第29話 遺跡とは思えない塔

「わぁぁ…」

アレン達は、イブールがいるとされた遺跡に到着した。

「遠くから見てもすごかったけど…近くで見ると、頂上が全然見えないわね…」

”遺跡”というより、”塔”という表現の方が正確なのかもしれない。

チェスとラスリアが、それぞれ塔を見た感想を述べていた。

「本当に…イブールの奴、一度入ったきり出ていないんだよな?」

「…ああ」

アレンはミュルザの方を見て尋ねると、彼は首を縦に振る。

「あの結界の影響なのか、塔に入っていった途端、イブールの気配を察知できなくなったんだ。戻ってきていたら、流石に俺様なら気がつく。だが…」

「だが…?」

「…あれから全く気を感じ取れないから、塔から一歩も出ていないのは間違いないだろう」

「確かに…これだけ高さがあれば、そんなすぐに探索は終わらないだろうし…」

アレンの側で、チェスが補足をする。

 それにしても…どうして、イブールはこの遺跡を探索しようと考え付いたのかしら?

ラスリアは、アレンとミュルザの会話を聞きながら考え事をしていた。しかし、その答えが出ないまま、彼らは塔の中へと入っていく。


「”遺跡”という割に、中は綺麗だよね…」

ラスリア達は結界の外にミュルザを残し、3人で塔の中に入っていく。

「そうね…。でも、それより不思議なのは…」

ラスリアは途中言いかけた状態で、視線をアレンに向ける。

何が言いたいのかに気がついたアレンは、ゆっくりと口を開く。

「…俺達も、結界に弾かれずに入れた…という事か…」

「…確かに」

 アレンの台詞ことばに対し、チェスも同意していた。

 …こんな言い方は皆に失礼だけど…自分を含め、私たち3人は”普通の人間”じゃないから―――――――ラスリアは、周囲を見渡しながら考える。

 塔の外観と比べ、中は床や壁の色はシンプルでも、どこか洗練されたようなデザインをした空間であった。そして、この塔がどの時代の文明の遺跡ものかもわからない。

「これ…いつの時代の建造物なんだろうね?」

不意に、チェスがポツリと独り言を言う。

「わからないわ…。古代種キロのモノとも思えないし…一体、誰が何のために造ったのかしら…」

ラスリアは、壁に手を触れながらつぶやく。

「…もしかしたら、”あちらの世界”の建築物かもな…」

「え…?」

アレンの意外な一言に対し、ラスリアは目を丸くして驚く。

そんな彼女に構うことなく、アレンは右手で指差す。

「…あれを見ろ」

「あれは…?」

アレンが指差した先には―――――――扉みたいな物と、スイッチと思われる出っ張りが見える。

「これは一体、なんだろう?扉みたいに見えるけどー…持つ所がないし…」

「…それはおそらく、この塔の上へ上るために使う、”機械”とかいうものらしいな」「”機械”…??」

聞き慣れない言葉に対し、チェスは首を傾げる。

「でも、アレン。どうして、あなたがそんな事を…?」

「…おそらく、あの女が俺の肉体からだにいた時に…あいつが持っていた知識が、俺の肉体に刻まれたからだと思う」

ラスリアの問いに、アレンは居心地悪いような表情かおで答える。

 …今までは自分ばっかりが、”変わった人間”だと思っていたけれど…そういうわけでもないのかも…

アレンの話を聞いて、ラスリアは内心でそう考えていた。

 その後、アレンがスイッチのようなモノに触れると、扉が聞いたことない音が響くのと同時に、開く。

「わぁ…今度は、丸いスイッチの中に文字が刻まれているね…」

「この文字…?」

扉の中に入ると、中は狭い空間だった。

  扉側の壁には、文字の書かれたスイッチがいくつも存在している。チェスとアレンは、それらに見入っていた。

「ねぇ、ラスリア!…これ、なんて読むかわかる?」

チェスが柔らかそうな表情をしながら、ラスリアの方に振り返って質問をする。「あ…えっと…」

ラスリアはボタンに書かれた文字を見た途端、その意味がすぐに頭の中へと浮かんでくる。

「この文字は…数字を表しているみたい。なので、数が一番大きなスイッチを押せば…」

ラスリアが一つのボタンに触れると、地面が揺れる音と共に機械が動き出す。

「流石、ラスリア!!」

「だが、ラスリア…。この文字、どうして読めたんだ?」

機械が動き始めて喜ぶ隣で、アレンはラスリアに問いかける。その瞬間、彼女の身体が一瞬だけ震える。

 …アレンにこういう事を訊かれるのって…何か嫌だな…

ラスリアは、上目づかいでアレンを見上げながら考えていた。

