第9章 その3 信頼


「あっ、睦実!」


 談話室を覗き込んだ私に真っ先に気付いたのはライリーだった。


「あの……」


「ごめんね、睦実。オレ、無神経だった」


「え?」


「さっきは嫌な思いさせちゃったよね、本当にごめん!」


(ライリー……)


 こちらに歩み寄りつつも、一定の距離以上踏み込んでこない彼の心遣いにほっとする。辺りを見回すと、皆は既に普段の服装に戻っていた。


「ホント、ごめんな睦実ちゃん。俺ら……つーか、俺個人の話かもだけど、つい嬉しくなって調子乗っちゃったんだよね」


「キブェ……。嬉しいって?」


「や、ほら、睦実ちゃんの力って、なんか俺らのこと『イイ!』って感じた時に放出されるらしいじゃん?」


「う、うん……」


「なんつーか……、自分が今、女の子ドキドキさせてるんだと思うと、つい喜んじまって……はは、アホだな」


「…………」


「私も同じですよ、睦実」


 シェマルが肩にかかる髪を後ろへ払いながらはにかむ。


「すみません、貴女が頬を染めて恥じらうたびに、私は貴女に『魅力的だ』と褒めてもらっているような気持ちになっていたのです。それが心地よくて……」


「心地よい!? 私がシェマルをそんな目で見ていることが?」


「褒められて、嫌な気持ちになる人はいないでしょう?」


「い、いや、でも……いちいち興奮して気持ち悪いとか、自分たちのこと変な目で見てセクハラだ、とか思わなかったの?」


「せくはら?」


「えぇと……性的嫌がらせです」


「いえ、私は特に……。どうです、エルメンリッヒ?」


「私もそのように感じたことはないな」


「ボクは、大変興味深いとしか思いませんでしたね」


(そりゃ、あんたはそうでしょうよ、ミラン)


「だって……、綺麗な女の子にそんな目で見られるならともかく、私みたいなこんな……」


 胸の奥がキュッと詰まる。


「……可愛くない子に褒められても……」


「睦実ちゃんだからだよ」


「えっ?」


 陽気に笑うキブェに私は問い返す。


「私だから……?」


「そ。いや、俺らだってな、よく分かんない相手からや~らしい邪な目で見られてると思ったら、そりゃ気分は良くないよ? 例え相手がすっごい美人でもさ。睦実ちゃんが言ったように『せくはら』?って思っちゃうかもね。でも、睦実ちゃんはさ、う~ん……仲間じゃん?」


「仲間……」


「魔力もないのに、俺らのため杖振りかぶって戦おうとしたり、戦闘を有利に進めるために情報くれたり、お金を払ってでも役に立とうとしたり、成果が出なくても修行しようとしたり……、いつも一生懸命だろ?」


「…………」


「俺ら、そう言う睦実ちゃんの姿ずっと見て来てるからさ、信頼できるんだよ。睦実ちゃんが俺らに対して色んな気持ちになる時もきっと、純粋な好意や肯定的な意味が含まれてんだろうな、って。だから、嫌な気分じゃない」


「キブェ……」


 皆が一様に頷く。優しい微笑みをたたえて。


「あ、それから、自分で自分のこと可愛くないなんて言っちゃ駄目」


 そう言ってキブェは私の頬に手を伸ばすと、ぷにぷにと軽くつまんだ。


「ちょ……!」


「愛嬌のある、いい顔だと思うぜ、俺は」


「愛嬌?」


「確かにな、すこぶるつきの美人とは言い難いが、愛嬌はある」


(ベルケル……)


「もう、ベルケル! そういう言い方、睦実に失礼だろ!」


「あぁ? んじゃ、ライリー、てめぇはどう思ってるんだ? 睦実は、目の覚めるような美人だって?」


「え? そ、それは……」


(おいコラ、ライリー、そこで口ごもるな! 自覚はしてるけど!)


 やいやいと言い合っている彼らの姿に、私はふっと息を抜く。


(あぁ、そっか……)


 彼らに私の萌えポイントを知られたくない、恥ずかしいと思ったのは、知られることで彼らから疎まれることが怖かったからだと気付いた。私の感情を、好意的に受け止めてくれていることが分かり、気持ちが少し楽になる。


(乙女ゲーのキャラは優しいな……)


 元の世界なら、私が男子の姿に萌えているなんて気づかれた日には、「気持ちの悪い女」の一言で吐き捨てられたかもしれない。「こっち見んな、ブス」くらい言ってくる人もいただろう。それが怖くて、男子をまともに見ることすらできなかった。いつも目を伏せ、三次元の男子を視界に入れないようにしていた。


(でも、彼らは私を受け入れてくれてる)


 ジワリと視界が滲む。目頭が熱くなり、涙が一筋頬を伝った。


「えっ? 睦実?」


 ライリーがすぐに私の異変に気付き、駆け寄って来た。


「何? どうしたの? 睦実、大丈夫?」


(ふふ。そう言えばライリーは、いつも最初に私に駆け寄ってきてくれるよね……)


―オレのことは『ライリー』って呼んでほしい、って言いたかっただけ―


 ここへ来て初めて迎えた全員での朝食の時、彼が掛けてくれた言葉を思い出す。それをきっかけに全員と、砕けた口調と話せるようになったことも。


「え? オレ、何か悪いこと……あ! 違う! オレ、睦実のこと可愛くないって言ったわけじゃないよ! そんなことは思ってないからね!」


「あ~ぁあ、ライリーが睦実泣~かした~」


「ベルケル! 大体、ベルケルが最初に……! じゃなくて、睦実、ごめん! 本当にごめんね! 睦実のこと可愛いと思ってるよ、うん!」


「あ、違う……そうじゃなくて……。無理に褒めなくてもいいし……」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃのみっともない顔を晒したくはなかったけれど、ライリーを安心させるために私は目を上げる。


「嬉しかっただけ。みんなから信頼できるって言ってもらえて、私の気持ちを肯定的に受け止めてもらえてることが分かって……。ライリーは悪くないの、大丈夫」


「睦実……」


「私……」


 ぐい、と涙をぬぐう。


(こんな優しい言葉をかけてくれるみんなを、きっと落胆させる。だけど、言わなきゃ……)


 一つ大きく深呼吸して、私は口を開いた。


「私、みんなに隠してたことがあるの」


「隠し事、ですか?」


「うん」


 拳を固く握り、全員に向き直る。


「この世界は乙女ゲーと言う、人の手で作られた世界で、私はその外側から来た人間……だと言ったら、みんな信じる?」


 談話室の中の時が止まった。

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