第19話 朝とともに

 翌朝、千春はすっきりした気持ちで起きた。

 まだ姉との問題は残ってはいるが、祖父の手紙のおかげであろう。机に出しっぱなしにしてある手紙に目をやり、着替えて朝食をとりにリビングへ向かった。

「よっ」

 そのリビングにはずっと今まで帰ってこなかった姉の美咲が卵かけごはんを食べていた。そして顔を向けずにかなり軽い挨拶をする。姉がいる、という現実に千春は驚きで目を見開いたまま立ち止まる。

「なんでそんなとこ止まってるわけ?」

「え、あ? おはよう?」

 会話がかみ合ってない。リビングには母も父も祖母もいる。みんな普通の顔をしている。

「姉ちゃん! ごめん!」

 我に返った千春は直角に腰を曲げ、頭を下げた。家族みんな千春を見て、突然のことに驚いている。

「こっちもごめん……あれでしょ、喧嘩したやつ。別に今気にしてないし。言い過ぎたし、やりすぎたわ」

 驚いていた美咲だが、すぐに落ち着いてそう言った。そして、千春の方へ向き軽く頭を下げるともとに戻り、またご飯を食べ始めた。

「仲直りできてよかったねい。千春もやればできるじゃないかい」

 祖母はお互い謝ることができたのを見て嬉しそうで、軽くは。

「うふふ。美咲も謝れるのね。大人になったわね」

 母は美咲の変化が嬉しそうだ。

「あんな取っ組み合いの喧嘩してどうなるかと思った……女怖いわ……」

 父は喧嘩を思い出して、つぶやいた。

「なんで姉さん、朝早くにいるの?」

 まだ8時にもなってない。帰ってくるのなら終電間際だと思っていた千春は父の隣の席につき、美咲に聞いた。

「昨日帰ってこようとしたんだけど、遅延して結局終電乗れなかった。んで、ネットカフェで時間つぶして始発で来たわけ」

「じゃあなんでずっと帰ってこなかったん?」

「課題終わんないし、実験あるし、友達に誘われたバイトしてたし、忙しかったんだもん」

 リビングのソファーの上には美咲が持って帰ってきたであろう荷物が山ほど乗っていた。喧嘩のせいで帰ってこなかったわけではなかったのだ。帰ってこなかった理由を聞いて安心した。

 山になっている荷物を指さして姉に聞いた。

「あの荷物全部持って行ったわけ?」

「みりゃわかるでしょ。何日も友達んち泊まるんだし、家帰らないんだから必要なものはみんな持ってかないと無理っしょ。まあ、足らないものは買い足したけど。それにだいたいいつ帰るかだってママに言っといたし、ママにメールもしたし」

「メール?」

 母を見る。母は何事もないような顔をしていた。なんだか母に騙されたような気分である。

「まあ、仲良くなるいい機会だったんじゃね? 解決したんだしいいじゃんか。今日はごちそうだな!」

 父がいい感じに話をまとめた。

 母は会話を聞きながら、千春の朝食を盛り付けて千春に出した。美咲だけ卵かけごはんだが、他の家族はみんなご飯に味噌汁、野菜炒めであった。

 久しぶりの家族そろってのご飯である。

 千春はいつもよりご飯がおいしく感じた。



 朝食を取り終えた美咲はお風呂に入っていった。ネットカフェで一日過ごしたせいでお風呂に入れてないからだと言う。千春は朝食後自室へ戻り、祖父の手紙を持って姉が出てくるのを待った。

 30分しないうちに廊下をペタペタ歩く音がする。こんな歩き方をするのは姉しかいない。手紙を持って廊下へ飛び出した。

「うお! びっくりした。突然でないでくれる?」

「あ、うん。で、これ。じいちゃんからの手紙。姉さんがいない間に見つけたん。私と姉さんに宛てた手紙があったん」

 そう言って姉に手紙を渡した。

「ん、さんきゅ」

 手紙を受け取った美咲はその場でビリビリと封を切って中の手紙を取り出す。

「……読めぬ。千春は読める?」

 受け取った手紙をさっと見てすぐに読めないと察したのだろう。千春に手紙を渡した。

「かろうじて読めるけど、読んでいいの? てか暗くて読めない」

「んじゃ、千春の部屋に行くからちょっと待ってて」

「うん」

 千春は部屋に戻った。その後数分で美咲はノックしないでやってきた。仲直りしたからこの際ノックもどうでもよかった。

 美咲は肩にタオルをかけ、頭をふきながら来た。そして千春のベッドに座る。千春は机のイスに座っていた。

「んじゃ読んでー」

「読むよー」


『美咲へ

 お元気でしょうか?

