第20話 やりがいと楽しさと
姉と仲直りし、家族みんなで一緒に年を越した。父も祖母もお正月はさすがに農業はお休みだ。
米農家には冬休みのようなものがある。とは言っても3月からは仕事が始まるが。この冬休みは、米のみ作っている農家の場合だ。米以外にも何かをやっている農家は多い。
千春の家では、米のほかに、麦も育てていた。
麦はだいたい稲刈りを終えた後から始まる。稲刈りを終えた後、10月ごろになると麦のための土づくりを始める。この際に土のpHに気を付ける必要がある。麦は酸性に弱いためおよそpH6.5以上になるようにしなければならない。なので土に石灰をまいて調節する。
11月になったら麦の種を準備し、まいていく。まいたのちに、肥料もまき栄養がいきわたるようにする。さらに、除草剤をまき、雑草をなくさなければならない。
12月は引き続き雑草の対策を行いつつ、麦ふみを行う。麦ふみとは、芽がでた麦を踏みつけるのだ。なぜこれが必要かというと、麦の生育を早める、麦の茎数を増やす、将来の穂となる有効な茎を早く育てる効果があるらしい。つまり、麦ふみは麦の成長を促すものである。
1月にも麦ふみを行う。このときの麦ふみでは12月同様に茎数を増やし、有効な茎を増やして、根を強くする。そして2月も麦ふみ。伸びすぎを抑え、根を強く張らせて春にそなえる。どちらも10日置きぐらいに行う。このときにはかなり麦は一面緑に広がっている。そして3月、4月、5月ごろは虫や麦の病気に気を付けながら管理する。そして6月。お米同様、コンバインで収穫する。
これが千春の家での麦の育て方だ。どこかで父がもらってきた麦づくりのための8月はじまりで7月終わりのカレンダーがリビングにかかっている。父が何をしたのかをそのカレンダーへメモしておく。ほとんどをトラクターで行うので千春が手伝うことがない。
3月下旬からは米作りの準備が始まり、米の収穫が終わると、今度は麦が始まる。なので休みはほとんどない。
千春の父はそれをあたりまえのように行う。毎日農作業に追われているわけでもないが、週末はほとんど田んぼへ行っていた。
「パパ、明日なにするん?」
年も明け、三が日も今日で終わる。そろそろお正月気分から抜け出さなければならないとき、リビングでおもちを食べていた父の向かい側に座って千春は聞いた。
「田んぼ」
「仕事は?」
「月曜から」
「あ、同じだ」
今日は金曜日。土曜日はいつも父は仕事が休みなのであった。千春も月曜日からは学校が始まる。
「んじゃ、パパの趣味は?」
休みがない農業に、趣味が持てるのか。そう不思議に思った千春は話を急に変えて聞いた。
「うーん……うーん……」
父は箸をとめ、考える。突然趣味を聞かれても何もでないということも考えられるが、父の場合はそれとは違う。平日はいたって普通のサラリーマン。休日は農民として働いている。農業以外に父が何かをしていることなんて見たことがなかったのだ。
「趣味は田んぼ?」
「うーん……そう言われればそうかなあ」
やはり父には趣味はないようである。考えても考えても何も答えがでないようだ。
家族一緒に夕食をとるときも、お風呂上りでくつろいでいるときも、テレビの主導権は母にあり、母の好きな番組にされることが多い。父は特にこれといったスポーツが好きなわけでもなく、好きな芸能人もアーティストもいない。テレビはニュースや天気を知るために見る。たまに夜にパソコンを開いて何かしていると思えば、インターネットで新しい農機具や肥料について調べている。
「謎だわー」
頬杖をついて千春は言った。父は少し首をかしげた。
「そう? 普通でしょ?」
父はまたおもちを食べ始める。千春は少しあきれたが、それ以上に毎日働く父を尊敬した。
ちなみに2017年現在、農家の数がかなり減っている。
耕地面積30a以上または農産物販売金額が50万以上の農家を販売農家といい、平成12年に約234万戸あったが、平成28年には約126万戸まで減っている。『a』は『アール』と読み、農業で使われる独特の単位だ。1アール=100平方メートル。1ha(ヘクタール)=100アール。これはどのくらいかというと、畳6畳が10平方メートルぐらいらしい。この他にも農業独特の単位として、『
農業就業者数も減少。日本の高齢化とともに農業就業者も高齢化。農業就業者のうちおよそ6割が65歳以上であるのだ。(農林水産省データより)
農業を新規で始める人もいる。しかし、米作りを新規で始めることは多くない。ほとんどの米農家は代々引き継いできた家系である。新規に米作りをしようとすると、必要な農機具を一通り揃えるだけでも、一軒家がたつくらい費用がかかる。これが新規米農家が増えない理由にもなる。中古の機械をそろえれば費用は抑えられるが、それでも高額だ。また、広大な土地がなければ、米作りで利益はでない。小規模で販売もすると赤字になる。なので、自分の家で食べる分だけ作る家もあるし、他の仕事をしながら農業を行う兼業農家が多い。
平日も休日も休みが少ないのに父は何も文句を言うことなく、作業をする。なぜだろうか?
