ミドルフェイズ2:魔女と修道女

 少しの熱の持った頭を夜風で冷ましながら、街を歩く。薄暗い街灯の明かり、待ちゆく紳士や婦女たち、そこから見ると私の服装は少々違っている。女性の社会進出が始まっているとはいえ、平然とジーンズ履いている。

理由は簡単、動きやすいから。だからこそ、上はノースリーブだし、靴だってハイカットブーツだ。単純に、治安が悪いので自己防衛するためというのもあるが、この服装でいれば特に男から誘われることもないので気楽でいられる。

 メイソンからは色気がないとか言われたけれど、そんなものは実用性に比べれば、私にとって無意味に等しい。

 大体この街は騒々しいのだ。別に、研ぎ澄まされた感覚や、獣特有の感知能力があるわけではないが、夜は特になんというか、死の香りがそこら中にあり、あまり長居はしたくない。

 今だってそうだ。肌を刺すようなピリピリとした感 ※1。路地裏に入ったわけでもないのに、いつの間にか人気がなくなっている。それに、少し霧が出ている……。いや、これはいつものことか……。


 数メートル先が見えない靄の中を進んでいくと、金属音や何かが壊れるような音が聞こえてくる。自分の横を砕けた石の欠片が通り過ぎたことを鑑みると、どうやらドンパチやっているらしい。人払いをしていることから、おそらくはローマ教 ※2の連中なのだろう。もしくは時計 ※3の連中という線もあり得るが、見えてきた姿に修道服が見えたことからその可能性を削除。

 それと闘っているのは……統一性が皆無だが、皆一様な飾りをつけている……ということは魔女宗のやつらで間違いないだろう。

 さて、酒場はこの先にあるのだが、私は「急がば回れ」などという行動はあまりしない。第一、目の前にいたのはあいつらなので、いた方が悪い。問題はどちらに味方するかだが……まぁ、ここはたった一人で複数人と応戦している可哀そうな修道士様にしよう。


※1 ピリピリとした感覚……ワーディングのこと

※2 ローマ教会……ヴァチカン特務機関のこと。表向き国と独立している。

※3 時計塔……MI5などのイギリスが主導する保安局本拠地



 今は少々虫の居所が悪い。魔女宗のやつらには憂さ晴らしに付き合ってもらうとしよう。私は、体の動きを加速させ、ただの歩きをひたすらに素早く、一瞬のうちで隙だらけの背中までたどり着く。そこからは流れだ。左脚に重心を預け、軽い回し蹴りを叩き込む。蹴られた人間の体はありえない方向に曲がり、近くの街灯に衝突して柱を拉げさせる。あいつらとて、ただの人間ではない、そう簡単には死なないだろう。

 さて、第三者の乱入に驚いているのは、誰だろうか。答えは簡単、私以外の全員だ。まぁ、当然であるのだが、そのおかげでゆっくりと準備運動する時間が生まれる。昼寝のせいで硬くなった体をほぐしつつ、状況を見極める。

 「なんだお前は!」

 あぁ、魔女たちがこちらに敵意を向けてくる。一概に魔女と言ってもそこは宗教的なものもあるため男も存在する。特に男でも女でも関係ないのだが……

問題は数か……こう、うじゃうじゃいられると処理が面倒だ。取り囲もうと陣形を組みなおしてくる魔女たちとは正反対に、こちらに敵意と警戒の視線を向けてくる修道女さんはどう説得しようか。まぁ、なるようになるだろう……

 「あなた……所属は?」

 「いや、どこにも属してないけど?」

 「—————え? じゃあ、なんで……私にはあなたが正義の味方になんて見えないのですが」

 「まぁ、正義の味方ではないわね。だって通りかかっただけだから」


 おっと、ここで会話を遮るように炎が飛んでくる。それを隣のシスターは左手に持つレイピアで……ではない。彼女の後ろの全身白鎧の騎士の大剣が叩き落す。なるほどそういうタイプの能力か、と納得している場合ではない。とりあえず、この右わき腹に突き刺さったナイフを何とかしようか。血液は出てるが、タフさだけは自身がある私にとって、この程度の攻撃は蚊に刺されたようなものだ。だからと言って、背中にいくつもの石の弾丸を貫いていいわけでもない。

