第25話 ハッピーバースデイ

 2月の終わりに近づくと、学校では期末テストが行われる。少しずつテスト勉強をしていた千春には特に苦もなく、テストを終えた。テストが終われば、学校の課題だけをやっていればよかった。しかし、姉の美咲は違った。夜遅くに帰宅してから、深夜遅くまでかけて何かを勉強している。後日何をしているのか聞いてみると、大学院進学のために英語を勉強していたらしい。千春にも英語はちゃんとやるように指導された。

 毎日これといったことをせずに過ごしていたが、3月1日がもうすぐやってくることに気が付いた。この日は千春の誕生日である。いつもひな祭りと一緒に祝われていた。


「ひな人形を飾るから、暇なら手伝ってよ。千春のひな人形だろ?」

 土曜日の朝、父が千春の部屋へやってきた。

「めんどくさいー」

「暇してんだからやるぞ。すぐ終わるって」

 強引に千春の手を引いて部屋から出された。そしてその隣の部屋に移動する。そこで父は手を離した。隣の部屋は和室となっており、だれも使用していない。稀に従兄弟たちが泊まるぐらいにしか使わない。父はその和室の押入れをあけて言った。

「ほれ、ここにもひな人形あるし、あと奥の部屋にもある。千春の分と美咲のも出すんだから、ちゃっちゃとやるぞ」

 父が押入れからひな人形が入った大きな箱をいくつも取り出す。それを千春が和室の奥へ運んだ。押入れに入っていたひな人形の箱を取り出し終えると、今度は和室より奥にある部屋に行き、同じように押入れから箱を取り出しては千春が和室へ運んだ。

 一通り運び終えると、和室は大きな箱でいっぱいだった。

「んじゃ、ちゃっちゃとやりますかー。ママも呼んできてくれ」

「マーマー! ひな人形だすからきてー!」

 家の中で大きな声で呼べば、たいてい聞こえる。母を呼ぶと、すぐに和室へとやってきた。

「パパがまず、美咲のひな壇を出すから、ママと千春で、千春のひな壇を組み立ててくれ」

「うん、わかった」

 父はそう言って美咲のひな壇を組み立て始めた。アルミ製の大きなひな壇である。身長が高い父は余裕でサクサク組み立てる。

 一方千春のひな壇は小さい。1メートル×1メートルの大きさのテーブルにひな壇を組み立てていく。しかし、母と千春では手際が悪かった。

「ママそれ違う! こっちが先!」

 もくもくと組み立てる父はあっという間に大きなひな壇ができていたので、結局父が千春のひな壇を組み立てた。

「もっとてきぱきやらないと午前で終わらねえぞ? 次人形飾るから、2人で並べていって。パパがしまってある箱から出していくから」

 父がしまってある人形を一つ一つ出す。それを母と千春で壇に飾っていく。

「ママ、それ、こっちじゃないの? あれ? 3人娘? どれが真ん中?」

「違うわよ、それはこっち。3人いるんならどの順番でもいいんじゃない?」

「笑ってるのと怒ってるのと泣いてるのはどこ? あれ、雛様は右? 左?」

「いっぺんに言わないでよー。ママもわかんないんだけど、置いとけばいいと思う」

「おい、ちょっと待て。そんな適当に置くな。しかも真ん中がずれてるし。これをしっかり見てから置いて」

 父に飾り方の紙を渡され、それを見ながら飾る。適当に置いていた人形は、すべて順番がおかしかった。

「だって、自分のひな人形じゃないからどうでもいいんだけどー」

「黙ってやるの。まだ、下に道具を置くんだからな。早く人形並べて!」

 あまりにも遅い千春に喝を入れた。母はスローペースで飾っていく。

「次は道具並べて。ほら、早く。これが一番右」

 美咲の大きなひな壇は7段。父に言われた通りの場所に置いていった。


 美咲のひな人形を出し終えたら、こんどは千春の分を出す。こちらは小さい5段のひな人形である。隣の美咲のひな人形を見ながら、どこに何を置くか確認して並べたら、あっという間に終わった。


「なんで姉さんのは大きくて、私のは小さいわけ?」

 すべてを飾り終えて、正面から2つのひな人形を見比べて聞いた。

「おじいちゃんたちが買ってくれたのよー。ここのおじいちゃんとママの実家のおじいちゃんが」

「大きいのを2つ並べても仕方ないだろうが。それに千春のものの方が高かった気がする」

「ふーん……」

「買ってもらえただけでもいいと思えよ」

「そうだけどもねえ……」

「まあ、なんでも下の子は扱いが雑になるよね、ははは」

「パパ長男だもんね。一番年上だしね。なんでも新しく買ってもらってたよね」

 初めてできた子は、なんでもやることは初めてだから新しいものを買ったりするが、2人目の子にはお古がまわってくるし、育児に慣れてしまい上の子よりも扱いが雑になるのは仕方ないと思ってはいるが、不満であった。

「そうそうこの千春のオルゴールの名前、おじいちゃんが書いたの」

 話に母が入ってきた。母の手にあるのは横15センチほどの木にオルゴールがついたもの。そこには大きく『千春』と書いてあった。

「この字、きれいじゃん。きれいな字も書けたんだー」

「このころはおじいちゃんは若かったからだと思うわ」

 オルゴールをひな人形の横に置き、3人でひな人形を眺めた。

「ねえ、誕生日はまた、ちらしずし?」

「あ、そういえば千春の誕生日がもうすぐね。もちろんちらし寿司よ」

「ケーキは?」

「好きなものを買ってもらいなさい、パパに」

「自分で買ってこい、自分で」

「やだよ、そんなさみしい誕生日ケーキ」

「仕方ないわね、ママの好みで買っておくわ」

「……プレゼントは?」

「ないわよ」

「……」

 誕生日ケーキはとりあえず食べられるだろうから置いといて、プレゼントの話を出したら、父も母も何も言わない。それに、千春と目をあわせようとしない。

「何買ってくれるの?」

「何か買わないとダメ?」

「ダメ」

「……」

 再び黙る母。

「何がほしいのよ?」

「……別になあ。これと言って何も……」

「じゃあいらないじゃん」

「いーるーの! 考えておくから!」

 そういって千春は立ち上がり、自分の部屋に戻った。

 正直これと言ってほしいものはない。ゲームもしないし、服も今ある分で十分だ。音楽も聞かないし、必要なものはそろっている。すぐには何も思いつかなかった。


 昼食をとり、午後になると父はいつものようにつなぎを着て、長靴をはいて、トラクターに乗って出て行った。

(あ、ほしいもの……あれだ!!)

 出て行った父を見てふとほしいものが浮かんだ。

 この日の夜、帰宅した父にほしいものを言うと、あきれた顔をしたがそれなら買ってやると言い、明日さっそく買いにいくことにした。

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