たぶん世界一美味しくないバーガーサンド

康平

たぶん世界一美味しくないバーガーサンド



「恐らく、何等かの精神異常であるのではないかと思われます」

「はあ、でも、それ以外はちゃんとした生活を送れるんですよ」

「精神異常と診断されて快く思わないのは分かります。ですが、その状態で普通の生活を送れているとは考えにくい」

「自分のことは自分がよく分かっています。ただちょっと、ふとした拍子にちらりと頭に浮かんでしまうだけで」

「そうは仰いますが、現に今だって考えてしまうのでしょう」

「そんなことは、ありません」

「例えばこの聴診器の先、どう思いますか」

「丸いな、メロンパンだなって思います」

「ほら見なさい、やはりあなたはメロンパンのことを考えている」

「違います!いつも考えている訳ではありません。ただちょっと丸いものを見ると、ああメロンパンだな、って思って、それでメロンパンのことが思い浮かぶだけなんです」

「結局全部メロンパンに見えるんじゃないですか」

「そんなことはありませんよ!だって、聴診器の先は丸いじゃないですか。丸いと言ったらメロンパンじゃないですか」

「メロンパンじゃありませんよ。じゃあ、このカルテ。これなら丸くないので、メロンパンにはならないでしょう」

「そうですね。カルテはカルテです。っああ!」

「どうしました」

「カルテ、駄目だ、カタカナ、ああ、メロンパンだ…」

「メロンパンではありませんよ。相当重症のようですね。何なんですか、カタカナああメロンパンて」

「ああ、駄目だ。そのカルテのボードの角の丸みがメロンパンに見えてきました」

「もっと似たもので連想してしまうのは分かるんですよ、例えば、亀とか」

「メロンパンは駄目ですね。あれはもうメロンパンを背負ったメロンパンにしか見えません」

「あなたの中では亀が既にメロンパンなんですね。亀が気の毒だ」

「違うんです、頭の中ではメロンパンをちゃんと動物のメロンパンだってわかってるんです。でも口に出そうとするとメロンパンがメロンパンになってしまうんです。だからメロンパンって言っちゃうんです」

「ややこしいのでもう亀の話はやめましょう。全てがメロンパンになってしまう」

「はは、全てがメロンパンになってしまうなんて先生ってメロンパンなんですね」

「メロンパンなのはあなたでしょう。何笑ってんですか」

「すいません、ついメロンパンなもので」

「一体いつ頃からメロンパンばかりが思い浮かんでしまうようになってしまったんですか」

「さあ…気が付いたらメロンパンばかりが心を占めて、何につけてもメロンパンになってしまったんですよね」

「何かきっかけとかはないんですか。例えばやたらにメロンパンを食べすぎたとか」

「元々そんなにメロンパンは食べないんですよね。ああでも強いて言えば毎日仕事帰りに最寄り駅の改札を通ると、パン屋さんがあるんですよ。確か、メロンパンフェアをやってて、ああメロンパンだなって思った覚えがあります」

「なるほど、毎日メロンパンを見るうちに無意識にメロンパンが刷り込まれてしまったのでしょうか。では実際本物のメロンパンのこと、どう思います」

「別にどうとも。いや、むしろ食べたくないっていうか。ほんとこれ以上メロンパンのことを考えたくないっていうか」

「メロンパンのことはこれ以上考えたくない、と。ふむ、でも実際、メロンパンがことあるごとに思い浮かんでしまうわけだ。それはさぞかし辛い、メロンパンが恨めしくなりそうだ」

「あの…勝手を言って申し訳ないんですが、そんなにメロンパン連呼するのやめてもらえませんか」

「ああ、すいません。そんなにメロンパンメロンパン言っているつもりはなかったのですが…確かに、メロンパンと聞くのも辛いでしょうしね」

「いや、今はそんなに辛くないんですけど…って、あれ」

「どうしました、メロンパンに何か」

「いや、さっきから何か、こう、そうでもないっていうか、」

「メロンパン?」

「ていうか、あなたの方がおかしくないですか。何ですか、相槌がメロンパン?て」

「…本当だ、私の方がいつの間にかメロンパンのことを考えてしまっている」

「ええ、もしかして、うつっちゃいました?」

「そうなんでしょうか、いや、しかしメロンパンが感染するなんて、そんなことあるはずがない」

「あの、じゃあ、これ、聴診器ですけど、」

「メロンパンですね」

「さっきの私と同じこと言ってますよ、先生。これ、やっぱりうつっちゃったんじゃないですか」

「ああ!だめだ!すべてがメロンパンに思えてきた!なんで、なんでメロンパンなのだろう!」

「ああ、どうしましょう、なんかすいません、私のせいで」

「いやあなたはメロンパンじゃない。メロンパンなのはメロンパンだ」

「ちょっと何言ってるか分かんないんですけど…ああ、そうだ、ほかの言葉を思い浮かべてみるってどうですか?例えば…鯵とか…」

「メロンパン?」

「いや、鯵ですって」

「なるほど、それはメロンパンかもしれない」

「ああ、だから鯵ですって。鯵」

「申し訳ない、頭ではメロンパンだと分かっているんですが、どうにも口に出すとメロンパンになってしまって」

「いや、まあ、分かりますよその気持ち。私もさっきまでどうしても全部鯵になってしまってましたし」

「…?」

「…?」

「メロンパン…?」

「鯵…?」

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