第2章 塔の主が指し示すもの

第11話 特殊な結界の先にあるものは

 「二大魔術」―――――――それは、“命”と“時”の属性を持つ魔術の事を指す。“命”とは、生き物の魂に繋がる属性を指し、回復魔法キュアや蘇生術などがこれにあたる。一方、“時”は時間の流れを操る事を指し、時間を止めることや空間転移、姿をくらます魔法などがこれに当たる。

レジェンディラスにおいて、火や水などの4大元素による魔術を使える人間は多いが、この二大魔術に関してはいないに等しい。というのも、これらの術式を理解して使いこなせるのは、他ならぬ古代種キロだけだからである。


「…飛行竜ねぇ…」

イブールが、本を眺めながら呟く。

 コミューニ大学を後にしたアレン達は、街道を進みながらラスリアが見つけた1冊の本を眺めていた。彼らは「イル」に関する事が書かれた本を探す事はできなかったが、ラスリアが一つ気になる資料を見つけていたのだった。

「“イル”の手がかりは見つからなかったけど…この飛行竜を操る“竜騎士”ならば、何か知っているんじゃないかなって思ったんだけど…どう?」

「“竜騎士”ねぇ…俺も奴らには会った事ないから知らねぇが、あたりの可能性もありそうだな…」

「…アレンはどう思う?」

ラスリアとミュルザが会話する中、彼女は後ろにいたアレンに視線を向ける。

 …“イル”の手がかりが、あの図書館で見つけられなかったとはいえ、そんな距離離さなくてもいいのに…

笑顔とは裏腹に、ラスリアは内心では残念な想いでいっぱいであった。返事を返してこないアレンを見て、ラスリアは再び本へと視線を戻す。

「…ラスリア」

「わっ!!?」

横を向くと、いつの間にかアレンがすぐ隣に来ていた。

あまりに突然だったため、ラスリアは声を張り上げて驚く。アレンは返事もせず、黙ったまま彼女を見つめる。

「な…何…?」

顔がすごく近かったため、頬を少し赤らめながら、ラスリアはアレンが何を口にするのかを待っていた。

 な…なんで、こんな所で緊張しているのよ、私!!?

ラスリアは、心の中でそう叫んでいたのである。

「眠い」

「え…?」

気がつくと、アレンの瞳がものすごく補足なっていて、今にも寝てしまいそうな勢いだった。

「うーん…これは、何かありそうだな…」

横を見ると、アレン程ではないが、ミュルザも眠そうな表情かおをしていた。

「私はなんともないけど…」

そう呟くラスリアの視線に、イブールの姿が入ってくる。

「これってもしや…!!?」

「イブール?」

眠そうな男達を見て、イブールは何かを思い出したような表情かおをする。

「でも、そんな…」

「イブール!!どうしたの??」

考え込むイブールが気になったラスリアは、彼女の肩をさする。

「…いや、“あれ”は高等魔術だから、使える人なんて見たことなかったけど…」

「これ…アレン達が眠くなっているのは、魔術による効果って事?」

それを知った時、ラスリアは違和感を覚える。

 これが魔術による効果だとすると…魔法を操れるイブールはともかく、私がなんともないのは、少し変よね…

考え事をしながら、ラスリアは周囲を歩き回る。気がつくと、街道から外れて森の中へと入り込んでいた。

「風が気持ちいい…」

森の中は静かで、一人でいても安らげる安心感のようなモノを感じていた。

 そういえば、アレンと一緒に旅に出て以来…こうやって一人で動き回るなんて、ほとんどなかったから、久しぶりだな…

遺跡に行ったり、大きな街の大学へ行ったりと、ラスリアこれまでの事を思い返す。彼女の後ろには、イブールがアレン達を率いて、歩いてきていた。


「どうやら…これが眠気を感じる正体って事ね…」

「え…?」

追いついてきたイブールが、ラスリアの方を見つめながら呟く。

「イブール…それって、どういう事?」

「それはね…」

彼女の隣に来たイブールは、手探りをしているような形で、右手を宙に上げる。

「…っ…!!」

感電したような音が響いてきたかと思うと、イブールは反射的に右手を引っ込めた。

痛みを感じてはいないようであったが、その瞬間、少し驚いたような表情かおをするイブール。

「…どうやらこれは、結界みたいね。しかも、“特殊効果”付の」

「“特殊効果”…?」

「…この結界は、対象物を隠すだけではなく、近づいてきた生物の感覚を麻痺させて、進入すら考えさせないようにする効果が付加されているのよ」

「…結界術には、そんな種類モノもあるのね…」

イブールの説明を聞いて、ラスリアは同調する。

 でも、一体誰が何のために、こんなに強力な結界を張ったのだろう…?

