第10話 天使と悪魔

 “異質な存在”と自分の事をそのような表現で口にしたとき、変なかんじがした。

俺――――――ミュルザは、イブールという魔術師と行動を共にする悪魔だ。“異質”といえば確かにそうだが、自身に対してそういった価値観を持ったことはなかったのである。

 

研究室で倒れていたアレンをラスリアの元へ行くよう促した後、人間には見えないくらいの速さで、ミュルザはコミューニ大学の校舎内を走り回る。

 この建物に入ってから、妙な気配は感じていたが…今は、はっきりと感じる…。魔物が現れたのも、もしかしたらそいつらの仕業かもしれねぇな…!

ミュルザは、走り回りながら考え事をする。

「…っ…!!」

ミュルザは、何かに身体が反応したのか、その場に立ち止まる。

立ち止まった場所は、生徒が普段使わなそうな階段だった。

「…隠れていないで、さっさと出てくるんだな」

そう呟いて上を見上げるミュルザの瞳は、血のように真っ赤であった。

これは、悪魔が敵に対して威嚇行動を取った時や、特殊能力を使う際に起こる現象である。すると、階段の下の方から靴の音と共に水色の髪色をした女性が現れ、ミュルザの方に視線を上げる。

「人間界で、“お前のような奴”を見かけるのは…初めてだな…」

「…それは、こちらの台詞です」

その直後、ミュルザからは黒い翼が。そして、水色の髪を持つ女性の背中からは白い羽が現れる。

「…何故、“天使様”が人間の味方をする!?」

「そういう貴方こそ…悪魔のくせに、随分とあの女性に入れ込んでいるようだけれど…?」

ミュルザが“天使”と述べる女性は、彼の質問に質問で返してきた。

 天使―――――文字通り、“天の使い”である白い羽を持った種族。“神の使い”とも言われるが、ここで言う“神”とは、天地創造をした存在ではない。ただ“自分が唯一絶対の存在である”という歪んだ思考しか持たない生命体の事を指す。

「…雑魚の魂を貪るのには、既に飽きてしまったからな。…お楽しみを、最後に取っておいているだけさ…!」

そう語るミュルザの表情は、狂気に満ちていた。

「くだらないわね…」

「そういうてめぇの方こそ…!」

天使が低い声で呟いた直後、ミュルザは反論するかのように叫ぶ。

「使い魔を利用して、俺達を後ろから尾行していた野郎…。あれが、お前のご主人様だろう?…どう見ても精神がいかれていそうな野郎であるにも関わらず、不浄を嫌う天使あんたが従うなんて、反吐が出るね…!」

