第30話 悪魔のプライド

「くそっ…!」

黒竜に逃げられてしまい、アレンはその場で舌打ちをする。

「イブール…!」

ラスリアはイブールが連れ去られた方向を見て、呆然と立ち尽くしていた。

 それにしても…何故、黒い竜はイブールを連れ去ったんだろう?ただ餌としてだったら、その場で丸呑みしちゃうだろうし…

大空を見渡しながら、チェスは考え事をしていた。

「あれ…?」

周囲を見渡した時、チェスの視界に祭壇が入ってくる。

近づいてよく見てみると――――そこには、何かが安置されていたような形跡がある。

「この祭壇…」

独り呟いたチェスは、後方にいたアレンとラスリアに声をかける。

「2人とも!これを見て…!!」

そう叫ぶ事で我に返ったアレンとラスリアは、チェスの近くまで歩いてきた。

「…見て」

「これは…」

「…何かが祭られていた…って事かしら…?」

アレンとラスリアも、祭壇の周りに集まってその場を見つめる。

「祭られていた物があったとされる台の上は、ほとんどが埃などで汚れているけど…その安置されていた場所だけ、何も汚れがついていない。だからおそらく、この台座に祭られていたモノを取ったのが…」

「…イブールって事か」

そう答えるアレンの横で、チェスは黙ったまま首を縦に頷く。

「…ドラゴンが人間をそう滅多に攫ったりしないはずだし…。むしろ、黒竜あいつらは元々、ここに祭られていた“何か”が狙いだった…と考えるのが自然かも…」

自分で何を言っているかあまり意識していなかったが、チェスは今時分が述べた事が、真実のような気がしてならなかった。

「…どちらにせよ、早いところここを出て、地上にいるミュルザと合流しよう!」

「そうね…!」

アレンの意見に同意したラスリアは、彼と一緒に上るために使用していた“機械”の元へ歩き出す。

そんな2人の後姿を見ながら、チェスは思った。

 なんか…嫌な予感がするな…

チェスはこの時、言葉では言い表せないような感覚を味わっていたのである。


          ※


 チェス達が急いで塔から地上へと降り始めた頃―――――――遺跡の近くにいたミュルザは、木陰に寄りかかって居眠りをしていた。

「んー…」

太陽の光が顔面に差し込んできたのか、ミュルザはゆっくりと瞼を開く。

「誰だ…!!?」

しかし、自分の周囲に誰かいる事に気がついたミュルザは、瞬時に起き上がって周囲を見渡す。

「あん…?」

太陽の光が眩しくて見えづらかったが、彼の視線の先には一人の女性がいた。

「…なんだ、てめぇ?」

何者かと問いかけるが、返事がない。

 …この感覚って確か…

女性をまじまじと見ながら、ミュルザは考える。

「…まさか、こんな所でミュルザ様にお会いできるとは…」

「なっ…!?」

布で覆っていた女性の口から自分の名前が出た途端、ミュルザは驚く。

「…お前ってもしや…古代大戦前、同族やつらに滅ぼされた…」

ミュルザが何かを言いかけると、その女性はフッと微笑んでから口を開く。

「お察しの通り…。私は昔、同族によって滅ぼされた漆黒の竜騎士“ダークイブナーレ”の生き残りよ」

この女性は自分が竜騎士である事を告げたが、ミュルザが驚く気配はなかった。

「成程な…。“ダークイブナーレ”ならば、俺様を知っているのも納得できる。…何せ、お前らの長である黒き竜は、俺達悪魔を統べる邪神と契約を結んでいたからな…」

ミュルザは、何かを思い出したようにして語る。

その後、ミュルザはその女性を観察するように見つめながら、話を続ける。

「そんで、生き残りであるあんたが、“8人の異端者”の一人となった。…だろう?“漆黒の悪魔ヴァリモナルザ”さんよ?」

相手の心が手に取るようにわかるミュルザは、不気味な笑みを浮かべながら、このヴァリモナルザを睨む。

「俺と喧嘩をしに来たようには見えないが…何の用だ?」

「…貴方は、私の心を読めるのですよね?…でしたら、ご自分でお考えになれば?」

ミュルザの質問に対し、ヴァリモナルザは、はぐらかすような返事をする。

気がつくと、彼女の背後には1匹の黒い竜が降り立っていた。そして、竜の背中に乗った後、ヴァリモナルザはミュルザに言う。

「また、近い内にお会いするかもしれませんね…!」

何かを企んでいるような表情かおをしながらそう言い放った彼女を乗せた竜は、そのまま大空へと羽ばたいていってしまう。


一息ついたミュルザは、その場に座り込む。

「一体…あの石はなんなんだ…?」

ミュルザは座り込みながら、ヴァリモナルザが考えていたビジョンの内、何とか読み取る事ができたビジョンについて考えていた。

 あの水色の石…それが、あの塔にあるようだが…。奴は一体、あれを何に使うのだろう…?