「米作りって楽しい?」
おもちを食べ続けている父に千春は聞いた。
「なんだ?やりたくなったか?いつでもやらせるぞ。」
そう言って1つのおもちを食べ終えた父は、足らなかったのか立ち上がり、テーブルの上にあったジッパー付きの袋に入っているおもちを取り出し、ストーブの上で焼き出す。
「やりたくなったっていうよりも、毎日毎日なんで続けられるのかなーって」
「やりたいわけじゃないのかよー」
「なんで続けられるの?楽しいの?」
千春は問い続ける。父は少し考え、ゆっくりした声で答えた。
「楽しいってたら楽しいかなぁ……好きでやってるんだし。色んなものあって面白いし」
「色んなものって?」
「例えば、そうだなぁ......」
ストーブの前で立ったまま腕を組んで考えた。
「あ、キジ見たわ! わりときれいだぞ」
「さすが田舎。キジなんて野生でいるんだ......」
ど田舎ではないものの、キジがいたらしい。千春はキジなんて桃太郎の話でしか聞かないし、とりわけ目立つ存在でもないため、どんな姿だったかと思い出していた。
「あー……あと、蛇見た。もう最悪」
「蛇嫌いなんだっけ? そのときどうしたん?」
父は蛇だけは大嫌いだ。その他の生き物は特に好きも嫌いもない。何度も蛇は無理だと言っていた。
「コンバインで稲刈ってるときに出てきたから、そのまま一緒に刈った」
「うわあ……」
確かに機械に乗っていればわざわざ降りる必要もない。しかし一緒に刈り取ってしまうとは、祖父といい父もなかなか強引である。
「他は?」
「タヌキも見たし、イタチもいたな……」
「そこらへんは見たことあるや。たまーに、車でひかれてるの見る。タヌキは最近庭にいたよ」
街中は車通りが多い。そこにイタチが飛び出たのか、ひかれてしまったのを見たことがあった。タヌキは屋外で世話している猫の餌を食べに来たのをたまたま見たことがあった。
「動物ばっかりじゃんか。生き物以外になんかないの?」
父はおもちをひっくり返して再び考える。10秒ぐらい考えると、あっと思い出したように手をたたいた。
「一番重要なこと思い出したわ!」
「なになに?」
一呼吸おいてから父は話す。
「米作って、それをいろんな人が食べてくれる。それでおいしいなんて言ってもらえればすごく嬉しい。作ったかいがあったなって思う。それで、また次も作ろうってなる」
父はどこか遠くを見て言った。
よくよく考えれば当たり前のことだ。手間暇かけて作ったものをおいしいと言ってもらえれば嬉しい。千春はスーパーで、家で作られている品種のお米を見るだけでもちょっと嬉しかった。
「なんかあたりまえだけどね」
「あたりまえでも、それが一番。だからこれからも作るし、元気なうちは続ける」
なんだか千春の方が照れくさくなってきた。普通のことを言う父は照れているようには見えない。本気で思っているのがよくわかる。
「ふーん……うーん……私もおもち食べるから、それちょうだい」
米作りにまっすぐな父の一面を見れた千春は、おもちを焼く父を見ていたら自分も食べたくなった。
「今焼いたのに!?」
仕方ないなと言いながらさっき焼いたばかりのおもちを千春にあげ、もう一つ焼き始める。
それを食べ終えた千春は部屋に戻り、学校へ持っていっているリュックの中のクリアファイルから、冬休み前にもらっていた一枚の紙を取り出した。
そこには進路希望と書かれていた。
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