彼女達が黙り始めた時、ラセリアはふとそんな事を考えていた。一方でイブールは、眠気によって地面に座り込んでいるアレンとミュルザの元へ歩き始めていたのである。ラスリアも、同じようにして歩き出そうとした瞬間――――――

「きゃっ!!」

勢い余って、地面にずっこけてしまう。

うつ伏せに倒れたラスリアの両足に、軽い打撲の痕ができる。

「ラスリア…!!?」

「あれ…?」

イブールの声を聞いて我に返ったラスリアが起き上がってみると…なんと、弾かれるはずの結界を、彼女の身体が通り抜けていた。

「…ラスリアだけ、拒絶されなかった…!!?」

イブールは、目を丸くして驚いた表情かおでラスリアを見つめる。

「ラスリアちゃん…。その先に…何かありそうか?」

「え…?あ、一応…」

眠気をこらえながら、ミュルザはラスリアに声をかける。

 あれは…塔…?

森の木々に囲まれてはっきりとは見えないが、少し離れた場所に塔らしき建造物がラスリアの視界に入ってくる。

「イブール…私…」

「え…?」

前方にある塔を見た瞬間、直感だが「ここには何かある」と、ラスリアは感じていた。

つばをゴクリと飲んだ後、彼女は口を開く。

「私、ちょっとこの先に行ってくるわね!!」

「あ…ラスリア…!!?」

「少し時間が経ったら、戻ってくるから…!!」

そう告げて、ラスリアは塔が見える方向へ走り出した。


「大きい…。しかも、すごい高さ…」

最初に見えた塔の真下にたどり着いたラスリアは、天高くそびえるこの塔を見上げていた。

 あんな特殊な結界を張っているくらいだから、絶対に何かあるはず…

そう考えたラスリアは、扉を強くノックした痕、その扉を開く。

大きな音を響かせながら鉄の扉を開けて中に入ると、ラスリアの目には不思議な光景が飛び込んでくる。入ってすぐの場所には特に何もなかったが、その壁際には無数の文字や図形・数式のような文様が描かれている。それは、上に上る階段がある場所の壁にもびっしりと描かれていた。

 ラスリアは、この壁に描かれている文様モノを眺めながら、階段で上へ上へと上がっていく。

「ほとんどの文様が、紅く光っている…。これってもしや…魔法?」

ラスリア一人の声が響く中、塔自体には人の気配が全く感じられない。

普通ならそれにすぐ気がつくはずだが、彼女は壁に描かれている文様が気になって、逆にその辺を気にしてはいなかった。

「“時空”を表す単語が多いな…。私は魔術師ではないからよくわからないけど、イブールだったらきっと…」

壁にそっと手を触れながら、独り言を呟くラスリアだった。

『数百年ぶりのお客みたいだね』

「えっ…!!?」

すると突然、どこからともなく男性の声が聴こえる。

「誰…!!?」

いきなりの出来事に、ラスリアは周囲を軽快し始める。

しかし、黙り込まずに声の主は話し続ける。

『あの結界を潜り抜けたから「もしや」とは思ったが…まさか、こんな展開になるとはね…』

「…貴方は、一体?」

声の主は、意味深な台詞ことばを述べる。

しかし、何もわからないラスリアは、突然の出来事に驚きと戸惑いを隠せないでいた。

『…久々の客人だし、特別に僕の部屋へ招待してあげよう』

声の主がそう告げたとたん、ラスリアの前方に見える地面がゆっくりと光りはじめる。すると、光の中から魔法陣が現れる。

『その魔法陣の真ん中に立てば、僕のいる場所まで空間転移ワープする事ができるよ?』

「一体、どういうつもりなの…?」

彼女の問いかけの後、数秒だけ沈黙が訪れる。

考え込んでいたのか、少しだけ間が空いた後に、声の主は話し始める。

『…どの道、このままだと君はこの塔から出ることはできない。…そこで、僕の所まで来て話をさせてくれれば、お仲間の所へ返してあげるよ』

「…っ…!!」

“仲間”という単語が出てきた事で、ラスリアは目を丸くして驚く。

 …目で直接見てないはずなのに、仲間達みんなの存在に気がついている…。何者かはわからないけど、用心するにこした事はなさそうね…

考え事をしながら、ラスリアは魔法陣の方向へと歩き出す。

「魔法陣が…」

指定の場所に立った瞬間、地面に描かれている魔法陣が紅く光りだす。

そして一瞬の内に、ラスリアを声の主の下へ転送したのであった。

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