服を買いなおすのが面倒なので、地味に困る。なので、とりあえず復讐ぐらいはしなければ相手も止まらない。私は脇腹を突き刺した魔女の頭を掴み、軽々しく持ち上げる。そしてそれを空中に放り投げる。放り投げられた魔女の体は霧を割くように空高く打ち上げられる。だが、私が軽く手を下に振ると、重力だけでなく他の何かが加速され、衝撃波を伴って落下する。その衝撃は攻撃してきた他の魔女にぶつかり、一瞬のうちに人間をミンチに変えていく。肉と骨が砕け散る音と共に、ロンドンの石畳を真っ赤に染め上げていく。

 ふむ、まだ立ち上がってくると思ったが、やつらは存外に根性がない様だ。それ以上、指一本たりとも動いていない。傷の再生も止まっていることから、復活する気配もない。

 あと数人、こちらに敵意を向けたままでいる。ならばと、大きく跳躍。空中にいる間に背中と脇腹の傷はある程度塞がっていく。元々、人間とは程遠い生物であるため、この程度の傷は時間をかけずとも治る。

 夜の街に赤い二つの瞳が線を引きながら動く。月あかりを背にした私という化け物は空中で体を捻り、重力による加速を利用して、落下。そのまま石畳を殴りつける。


 この地域では珍しい緩やかな地響きがなり、私を中心に地面が砕け散り地割れを引き起こす。人間の体は自然災害に対して非常に脆い。残っていた数人は突出してきた石と風圧に叩き飛ばされ数バウンド程地面を転がって静止する。

 生きてはいるだろうが、しばらくは全身の怪我で動けないだろう。これで、決着だ。

 石畳が壊れて地面が露出し、街灯が拉げて暗くなった夜のロンドンで魔女たちが見たのは本当に化け物だったのだろうか……

 「この悪魔が……」


 倒れた魔女の一人がうめき声と共にかすれた声を荒げる。悪魔……それは正解ではない。

 「違う。悪魔じゃないよ、魔女さん」

 私はまだ意識があるその魔女に対し、軽いデコピンを当てる。衝撃波が生まれ、その脆弱な体は弾け飛ぶ。まるで、弾丸に撃たれたように……

 鬼畜の所業とはよく言ったものだ。畜生である点を除けば、私の行動はそれにあたる。

そうだ、私は魔女なんかではない。なぜなら私は——————


 夜叉—————


 一部では鬼神と呼ばれる化け物。私自身がそれとは言わないが、生まれたときからずっと、その伝承と似た能力をこの身は宿していた。不老に加え、不死に近い生命力。人間の姿こそしているが、人間社会に置いてその絶大な力は畏怖の対象である。悪魔と罵られても反論はできない。だが、そんな罵倒など、この云千年のという月日の中で何度も経験してきた。だからこそ、もう慣れている。


 さて、爆音こそ鳴り響くが、人避けが機能しているおかげで誰も来ていない。今ならば、このシスターと二人で話すことも可能だろう。

 「あなた、名前は?」

 「蓮花—————。今はそう名乗ってる」


 相手は警戒を解かない。後ろの大きな守護騎士と刺突武器を収めないことからそれは明白である。

 「とりあえず、その武器を引っ込めてくれない? 別に、教会に喧嘩を売るつもりは無いから」

 「ふむ、敵意はないようですね。異教徒とはいえ、あの魔女宗たちと同じではないようですし」

 「当たり前よ。というか、私は無宗教。どこの神も崇拝してないから」


 よく見れば、このシスターの顔立ちは美しかった。ある程度の肉付きのある体。脚は長い修道服のスカートで見えないが、顔は凛々しく、夜風が吹くたびに彼女の美しく長い蒼色の髪が、白いカチューシャで抑えたところさけて靡く。サファイアのような正義感溢れる瞳はこちらを見定めるように凝視している。

