第4章その4 ヒトか獣か


 キブェの部屋で夕食を終え、2人並んでキッチンへと食器を運んでいた時だった。


「結局、キブェは人間でいいのか? それとも獣なのか? どっちなんだ」


 ベルケルの荒々しい声が廊下まで聞こえてきた。


「っ!」


 キブェの足が止まる。


「んー……、付き合っていくには、そこ、はっきりさせなきゃだよね」


「だよなぁ」


(ライリー、ベルケル……)


 私は、キブェのことを『獣人』という存在として受け止めていた。だが、みんなにとってはそうじゃないのだろうか……。


 自分たちと同じ種類の人間でないことは、そこまで深刻な話なのだろうか……。


「…………」


 キブェの表情は硬く、その瞳は昏い。


(キブェ……。どうしよう、気まずい……)


 扉の外にいる私たちに気付くことなく、ダイニングでの会話は続く。


「しっかし、初めて知ったぜ。猫のチ●コが棘だらけだなんてよ」


(は!?)


 突如飛び出してきた下ネタワードに私は固まった。


「本当ですよ」


 どうやらダイニングには、ミランもいたようだ。


「ネコ科の動物の雄の性器には陰茎棘いんけいきょくと言われる棘がついていて、膣壁を引っかき刺激を与えることで、雌の排卵を誘発する仕組みになってるんですよ」


「うっわ、聞いてるだけで痛ぇ……」


「キブェが変身したのは豹、つまりネコ科の動物ですねぇ。今日見た限りでは、変身のメカニズムは分かりませんでしたが、もしも興奮することで獣人に変化する仕組みだと仮定すれば、これは大変なことです」


「興奮状態……つまり、エッチなシチュエーションの時に、キブェは常に豹の姿ってこと?」


「考えられます」


「やっぱ、はっきりさせておかなきゃならねぇな。キブェのチ●コは獣人に変化してもヒトのものなのか、それとも豹のものになっちまうのか」


「恋人として付き合っていく人にとっては、すっごく重要だよね!」


「だな」


(こ……っ、こらぁあああ、そこの乙女ゲー攻略キャラども!!!)


 私はトレイを持ったキブェの隣で、金縛りにかかっている。


(おま、お前ら!! ゲーム画面に出てないところでは、そんな生々しいエロ会話してたのかよ! そう言うのは公式がやっちゃ駄目! 二次創作の人の仕事!! あと……あと……)


 頭部が完全に沸騰している。


(C.V.益田豪一郎で、チ●コとか言わせちゃ駄目! くっそ、ありがとうございます! いや、違う! アウト! アウトアウト!!)


 すぐ側に立つ人物の下半身の話題で盛り上がっている状況に、どうしていいか分からず、私は硬直したまま動けずにいる。


 やがて、


「全く……」


 小さく呟いたと思うと、キブェは大股でダイニングへと入って行った。


「なんつー話してんだよ、お前らは!!」


「うぉ、棘チン!」


「誰が、棘チンだ!」


「え? でも、変身したら生えるんだよね?」


「生えねぇよ!!」


「本当ですか? しかし興味深い。ぜひ一度……」


「見せねぇっつの!! つか、ドコ凝視してんだお前らは!!」


(お……おぶぉぉおおお……)


 とても部屋に入って行ける空気ではなく、かといって退散しようにも体が固まってしまって足が動かない。


「全く……」


(ぴやっ!?)


 すぐ背後から耳に届いた麗しい声に、私は飛び上がる。


「ここにはレディもいるのですよ。下品な話は慎みなさい」


「あぁ?」


「おや、シェマルに睦実じゃないですか」


「わ、睦実!? やっば……」


 ダイニングにいたメンバー一同と目が合う。


(ぎゃああああ、シェマルのアホ、セカンドシーズン!! 黙っていれば気付かれなかったのに!! 気まずい気まずい気まずい!!!)


 焦る私とは裏腹に、ベルケルはにやりとした笑いを私の背後に向ける。


「レディって誰のことだ? あぁ、お前か、シェマル。ごめんな?」


「……私は男ですが?」


「ケッ、どうだか。ついてるかついてねぇんだか、分かんねぇ顔しやがって」


「いいでしょう、存分にご確認なさい」


「なんだ? 自信ありげだな」


「えぇ、それなりに」


(ちょ、ま、シェマル! あなたまでこの会話に参加しないで!!)




 収拾のつかないダイニングに、エルメンリッヒの雷鳴の如き叱責の声が轟いたのは、それから数分後のことだった。



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