ミドルフェイズ1:11番目の少女

 眠気眼をこすり、固いソファのせいでところどころ痛くなった体を起こす。どうやら寝てしまったようだ。血液が体中に巡っている感覚を味わいつつ、視界の焦点を合わせていく。眼を細めながらポケットの懐中時計を確認すると、時間が3時間ほど進んでいた。どうやら、昼寝にしては長く寝てしまったようだ。

 周囲を確認してみると、メイソンが寝る前と変わらずにかび臭い地下工房で人形作りを……していなかった。あいつは何をしているのだろうか……。

 等身大の人形?

 いや、動いているし、それはないか。薄紅色でつやのあるロングヘアー。丸い顔立ちと幼さの残る同色の瞳を鑑みて、歳は14~15ぐらいだろうか。服装が本当の人形のように紺と白を基調としたゴシックな服装をしているせいで見間違えてしまう。その女の子はこちらを見て、まるで運命の人を見つけたかのようににこやかに微笑んで見せる。

 あぁ、なんということだろうか。客人の前で何たる失態だ。

 メイソンやウォルタットはいいとして、それ以外に、だらしのない様子を見せてしまった。私は慌てて服装や髪形を整えなおし、ぎこちない作り笑いを浮かべて微笑み返す。もはや手遅れと言わざる負えないが、それでもやらないよりはマシだろう。

 そうこうしていると、思考が完全に戻ってきたため、状況がつかめてきた。ただ一つ解せないのは、どうしてメイソンが目の前の女の子に対し、あそこまで羨望の眼差しを向けているのか、ということである。

 女の子とメイソンはこちらに聞こえないぐらいで何か会話を始めている。その間に意識と肉体の状態を通常と同じように戻していく。だが、そんな行為を嘲笑うかのように、想定外の光景が目の前で起き始める。

 

 何故、メイソンはその女の子を脱がせ始めているのだろうか。


 これは怒るべきなのだろうか。いやその前に疑問の方が出てくる。うむ、こういうのはまず理由を聞くべきなのだろう。最初から犯人だと決めつけることはできない。信頼している人物ならば猶更だ。というか、今の今まで私に手を出してこなかったメイソンにそんな勇気があるとは思えない。

 そうは思うのだが……。そこまで考えられたのだが……。

 興奮で鼻の下を伸ばし、荒い吐息を立てながら艶美な声を出している少女の体を弄るように観察しているあいつの姿を見ると、何故か無性に腹が立った。

 私は床に落ちていたスコーンの小さな欠片を手に取り、指ではじくように射出する。通常の人間であればただの嫌がらせ程度の豆鉄砲だが、私のような魔女かぶれや、時計塔の連中が行えばそれは殺人兵器にもなりうる。もちろん私は手加減しているので、強い指の衝撃で射出されたスコーンの欠片が、途中で加速して根暗メガネの額に命中したところで、あいつが軽く脳震盪を起こす程度に収まる。その程度、と言っていいのか甚だ疑問だが、やつのお花畑の頭を戻すには最適だろう。ほら、予想通り、きちんと起きて来たし問題ない。

まぁ、多少なり激昂している気がしないでもないが……

 「痛いじゃないか! 何するんだ、蓮花!!」

 「何するんだとかいう前に、まず、他の女性がいる前でそういう行為はやめた方がいいと思うけど? それともなに? 見せつけてるの?」

 「そんなわけあるか! 僕は単純な興味として、彼女の許可を貰ってだな————」

 「許可云々の前に、デリカシーってやつがあるでしょ! 常識足りないんじゃないの?」

 「そのことについては否定しないさ。でもだね、それでも譲れない時っていうのがあるのさ!!」

 「ふーん……。いや、あんたがどんな趣味でどんなことをしようと私には関係ないんだけどさ、あんたの親友として、とりあえず犯罪者になるのだけはやめてもらえる?」

 「だから、言ってるだろう! 僕は単なる知識欲に従ってだね……。大体、キミは———————」


 何かを言いかけたところで、メイソンが少し冷静さを取り戻し、深いため息をつく。どうやら、開けた服装でこちらの会話をクスクスと笑いながら聞いていた少女を見て我に返ったようだ。

 「あぁ、僕は才能にあふれるキミが恨めしいよ。けど、絶対に負けないからな!」

 「いや、意味わかんないし……」


 つい漏れてしまった愚痴に反省しつつ、もはや礼儀を正しても手遅れだと思い、固いソファに胡坐をかいて再度座りなおす。すると、件のゴシックな少女が微笑みながら話しかけてきた。彼女の寛容さに感謝しなければならない。

 「お二人は仲がよろしいんですね」

 「仲がいいっていうか、まぁ同じ屋根の下で暮らしているから、家族みたいなものだし—————。それに、こういうの口喧嘩は日常茶飯事」

 「日常的に怒る僕の胃のことも考えてはくれないかな……」

 「—————断る。だって、愉しいんだもん」

 「蓮花、キミってやつは……。あぁ、もういいや、少し席をはずしてはもらえないかな。キミのいうデリカシーを考慮して、ここからは内々に行うから」

 「………。わかった、メイソンがそういうならちょっと散歩にでも行ってくるよ。どうぞごゆっくり」

 先ほどは感情的になってしまったが、そこまで私は理解力がないわけではない。二人でじっくりとお楽しみをしたいというのなら、お邪魔をするのは無礼だろう。それに、今のメイソンはとても真剣そうな眼差しでこちらを見ている。こういう時のお願いは叶えてやるのが正しい人間の行動というものだ。

 私は潔くこの場を後にする。石畳の階段をゆっくりと上がり、聞こえてくる甘い吐息に耳をふさぎながら、一階へ。そして、日が落ち切った夜の街へ裏口から外に歩き始める。

 今宵の風は少し冷たく、肌寒い。なんだか少しむしゃくしゃするので、どこかの店でお酒でも飲んでくるとしよう。そう考える私の足取りは意外なほど軽やかに薄暗い街灯に照らされた夜のロンドンに消えていった。





 蓮花という女性が地下工房から消えた後、深いため息を吐いたメイソンは苦笑いを浮かべながら、人形のような少女に軽く謝る。

 「どうもすみません。で、お話の続きなのですが、これは本当に彼女が? 体の大まかな部分をざっと観察しましたが、本当に遜色はないのですね……。」

 「えぇ、納得いただけましたか。先ほど申し上げた通り、私は救いに来たのです。魔女として、人形として、そして一人の人間として」

 「あなたのことはにわかには信じられませんが、僕もできる限りのことを協力させてください。——————エルフさん」

 「あなたなら、そういっていただけると思っていました。それではまずは……」

 メイソンからエルフと呼ばれた少女は魔女の悪魔のような笑みを浮かべ、メイソンを魅了するように、感情を……表情を変化させ、微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る