ミュルザは、腕を組んで真面目に考え事をしていた。

「おーーい!!ミュルザーー!!!」

遠くから、チェスの声が聞こえてくる。

「おお、お前ら!」

塔の中に入っていたアレン・ラスリア・チェスの3人が帰ってきたため、ミュルザは彼らを迎えた。

「…って、おい!イブール姐さんは…?」

3人の様子がおかしい事に気がついたミュルザは、不意にラスリアと目が合う。

「え…」

その際にラスリアの考えている事を読んだ途端、ミュルザは驚きの余りに声を失う。

 黒い竜共が…イブールを…!!?

ラスリアが言葉で説明する前に、塔で何がおきたのかをミュルザは理解してしまった。

「くそっ…!!」

ミュルザは悔しさの余り、その場で地団太踏む。

 あのヴァリモナルザとかいう女がさっきこの場にいたのは…俺の注意を自分に惹き、その隙に目的を達成するためか…!!

敵の目的を理解したミュルザだったが…この時、異様なくらいの憤りを感じていた。

「同族に滅ぼされた分際で、この俺様を出し抜くとはな…!」

低い声で呟くミュルザの瞳は、僅かに紅くなっていた。

「ミュルザ…大丈夫?」

ラスリアの台詞ことばを聞いて、ミュルザは我に返る。

振り向くと、彼女だけではなく、チェスやアレンも深刻そうな表情かおをしていた事に気がつく。

「あ…ああ。大丈夫だよ!」

ラスリアの表情を見たミュルザは、少し困惑していた。

 “8人の異端者”の一人に会った…なんて、まだ言わない方がいいかもな…

ミュルザは、内心でそう考えていた。

それを見かねたのか、アレンが突如口を開く。

「とにかく、奴らに連れ去られたイブールを救出しなくてはならない。…さて、どうやって探すか…」

「…さっき屋上で黒い竜を見た時…彼らは西の空へと飛んでいっていた。ならば、その方向へ向かえばあるいは…?」

「あ…でも、申し訳ない事が一つ…」

「…?チェス、どうしたの…?」

気まずそうな声で話すチェスに、ラスリアが首を傾げる。

 成程な…

この時、ミュルザはチェスが言いたかった事を既に読み取っていた。

「ミュルザはもうわかっていると思うけど…。実は先日から、ウォトレストの村で重要な会合が催されているんだ。そこには、各部族の長が集まっているから…今、竜騎士以外の者達を入れてはいけないんだ…」

チェスの台詞ことばを聞いた4人は、一様に黙り込む。

 水竜共が使えないとなると、あとは…

ミュルザは、他に手立てがないかと考える。

「…そうだ!!」

その時、ミュルザが不意に何かを思いつくのであった。


          ※


「…そうだ!!」

黙り込んでいた自分達の側で、何かに閃いたミュルザが声を張り上げる。

 …何か、良い方法でも思いついたのかしら…?

ラスリアは、ミュルザを見上げながら、そう考えていた。

「何か、妙案でも思いついたの?」

チェスが興味津々な表情かおでミュルザの顔を覗き込む。

そんな彼など眼中になかったミュルザは、ゆっくりとラスリアの方に歩いてくる。

「ラスリアちゃん」

「何…?」

いきなり目の前に来たミュルザに、ラスリアの心臓の鼓動が一瞬跳ねる。

 以前、同じような事が起きた時は…腕を掴みあげられたからね。多分、無意識の内に身体が警戒しているのかも…

ラスリアは、悪魔であるミュルザに身体が反応した事で、そう考えていた。

すると、ラスリアの黒い瞳を見つめながら、彼は話す。

「俺様がある術を使えば、奴らの所に乗り込めるんだが…。そのためには、ラスリアちゃん。君の力が必要なんだ」

「え…?」

ラスリアは、ミュルザがなぜこのような事を話しているのか不思議に感じる。

「ちょっと、ミュルザ!何するつもり?」

ミュルザに隠されて見えない場所から、チェスの声が聞こえる。

すると、彼は面倒くさそうな表情かおをして、話す。

「…子供ガキが見るモノじゃねぇな、これは…」

「俺にもわかるように説明しろ」

アレンも、何をしようとしているか気になっているようだ。

「ラスリアちゃんには、俺様と一時的な“契約”をしてもらう」

「え…?」

ラスリアは、“契約”という言葉に対して目を丸くする。

しかし、少しだけ違和感を覚える。

「“一時的”…って、どういう事…?」

そう問いかけると、「待ってました」と言わんばかりの表情で、ミュルザは話す。

「今回、お前らが果たしたい“イブールを助ける”という目的を達成するまでの短期間という意味さ。俺達悪魔は、人間と“契約”している間は他の連中と“契約”できないが…こういった一時的なモノなら可能なんだ」

「でも、悪魔の”契約”とイブールを助けるのに、何の関係が…?」

チェスが首をかしげながら、ミュルザに尋ねる。

「…“契約”とは、悪魔が更に強大な力を手にするためにやる儀式のようなモノだ。それを行えば、俺様はお前らを連れて、あの黒い竜共の元へ運んでやる事が可能になるわけ!」

「成程…」

ラスリアは、腕を組みながら頷いていた。

 …ウォトレストの人達には頼れないし、ちまちま探していたらイブールの命が危ない…。もしかしたら、これが最善の方法…かも?

