第27話 春とそれから

 寒い冬が過ぎた。眠たくなるような春がやってきた。

 冬は比較的仕事が少ない米農家が、春は忙しくなる。

 今年は今までと違って、祖父がいない。1人いなくなった分の仕事を今年は千春と姉の美咲で補うことができる。


「美咲、千春、種まきすっぞー」

 朝8時。父が玄関から大きな声で2人を呼ぶ。

 すでに作業着に着替え、首にはタオル、頭には大きなつばの麦わら帽子をかぶって準備ができている父。美咲と千春はそれぞれの部屋でまだ夢の中であった。

 何も返事の物音すら聞こえない廊下を見つめ、父はづかづかと歩いて、玄関に一番近い千春の部屋に向かった。

「ほれ! 起きろ! 種まきすんだよ、起きろ!」

 千春の部屋の扉をノックもせずに入り、千春にかかっていた毛布をひっぱる父。まだまだ眠い千春はそんな父と毛布の引っ張り合いをする。

「ねーむいのー……無理……」

「起きれ! 今つなぎ着ないとお前、絶対着ないだろーが」

「むーりー……」

「……とっとと起きろ!」

 寝ぼけたまま毛布を引く千春と、頭が起きている父。女子高生と大人の男性なら、力の差は歴然だ。毛布は父によってはぎ取られた。それでも、寝続けようとする千春を見て、父は千春の足をたたいた。

「いったいな! 何するのさ!」

 千春はさすがに痛みで起きた。起き上がり、父をにらむように見るが、父は何もなかったような顔をする。

「ほんれ、着替えて早くこい。 種まきすっから」

 そう言って、父は千春の部屋を出ると、今度は美咲の部屋に向かった。

 去っていく父を見ながら千春はぼーっとしていた。

「いったー!」

 千春と同じように美咲もたたかれたのだろう。美咲の大きな声が聞こえた。姉妹そろって早起きが苦手だし、たたかれたことでやっと起きる。似た者同士だと千春は感じた。



 強引に父に起こされて顔を洗い、つなぎに着替え、万全の日焼け止め対策をしていると再び父に呼ばれる声がした。もう種まきの準備ができたから、早く出てこいとのことであった。時計を見ると8時45分。朝ごはんを食べる時間もなく、外へ向かった。

 外は少し雲が出ているが、そこまで暑いわけではなかった。

「あんれ、早起きしたねえ」

 種まきの準備をし終え、さあ始めようとしているところで、祖母が千春に声をかけた。

「無理やり起こされたのー眠いし、ご飯まだだし」

 あくびをしながら、祖母の方へ向かう。父はその間にベルトコンベア式の種をまく機械のスイッチを入れた。

「美咲はどした?」

「知らぬ」

 種をまいた苗箱を機械の隣にある、腰ぐらいの高さの台に乗せる。土が水を吸っているため、重みがある苗箱を1枚ずつ乗せる。それを祖母が数枚まとめてはしごを横に置いた台の上に積んでいく。すでに後期高齢者に当てはまる祖母だが、よいしょと言いながら苗箱を積んでいく。祖父もこの作業をしていたときがあったが、体の丈夫さに毎年驚く。

 10枚ほどまいたところで姉の美咲と母がのんびりやってきた。

「おっそ! ママはこっちで箱のせて」

「うち何もない? んじゃお疲れー」

 何もせず帰ろうとする美咲の腕を母がつかむ。

「あなたもやるの」

 母は笑顔でつかんだ腕を離さない。美咲も逃げるのは無理だと感じとったのか、素直に母についていく。

「2人で1人分の仕事かよ……」

 苗箱をおろす係の千春より、苗箱を乗せる方が軽いし、楽な仕事である。それを美咲と母の2人でやるのだ。

「初体験なんだから大目に見てやってよ、もう」

 母は2人を見ながら言う。その後も何やかんや文句を言いながらも家族みんなで種まきをすすめていく。父は少なくなってきた種や、種にかぶせる土を補充する。一輪車で種と土をまとめて運んでは、補充する。暑いや疲れた、飽きたなど言う2人の娘を見ながら笑って補充していた。




 家族6人で種まきをすることは叶わなかった。

 ずっと姉妹の仲は最悪だった。だけど、亡くなった祖父によって、2人の仲はよくなった。

 


 今年からは家族5人、協力して農業をやっていくよ。

 たとえ喧嘩してしまっても、仲直りするよ。

 だから、いつまでも見守っていてね、じいちゃん。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

農民の何がわるい 夏木 @0_AR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