝ちなかったから?」


「いーや、キューちゃんが心配するこたねーよ」


 やけにオロオロしながら尋ねてくるキューちゃんの上に手のひらを重ねると、俺は安心させるようにそう言った。

 どうも俺は小さいのに心配されると正直になれないらしい。


 そんな俺とキューちゃんの様子を無言で見つめてくるルナの気配を感じた俺は、恐る恐るキューちゃんから距離をとった。

 もごもごと小言を言いながら動かしている口を注意深く見ると、何やら「私には触るなとか言ってましたよね……」だとか「差別ですか。差別なんですか」だとか、明らかに嫉妬している様子だった。

 これに口出しするとあとでさらに面倒なことになりそうなのでそれは放っておき、俺はその場から立ち上がる。


 なんというか、キューちゃんには俺のトラウマが当てはまらない複数の条件……、子供、ドラゴン、相棒などがあるから大丈夫なだけであって、それが1つも当てはまらないルナにはどうしてもトラウマが発動しちまうんだよな。


「にぃ! あっち!」


 そんな俺のことなどわかっていないキューちゃんはニコニコした楽しそうな表情で1つの方角を指差した。そして指を差したままその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 おそらくこの方向へ進んで行けばいずれ街に着くのだろう。キューちゃんはそのままはしゃぐように走っていった。

 勿論俺もそのあとを追う。


「それにしても、キュー……ちゃん?変わった名前ですね。見たところ竜と人が混ざったような姿をしてますが……」


 今のルナの言葉を聞き、俺は一瞬固まる。

 今思えばあの時つけた名前はキューちゃんの姿が完璧に竜だったからであって……ペットに名前をつける感覚だったからな。

 いや、別にペットの名前を軽く思ってるとかそんなんじゃねぇけどさ!

 ……いやごめん。キューちゃんって名前は正直勢いでつけました……はい。


「いや、もちろんあだ名だよあだ名……。あだ名がキューちゃんってだけ。つかお前離れろ」


 俺はだんだんと距離を近づけてくるルナから逃げるように離れる。そして、再び思考を張り巡らせた。

 因みに言っておくが、助けにきてくれたルナに悪いとは思ってはいる。だが俺の女性恐怖症自体は治ったわけではない。

 だから近づかれることは絶対NGなのだ。

 今も距離が縮まるにつれ顔色も悪くなってる気がする。いや悪くなってる。


 で、キューちゃんの名前についてだけど……、俺名前考えるのとか大の苦手なんだよなぁ。今まで買ってたペットの名前もキリマンジャロッキー二世だとか太郎の助だとか……。

 何か名前……キュー……、キュリ、きゅうり……。


「キュリア! こいつの名前はキュリアでさ、それであだ名がキューちゃん」


「ふーん…。そうですか」


 意外と素っ気ない返答だなおい。

 勢いよく叫んだぶん恥ずかしくなるじゃねぇか。

 恥ずかしさに耐えながらルナの方へ目線を向けると、何やらルナは俺の話など耳に入っていないように見えた。


まあ……、勝手に飛び出して行った俺だしな。

 ルナが機嫌悪くしてるのもわかる。そうだ、俺まだ何も謝ってな……。


「ごめんなさいミズキさん。またも迷惑をかけてしまって」


 そんな俺の思考はルナの一言によって遮られた。

 ルナは真剣な顔つきで俺の顔を見つめている。


 今、ルナは何て言ったのだろうか。俺が勝手に出て行ってそれで勝手に迷子になって……、それでルナにまで迷惑をかけた。それなのに、こいつは今なんて……。


「違う、勝手にいなくなったのは俺だ。あの時はがむしゃらになってて……。いや、それでも一言はかけるべきだった」


「それなら、勝手に探しに行った私も同じですっ」


「なんだよ、それ……」


 逃げ出すのと探しにいくとじゃ全く意味が違うじゃねーか。何が同じだってんだよ……。

 俺はルナの言っている意味が理解できず、むしゃくしゃする気持ちを抑えるように後頭部を掻きむしった。


「それに、ミズキさんだって……誰かがいなくなったら必ず探しに行くと思います。じゃないと女の人が苦手なのに……わ、私のこと2度も助けるなんてことできませんよっ!」


「それは……」


 俺はそう言い寄られ、答えを出せず言い淀んだ。

 別に、必ず人助けをしてしまうほど、俺は正義感に溢れているわけではない。

 頭の中ではそう思っている。だが、今までの行動から考えると、それを完全に否定することもできなかった。

 今のところ誰かを見捨てるようなことは一度もしていなかった気がしたからだ。

 

 だが、これから先のことに今までの結果は関係ない。俺はにやりと笑みを浮かべると、ルナの方へ振り向く。


「じゃ、次は見捨てるか。女苦手だし」


 悪戯じみた表情のままそう言いすて、すぐにルナから目線を逸らす。

 が、このあとルナが必死になって謝りながら追いかけてきたので、俺は慌てて今の発言を撤回した。

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