生きたまま連れ去られたとはいえ、敵がイブールをずっと生かしておくとは思えない。彼女の身の安全の事を考えると、ミュルザの提案に従うのが一番ではないかと、ラスリアは考える。

そして、意を決したラスリアは、ミュルザに声をかける。

「…いいわ。一時的に、“契約”しましょう!!」

「ラスリア…!?」

チェスやアレンが驚く中、ミュルザは満足そうな笑みを浮かべる。

「…で、私は何をすればいいの?」

そう問いかけると、ミュルザはニヤニヤしながら答える。

「そうだなぁー…。あんたの場合だったら…キスが無難かもな!」

「ええっ!!?」

思いにもよらない返事が返ってきたため、ラスリアは驚く。

「あー。もちろん、おでことかじゃなくて、唇に…だ」

「ミュルザ…てめぇ…!」

いても立ってもいられなくなったアレンが、ラスリアとミュルザの間に割って入ってきた。

「言っておくが」

すると、ミュルザが突然図太い声で言いかけたせいか、アレンが身体を一瞬震わせる。

「俺様も、連中に出し抜かれてイライラしているんだ。…イブールを早く助けるなら、これが最善の方法って事くらい…てめぇだって、わかっているんだろ?」

ミュルザは苛立った声で、アレンを睨み付ける。

その表情から見てとれる殺気は、半端ではない。獲物を横取りされた怒り狂いそうなっている表情かおを、この時のミュルザはしていた。

「あ…アレン!私は、大丈夫…だから…」

頬を少し赤らめながら、ラスリアはアレンを引き止める。

「だが…」

「ありがとう、アレン。でも…彼の言う通り、これが一番最善の方法だと、私も解っているから…ね?」

ラスリアがアレンに作り笑いでそう説得すると…アレンは、渋々2人の間から抜け出して、そっぽを向いてしまう。


「じゃあ、あいつも同意してくれた事だし…チャチャッとやっちゃいますか!」

先程の怖い表情から突然いつものミュルザに戻ったので、ラスリアは、返ってそれに対して恐怖を感じた。

しかし、そんな事を考えても、彼には筒抜けだって事をラスリアはすっかり忘れていた。

すると、ミュルザの大きな手が、ラスリアの頬に触れる。

「イブール姐さんの事を考えると、まだまだガキんちょだが…」

耳元で囁くミュルザに、ラスリアの頬が赤くなる。

 心臓がドキドキする…。男の人が、ここまで近くに寄ってくるの…初めてだもんね…

内心でそう考えていると、ミュルザの顔がゆっくりと近づいてくる。

「…っ!!」

ラスリアの唇に、何か柔らかいモノが触れる。

気がつけば、ミュルザの左手がラスリアの頭を抑え、彼の瞳が閉じられていた。

長く厚いキス――――――これが、愛する人との接吻モノであったら、もっと喜んでいたのかもしれない。

「…!!?」

そんなラスリアの気持ちを察したのか、ミュルザは彼女の口に舌を入れる。

 息が…!!

突然の出来事に対し、ラスリアは何も考えられなくなってしまう。

ほんの1分足らずの出来事が、何時間という途方もないくらい長い時間のように感じられた。

 そして、ミュルザの方から、唇を離す。

「いやぁー!!これは力沸いてきそうだな!!!…俺様とあんたが本当の恋人同士だったら、この続きができるのにな!!」

「…っ…」

顔を真っ赤にしているラスリアの側で、ミュルザはからかうような口調で言った。

 もう…意地悪なんだから…!

内心でラスリアが言い放つと、ミュルザは逆に満足そうな笑みを浮かべていたのである。

やっと終わった事に気がついたアレンとチェスは、ラスリアとミュルザの方を見る。

「…終わったんだろう?さっさと、行くぞ」

アレンが冷ややかな視線でミュルザを睨みながら、早く行こうと催促する。

「本当、お前はせっかちな野郎だねぇー…」

そんなアレンを見たミュルザが、ため息交じりで呟く。

「…でもまぁ」

そう呟くと、ミュルザの背中に黒い翼が現れる。

「力も沸いてきた事だし…衰えない内に、使うとするかぁ!!」

そう叫ぶや否や、地面に黒い魔法陣が現れる。

「まさか…この人数で、瞬間移動…!?」

地面に浮かび上がった魔法陣を見つめながら、チェスが目を丸くして驚いていた。

「本来の姿に戻れば…もっとすごい事ができるぜ?」

ニヤニヤしながら、ミュルザは得意げに話す。

すると、魔法が発動したのか、魔法陣から漆黒の光が現れる。

 イブール…どうか、無事でいて…!!!

ラスリアは、心の中でそう祈る。

そして、力を得たミュルザが唱えた瞬間移動の魔術が発動し、彼らを黒い竜達の元へ運んでいくこととなる。

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