馬鹿にするような表情で、ミュルザは相手を皮肉る。

 彼らの間に緊迫した空気が流れる。天使と悪魔は、古代より争いが絶えず永きに渡って対立している関係である。そのため、お互いに相容れない存在なのだ。

「…私はただ、“命令”で動いているだけよ。それさえなければ、あんな汚らわしい男に力を貸したりしないわ」

真剣な表情で、その女性は述べる。

彼女の髪が少し揺れた時、前髪の隙間から何か痣のような物が垣間見える。それを見逃していなかったミュルザが、首をかしげながら口を開く。

「あんたの額にある刺青…。それって確か…」

「…っ…!!」

彼の台詞ことばを聞いたとたん、女性の顔色が激変する。

「ここは、人間が多くいる場所…。あの男の事もあるから今日はここで退散するけど、次に会った時は容赦しないから…!!」

「あ…おい!!!」

翼を羽ばたかせる音が一瞬聴こえたかと思うと、ミュルザの眼下には、先程の天使はいなくなっていた。

 奴の額にあった刺青…あれは確か、堕天使の刻印のはず…

自分が持つ黒い翼を収めたミュルザは、あの堕天使がなぜ人間の味方をしているのかを考えながら、アレン達のいる方向へ歩き出す。


「お!イブール姐さん!!」

ミュルザは、気配をたどってイブールの元までたどり着く。

そこにはアレンやラスリア。そして、ロレリア教授もいた。彼らは皆、深刻そうな表情かおをしている。

「ミュルザ…あんたってば、今までどこにいたのよ!!?」

いつもと変わらぬ態度で、イブールの怒号が飛んでくる。

「悪ぃ悪ぃ!!ちょっと、町中をうろついていたもんで…」

とりあえずミュルザは、いつもの軽い口調で受け流そうとする。

 イブールには、後で話しておかなくてはな…

笑顔で会話する一方、ミュルザは内心はそう思っていた。

「あー…ゴホン!!」

気がつくと、わざとらしい咳払いをしている教授おっさんが、自分達の横に立っていた。

「あ…ごめんなさい、教授」

「いや、構わないのだが…わたしは講義もあるので、ここいらで失礼するよ」

そう言って、ロレリア教授は足早に退散していったのである。

 …どうやら、寂しがりやのおっさんみたいだな…

歩いていくロレリア教授を見て、ミュルザは思う。彼は普通の人間の心が読めるため、どんな言葉を発しようとも、嘘か真実かは手にとるようにわかる。

「さて…と。私の用事も終わった事だし、アレンの用事を済ませましょうか!」

「…頼む」

 アレンとイブールの会話が終わった後、”イル”に関する情報を調べるため、大学内にある図書館へ向かい始めた。

ラスリアとイブールは女同士で他愛もない会話をしながら進み、アレンとミュルザは黙ったまま進んでいた。

 …野郎と2人で歩く趣味はねぇが、女2人の会話に割り込む気はなれねぇな…

アレンを横目で一瞬見ながら、ミュルザは考える。

「おい…」

「…なんだ?」

アレンの方から話しかけてきたので、ミュルザは瞳を数回瞬きした。

すると、アレンは低い声で話し始める。

「あんたは…”イル”の事、本当は何か知っているんじゃないのか?」

その台詞ことばを聞いたミュルザは、一瞬黙る。

しかし、思い出したかのように話し出す。

「確かに…俺は人間あんたらより長く生きているから、様々な事を知っている。…しかし、”星の意思”に関する事だけは、何も知らないな…」

そう告げた後、ミュルザは軽くため息をつく。

 そもそも、悪魔は”星の意思”については関わろうとしねぇからな…

アレンに告げた後、ミュルザは一瞬だけそう考えた。

「ついでに言っておくと、俺はあんたの心だけは読めない」

「…どういう事だ?」

ミュルザの台詞ことばに対し、アレンの表情が険しくなる。

「そのままの意味だよ!俺が言うのもあれだが、お前も人間じゃない”何か”だったりするのかもな」

「そうか…」

その後、2人の間に、再び沈黙が訪れる。

 悪魔が心を読める生き物というのは、太古の記憶によりある程度知っている奴らばかりだ。だが、アレンのように心の読めない生物やつっていうのは、相当やっかいな連中…って事になるのかもな…

ミュルザは、歩きながらそんな事を考えていた。


          ※


 図書館に向かう途中で私はラスリアと普通に会話をしていたけれど、他人に興味を持たないミュルザと、割と無愛想な雰囲気のアレンが、2人で会話をするなんて珍しい事もあるんだな…

図書館に到着後、本を物色しながらイブールは考える。

あれから図書館に到着したイブール達は、「ここでは一般人も本の閲覧ができる」とアレンやラスリアに告げ、各自調べ物を開始していた。本棚越しに見えるアレンとラスリアを見ると、2人は違う本棚を眺めている。アレンはいつもと変わらず無表情だが、ラスリアの表情がどこか冴えない。

 何があったのかは知らないけど、魔物トロルに襲われたりすれば、普通は沈むわよね…

「今はそっとしておこう」と考えたイブールは、星命学関係の本を探し始める。

「イブール姐さん」

「あら、ミュルザ!…どうしたの?」

隣にミュルザが現れ、彼女に声をかける。

「ちょっと、話が…」

 