「私が、古代種だから…だと思う…」

この台詞ことばを何とか口にしたものの…複雑な心境であったラスリアは、正面を向いて話せなかった。

「あれ…?」

アレンとラスリアの間に、沈黙が続く。何が起こったのかはっきりとは理解できていないチェスは、この気まずい空気にどうすればいいか迷っていた。       


   ※


 アレン・ラスリア・チェスの3人が”機械”を使って塔を上っていた頃――――独り探索を開始していたイブールは、塔の最上階にたどり着いていた。

「あー…やっと屋上だわ!!」

イブールは、疲れた表情で呟く。

「…あの”機械”とかいう奴…あのスイッチが最上階へ行くためのモノだったのね…」独り呟くイブールは、一瞬考え事をする。

 …一応、コミューニ大学で一通りの古代語ことばを勉強してきたのに…”あれ”は見た事も聞いた事もない言語だった。…一体、この遺跡はいつの時代の建造物ものなの!?

大学で考古学を学んできた彼女にとって、遺跡がどういったモノなのかわからないという事は、いら立ちを感じる元であった。

「それにしても…」

イブールは遺跡探索の間、ずっと塔の中に滞在していた。

そのため、久しぶりに外の空気を吸えた事が、何よりの癒しだった。そして、風を感じながら背伸びをした後、気を取り直して”最後の探索”に乗り出す。

「…あら…?」

ゆっくりと屋上を歩き出してみるとイブールの視線の先には――――何か祭壇のようなモノが見える。

 何かを…祭っているのかしら…?

イブールは、何があるだろうと恐る恐る近づいてみる事にした。

「綺麗…!」

祭壇の中心に祭られていたのは、淡い水色をした水晶のような石だった。

イブールは、その石が触れないかとおゆっくりと手を出す。それはこの塔に入る時、ミュルザが塔の結界に弾かれた瞬間を、その目で見ていたからだ。

イブールは、恐る恐る手を差し出した。しかし、何かに弾かれる事なく、その石を手に持つ事ができた。

「ふふ…。遺跡についてはよくわからなかったけど…これさえあれば、いろいろとわかりそうね♪」

水晶のような石を発見したイブールは、たちまち上機嫌になっていた。

「あら?そういえば…」

ふと思い出したイブールは、袋の中から布でくるんだ石のかけらを取り出す。「やっぱり…」

布から石のかけらを取り出した彼女は、手に入れた水晶とそれを見比べる。

すると、色も素材も、大きさ以外はすべて同じ物質ものであった。

 以前、オーブル遺跡で手に入れたこの欠片…この遺跡のモノだったのね…

欠片と石の両方を眺めながら、イブールは考える。そして、オーブル遺跡の名前が出た途端、不意にアレンとラスリアの事を思い出す。

 あの子達に出会ったのも…オーブル遺跡だったかしら…

イブールは物思いにふけながら、青空を見上げる。

「大丈夫かな、あの子たち…」

ルーメニシェアで引き離されて以来、アレンとラスリアに会っていないイブールは、彼ら2人の身を案じていた。

数分程の間、イブールは黙ったままその場に立ち尽くしていた。 そして、さらに時間が経過し―――――――――

「そうだ!本来の目的を忘れちゃ駄目じゃない…!!」

我に返ったイブールは、すぐにその場から歩き始める。

 ミュルザが、私とチェスを抱えて脱出してくれた際、一般人に見つからないよう大空に飛び出した時、私の視界に入ってきたこの塔。一瞬だけだったとはいえ、あんなに遠い場所からでもよく見えたんだから…その屋上であれば今の世界を見渡せるはず…!

イブールがミュルザに頼んでこの塔に連れてきてもらった一番の理由が、これであった。彼女は走り歩きで、屋上の端っこへと向かう。

「これは…!!!」

イブールが屋上の端っこにたどり着いて下の景色を眺めた途端、目を丸くして驚いた。

ちょうどこの日は快晴で雲ひとつなかったために、大地や海がよく見えていたのである。

「ここから見える分だけでも…地形が思いっきり変わっている事がよくわかるわ…!!」

イブールは、具体的な地名はわからずとも、レジェンディラスの世界地図に載っていた地形図は、ある程度頭に入れていた。

「あの辺は砂時計みたいな形をした半島があったのに、今は全く見当たらないし、あの大陸の先端が、何かと衝突起こして地割れしてるようにも見える…。しかも、あんな場所に滝つぼなんて、なかったわ…!」

自分の視界に入ってくる景色を見つめながら、独りボソボソと呟く。

「あら…?」

何かを感じたイブールは、突然後ろを振り向く。

 …何か聞こえたような気がしたけど…気のせいかしら?