 この手紙を読んでいるとき、おぢいちゃんはもういないかもしれません。

 美咲とはあんまり話もできなかったので、

 言いたかったことをここに記します。

 どうして美咲は千春と喧嘩するのでしょう?

 おぢいちゃんはたった2人の姉妹であり家族だ。

 仲良くしてほしい。

 助け合ってほしい。

 美咲は頭がいいから、いいとこに就職するだろう。

 そうしたら家族を助けてくれ。

 ばあちゃんも歳だし、支えてやってくれ。

 美咲は家の米作りには興味がないのだろう。

 米作りは継がなくていい。

 だから千春とだけは仲良くしてくれ。

 家族のことは頼んだぞ。

 幸せに暮らしてくれ。 おぢいちゃんより』


 千春の声は震えていた。しかし、なるべく止まらないように読んだ。

 美咲も聞きながら涙がでたのだろう、顔を下に向けたまま読み終わっても顔をあげなかった。

「以上。私宛ての手紙も似たような内容だわ。てかほとんど同じ」

 美咲はまったく顔を上げないで、タオルで髪をふき始めた。

「じいちゃん、仲良くしてほしかったんだよ」

「わかってるさ、なんでできなかったのかがわかんないんだ」

「もう私は姉さんを非難しない。だから暴力暴言やめてよ」

 妹の千春主導で話をすすめる。美咲は頭をあげない。

「あんな大喧嘩したの初めてだし、ばあちゃんも心配してた。私なんか学校行っても勉強が手につかないほど悩んだ。結局一週間学校休んで早めの冬休みにしたし」

「なんだよ、ズル休みかよ」

 やっと美咲は顔を上げて笑った。

「なっ……!それほど悩んだんだって」

「それはそれはとんだご迷惑を。そーりー」

 相変わらず軽い謝り方ではあるが、今まで謝ったことも、こんな話をしたこともない。かなりの進歩だ。

「それで? 暴力とかはしないって約束してよ」

 読んだ祖父の手紙を封筒に戻し、それを美咲に手渡しながら提案する。

「もうしないわ。大人だし?」

「あ、あと、片づけもしてよ。玄関とかあんなん散らかすのなしで。自分の部屋はどうでもいいけど」

「はいはい。なんか妹にあたりまえのこと言われてるわー」

「あたりまえのことができてなかったのは誰だよ」

「うちだわー」

 美咲は軽く受け流す。祖父の手紙のおかげか、それともずっと家にいなかったおかげか、ずいぶん優しくなった。

「あ、そだ。お土産買ってたんよ。荷物の中にいれっぱだわ。後で適当に食べて。んじゃ戻るわ」

「姉さん!」

 美咲はそう言って部屋からでていこうとしたとき、千春は止めた。

「何? まだ用?」

「おかえり。 それに、ありがとう」

 イスに座ったまま、千春は笑顔で言った。

「……こっちこそ。ただいま」

 美咲も千春と似たような笑顔で言って部屋を出て行った。

 誰もいなくなった部屋。千春は今まで以上にすっきりした気持ちであった。


 美咲が去ったあと、学校の宿題をしていると何やら騒がしい音がする。これでは気が散ってしまうので、途中で宿題を切り上げ、音の原因を探しに部屋を出た。

 どうやら美咲の部屋から音がする。美咲の部屋の前で立ち止まり、耳を澄ましていると扉があいた。

「なにしてんの? 盗聴? こっわ」

「いや、こっちが何してんのって聞きたい」

「片づけだよ、片づけ。しばらくあけてたし、お片付け。暇なら手伝ってよ。これ、姉からの命令で」

「拒否権は?」

「ない」

 半ば強引ではあるが、姉の部屋の片づけを手伝うことにした。


 部屋に入ればそこはまるでごみ屋敷。床にも荷物があって、床が見えない。

「掃除じゃなくて片づけだよね?」

「そそ。とりあえずはしまうの」

「この服全部必要なの?」

「いるいる。着るし」

「んじゃタンス、きれいにしないと……」

 引き出しが階段のようになっているタンスの片づけから始めた。

 2人であーだこーだ言いながら片づけている姿を見たほかの家族は、一件落着したと2人を見て笑っていた。

 この部屋の片づけは結局その日中に終わらず、次の日も2人で協力して、やっと床が見えるようになった。

 

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