 「ふむ……。宗教選択の自由はありますからね、無理に強要はしません。異教徒でしたら殺していましたが……。それで、如何ほどの理由があってここに?」


 彼女は壊れた街灯や石畳を修繕しながら会話を続ける。彼女が手を触れた場所は何事もなかったかのように元に戻っていく。おそらく、彼女の固有能力か魔術の一 ※4なのだろう。

 「特にこれといった理由はないわよ。ただ、むしゃくしゃしてて、たまたま酒場までの道にあなたたちがいたから、気晴らしにでもと」

 「通り魔ですかあなたは—————っ!!」

 「いや、まぁ……たしかに言われてみればそうだけど、そんなに声を荒げなくても……」

 「失礼……。もう一つお聞きします、あなたは何処の所属のエージェントですか?」

 「さっきも言ったけど、どこにも所属してないわよ。そんな人間がいちゃ悪い?」

 「いえ、そのようなことはないのですが、このご時世、貴方のような人間がいれば、組織は勧誘に来ると思いまして」


 あぁ、その件か、と私は思い返す。確かに、かつてMI6やらナチスドイツやらに勧誘されたことはある。超人兵士というのはローコストでハイリターンな人的資源。それを機密組織が確保しようと走り回るのは至極当然のことである。

 「“生者必滅The gears of destiny”って聞いたことはある?」


 この名前を聞いた瞬間、目の前のシスターの表情が凍り付く。どうやら知っているらしい。“生者必滅The gears of destiny”は私のコードネーム。所謂、裏の世界での通り名と言ってもいい。第一次世界大戦時に、ドイツ帝国でドンパチやらかした情報がそのまま他国に流れて、各国で風の噂のごとく囁かれたらしい。意外と便利に利用できるので、私は時折これを口にする。

 「偽物……とは言い切れませんね。名乗り遅れました、私はウェントミニスター寺院のシスター・オリヴィエです」

 「あなた……やっぱり教会の……」

 「半分正解ですね。宗教と政治は独立していますから、我々は教えを説き、民を導くためにここにいるのです」

 「よく言うわね……」


 ウェントミニスターということは時計塔の総本山。おそらくはMI6とも密接に関与している。国家と独立している教会ではあるが、政府の後ろ盾がなければ動きにくい。相互に利用し合っている、と言った方がいいのかもしれない。

 「それで? あんたたちは何? 宗教戦争でもしてるわけ?」

 「概ねその内容で合っています。ですが蓮花さん。ここまで情報を握っているとなると、我々としてもあなたを見過ごすことができないのません」

 「協力をしろってこと?」

 「察しがよくて助かります。我々としても早く魔女狩りを完遂させなければならない」

 「拒否権はどうせなさそうね。わかった、協力してあげる。でも、こちらの判断によってはあなたたちを裏切ることをお忘れなく」

 「構いません。我々は、このロンドンから脅威を取り去ることですから」


 そういいながら、オリヴィエは私の服に手を触れる。すると、穴の開いた箇所が塞がっていき、元通りに修繕されていった。

 「これは前払いの報酬です。詳しい話は教会で」

オリヴィエは戦闘など起こらなかったかのように修繕された道を歩き出す。死体はそのままであるが、おそらく彼女の仲間が後々に処理するのだろう。私は彼女を追うようにして歩き出す。前払いの報酬が安すぎるなどと悪態をつけながら。




※4 固有能力か魔術の一種……モルフェウスの能力だが、他のシンドローム同様にレネゲイドが認知されていないため、本ステージに置いて魔術や神の力、科学力としてあらわされることが常。

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