そう思うが、やはり、塔の屋上にはイブール以外は誰もいない。「何もない」と考えた彼女は、再び同じ方向に向きなおして、地上の景色をに焼き付けていた。     


   ※


「わっ…!!?」

一方、アレン達は塔の中にあった”機械”で一番上のフロアを目指していた。

アレンとラスリアの間で微妙な雰囲気になっていたが…突然、チェスが何かに驚いたかのように叫び声をあげる。

「どうした…?」

チェスの声に気がついたアレンが、咄嗟に彼の方へ視線を向ける。

すると、チェスは自分の左腕を抑えながら、こもったような声で話す。

「このかんじは…間違いない。あいつらだ…!!!」

「チェス…どういう事!?」

チェスの呟きに、ラスリアが不安そうな表情かおを見せる。

 チェスの声が、微かに震えていた…。もしや、何かに怯えているのか…?

チェスの表情かおを見ながら、アレンはふと考えていた。

「2人とも…特に、ラスリアはよく覚えているよね?凶暴かつ好戦的な黒い竜の事を…!!」

「…っ…!!」

”黒い竜”の名前が出た途端、アレンとラスリアの表情が一変する。

「”黒い竜”って…あの時、船の上に現れた…!?」

アレンはこの時、以前にウォトレストの里へ向かう際、人間たちに襲い掛かってきた黒い竜を思い出す。

「ラスリア…?」

横にいたラスリアが、俯いたまま震えていた。アレンは肉体が入れ替わっていたので、ラスリアが黒い竜の襲来をもう一度見ていたという事実を知らなかった。

しかし、彼女が怖がっているのを、アレンは察知していた。

「大丈夫だ、ラスリア…。お前は、俺が守るから…」

そうラスリアに囁いたアレンは、ラスリアの肩にソッと左手を乗せる。

「うん…」

俯いたままであったため、ラスリアの表情は見えなかったが…彼女の声から少しは安心したのかと思い、アレン自身も安堵した。

 

 大きな音と共に扉が開き、開いたのとほぼ同時に、アレン達は外へ飛び出す。「ここが、最上階とやらか…!」

アレンは、口を動かしながら周囲を見渡しす。ラスリアやチェスも、必死になってイブールを捜す。

もし、この場所にイブールがいるとしたら、黒い竜と鉢合わせになっている可能性が高いからだ。

「イブールーーーー!!どこーーーーー?」

チェスの叫び声が、周囲に響く。

「あ…あれ…!!」

チェスが大声で叫んでいると、何かに気がついたラスリアが指を指す。

「竜が…集まっている!!?」

ラスリアが指差している方向を見ると…祭壇らしきモノのまた更に奥の方で、黒竜が2・3匹ほど、地上に降り立って集まっていた。

「あれ…?あいつらが口にくわえているモノ…まさか…!!?」

黒い竜が口にくわえているモノが何か見えたチェスの表情が、見る見ると青ざめていく。

「イブール…!!!」

1匹の竜が口に銜えているモノがイブールだと気がついたアレンは、すぐさま走り出す。

「アレン…!!!」

後ろからラスリアの叫び声が聞こえたが、アレンは振り返る事なく走り出す。

アレン達の存在に気がついた黒竜たちは、走ってくるアレンの方に振り向く。

 どうやら…気絶しているだけのようだな…!

竜に捕らえられいたイブールは、見たところ外傷はなく、殺された形跡は見当たらない。しかし、動く気配がない事から、意識を失っている可能性は高い。

「ギャォォォォォッ!!!」

すると突然、1匹の竜が、威嚇するかのような咆哮をあげる。

それを至近距離で聴いていたアレンは、そのあまりの大きさに顔をしかめる。「っ…!!!」

すると、3匹の黒い竜はほぼ同時に巨大な翼を羽ばたかせる。

その羽ばたかせた際に起こった強風に気がついたアレンは、その場に立ち止まって防御の態勢をとる。そして、反射的に閉じていた瞳を恐る恐る開くと――――――――――既に、竜達は大空に向かって羽ばたいていた。

そして、アレン達には目も暮れず、黒い竜達はイブールをくわえたまま、大空の彼方へと飛び去ってしまったのである。

 

  

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