第1章その3 襲来と邂逅


(……って、もう、放課後なんですけど!)


 『白銀の聖譚歌』の世界に入って来てから既に数時間。たっぷり6コマの授業をこなし、私は親友キャラ2人と緑あふれる中庭を歩いていた。


「睦実、雪梅、帰りにジェラート屋サン、寄りまセンか?」


「私は構わないわ、ディヴィカ。睦実はどうする?」


「う、うん、私も行こうかな」


(じゃ、なくてっ!)


 2人の美少女に挟まれて歩きながら、私は困惑しきりだった。


(どうして夢が終わらないの? そりゃ、『一炊の夢』の例がありますけど? 夢の中でまでリアルに何時間も授業を受けたくない! それに……)


 右を見ても美少女、左を見ても美少女。


(恐るべし聖洞みんとグラフィック、間近で見ても美しすぎる! その上、右耳からキャンディボイス、左耳からハニーボイス。こんな2人に挟まれてセンターで歩いてる私、何様? このポジションつらい! つらいよ!)


 今私がいるのは、ゲームであれば間違いなく主人公ソフィアのいた場所だ。


(ひょっとして、ソフィアに転生しちゃってるのかも!)


 そう期待に胸を膨らませ、休み時間に鏡を見に行ったものの、映っていたのは聖洞みんと画の美少女ではなく、平々凡々なモブ顔BMI23の平子睦実の姿そのまんまでした、ありがとうございました。


「どうシタの? 睦実、元気ないネ」


「えっ?」


「具合でも悪い? なら、無理にジェラートに付き合わなくていいのよ?」


「あ、いや、具合は特に何も……、えと、なんかごめんなさい」


 2人の美少女に覗き込まれ、ついつい委縮してしまう。


(同じ美人でも、オタク丸出しのミサならここまで緊張しないのになぁ……)


 その時だった。


「睦実、ストップ!」


私の腕を、ディヴィカがぐいと引いた。


「へ? な、何?」


「見て、あれ!」


 雪梅が指さす前方に目をやり、私は息を飲む。


 グブシュルル……


 不気味な唸り声を上げつつ、空間からじりじりと這い出て来る、悪夢のような生物の姿。


「へ? あれって……、メトゥス?」


「そうよ! なぜこんな場所にメトゥスが……。学園内は結界で守られてるんじゃなかったの?」


「逃げマスよ、2人とも!」


 2人が踵を返し、今来た方向へと駆けだす。


「…………」


「睦実! ぼーっとしてないで、早くこっちへ!」


 この時の私は、恐怖など微塵も感じていなかった。ただ……


(うわぁ、3Dになったメトゥスって、こんなのなんだ……)


 そんなことを考えながら、頭の中で、ゲーム画面の2Dグラフィックのメトゥスと比較していた。


「睦実!」


(あっ、そうか!)


 ゲームでは、このシーンでソフィアが『封魂の乙女』として覚醒する。心の中に自然と浮かんだ言葉を口にして。


(私がソフィアポジションにいるのなら……)


 私は一つ大きく息を吸うと、昨夜覚えたばかりのゲームの台詞を思い切り叫んだ。


「開け、異界の門! 封魂の乙女睦実が、迷えし者を誘い還さん!」


「睦実!?」


(よし、ばっちり覚えてた!)


 一度も噛まずに唱え終えられたことで、満足感に浸っていた私だが。


 グブシュルルル……


(あれ?)


 目の前のメトゥスには何の変化も見られない。


「あ、あれ? おかしいな。ゲームでは、光輝きながら溶けるように消えて行ったはずなのに」


 グブシュルル……


「睦実! 何をやっているの!」


「コッチ来て! 逃げマスよ!」


 グブシュルル……


(あ……)


 気が付くとメトゥスはもう目の前に迫っていた。

 小山のようにそびえる化物を見上げながら、私はぼんやりと考えていた。


(メトゥスってリアルだとこんなに大きかったんだ……)


「睦実!」


 ずるりと伸びてくるイソギンチャクのような触手。


(それに、臭い……)


 グブシュルルル……!


(あ……)


「そこの女! 何も出来ねぇなら、前に出んな!!」


(っ! この声……)


 聞き覚えのある声が、私の意識を現実に引き戻した。


 次の瞬間、風を切る音と共に飛んできたブーメランが、メトゥスの触手を弾き飛ばす。


「今だ! 行ってくれ、ベルケル!」


「俺に指図すんじゃねぇ、キブェ! 来い、女!」


「っ!?」


(やっぱりこの声、声優の益田豪一郎!? それにベルケルって……)


 声の主の姿を確認する間もなく、伸びてきた丸太のような腕が私の腰を乱暴に搔っ攫う。


(ひゃっ!?)


奇妙な浮遊感。腕の主は私を小脇に抱えたまま、軽々と跳躍していた。


(と、とと、跳んでる!? こわいこわいこわい!!)


 グブシュルルル……ッ


 獲物を逃すまいと、私の足に向かって伸びてくるメトゥスの触手。


「きゃ……!」


「そうはさせませんよ。ライリー、いいですね?」


「OK、シェマル! 任せとけっての!」


 優美な声と元気な声が重なり、銃声が轟いた。続いて雷がメトゥスを襲う。


 グブシュルルル……


 状況を不利と判じたのだろう。メトゥスが空間の裂け目に逃げ込もうと撤退を始めた。


 だが、その退路をパワードスーツに身を包んだ人物が遮る。


「くふっ、ここで逃がすと厄介ですからねぇ。とどめはお願いしますよ、エルメンリッヒ」


「承知した、ミラン。……ハアッ!!!」


 気合い一閃。白銀の剣がメトゥスを真っ二つにぶった切った。


(あ……)


 塵となって消えてゆくメトゥスの前に立つ、光の化身の如き神々しい人物。剣を鞘に納めると、金色の髪を揺らしこちらを振り返った。


「娘、怪我はないか?」


(エルメン……リッヒ……)


 辺りを見回す。


(キブェ、シェマル、ライリー、ミラン、……)


 まだ私を、荷物の様に小脇に抱えたままの人物を見上げる。


「ベル、ケル……」


「チッ……」


 急に紐が切れたように、ベルケルは私の体をその場に落とした。


「いった!!」


「てめぇに構ってたせいで、暴れられなかったじゃねぇか。クッソ……」


「いいじゃーん。お姫様救出する王子様みたいで、かっこよかったよ、ベルケル」


「ライリーてめぇ、その身長もっと縮めてやろうか」


「大声を上げるのはよしなさい、ベルケル。お嬢さん方が怯えているではありませんか」


「あぁん? やっぱ女には女心がよく分かるってか? シェマル」


「私は女ではありません」


「まぁ、シェマルがその辺のレディたちより美人なのは確かですからねぇ、くふっ」


「ミランは沈黙の魔法がお望みですか?」


「ひゃっひゃっひゃ、美人のキツい顔は迫力あるねぇ」


「キブェ、あなたから先に声を取り上げてほしいようですね」


「やめろ、お前たち」


 エルメンリッヒがサッと手を水平に伸ばすと、一同は口をつぐんだ。ミルク色の気品のある掌が、私の前に差し出される。


「立てるか、娘。我が手に掴まるといい。もう心配はいらぬ」


「エルメンリッヒ……様……」


「どうした?」


「C.V.城之崎翔……」


「? ……しーぶい?」

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