 その後、イブールとミュルザは、図書館近くにある人気のない場所へ行った。

「話って何?」

移動中、いつもは何かしら話しかけてくるミュルザが黙ったままだったので、到着してからすぐに、イブールは話を切り出す。

「…この校舎内に魔物が出没していた時、俺は“珍しい奴”を見かけた」

「え…?」

急に真剣な表情をして話し出したので、イブールの心臓の鼓動が大きく鳴る。

「”珍しい奴”なんて言葉、あんたが使うのも変なかんじだけど…何を見かけたの?」

「…天使だ」

「…は…!!?」

問いに対して、ミュルザよりあまりに予想外の答えが返ってきたため、イブールはつい声を張り上げてしまう。

その後、イブールは声量を小さくして話す。

「…まぁ、悪魔あんたみたいな生物がいるのだから、天使がいても不思議ではないけれど…。でも、なんでまたコミューニ大学に…?」

星命学を勉強するイブールの周囲には型破りな思想を持つ人が多かったため、この突拍子のない話に対して、すぐに理解を示す事ができた。

最も、悪魔と”契約”をしている時点で、イブールは普通の人間とは異なる人生を歩んでいるわけだが―――――――


「どうやら、天使そいつも俺と同じように、とある人間に従っているみたいだ。奴の目的はわからないが、本題は天使そいつの事ではなく…天使そいつが味方をしている人間のほうだ」

「天使が側にいるくらいだから…そいつも”特殊な人間”って所かしら…」

イブールは、腕を組みながら考え込む。

「…その人間はおそらく、ラスリアを狙っている」

「え…」

ラスリアの名前が出たとたん、イブールの表情が凍りつく。

だが、イブールは目の前にいるミュルザの顔を見る。彼の表情が深刻になっているのが、見てすぐに気がついた。

「”おそらく”…なんて、あんたらしくない曖昧な表現ね?」

「…おそらく、あの天使が周りをうろついているから、考えている事が読みづらいんだろうよ」

イブールの台詞ことばに対し、ミュルザは皮肉っているような口調で答えた。

その後、ミュルザは一息ついた所で会話を再開する。

「ラスリアちゃん…。彼女は、古代種”キロ”の生き残りだ」

「…そういう事…」

”ラスリアが狙われている”という事実がわかったとき、「なぜ彼女か」と疑問に思っていた。

しかし、絶滅したと思われている古代種・キロの末裔であるのなら、納得ができる…イブールはそんな表情かおをしていたのである。

「という事は、その男…ライトリア教の関係者というかんじね…」

「ライトリア教ね…」

そう言って、ミュルザは鼻で哂う。

しかし、そんなちょっとした仕草に対して、イブールは気にも留めていなかった。

星命学を元にした宗教であるライトリア教における古代種”キロ”は、”星を切り開く民”として、教団の中で神聖視されている存在である。しかし、古代大戦によってその数が激減。彼らを味方につければ、世界の発展と共に教団の権威も強くなる―――――――――教えとは裏腹に、そういった欲望を持つ彼らが、キロの生き残りを探すのに対して躍起になっているのを、イブールは知っていた。

「ここ周辺は兵士共が目を光らせているから大丈夫だろうが、これからは注意してやった方がいいかもしれねぇな」

「…軽い気持ちであの子達を選んだのに、どうやらすごいのに当たってしまったようね…」

イブールが頭を抱えながら、ため息をついた。

すると、ミュルザは彼女の耳元でささやく。

「…だが、あいつらみたいな連中と旅をした方が、”目的の奴”に早く逢えるかもしれないぜ…?」

「……」

耳元で囁いてくる悪魔ミュルザに対し、イブールはその場で黙り込む。

「人間って奴は、特異な存在同士だと惹かれあうようにできている…。俺がお前の魂を頂戴する日も、近くなりそうだな…」

そう呟くと、ミュルザの唇がイブールの首元に触れる。

「…私は、”奴”を見つけて殺すまで、絶対死ぬわけにはいかない…。両親を殺し…私に最大級の屈辱を与えた“奴”を見つけるまでは…!」

ミュルザがイブールの身体に触れている一方で、彼女の瞳は憎悪に満ちているのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る