第1話 祭の準備

山間にある小さな村スト―――人々は畑を耕し作物を育てながら、その日その日を生活する。そんなのどかな所に、この物語の主人公であるアレン・カグジェリカは訪れていた。

彼が持つライトグリーンの瞳が、辺りを見回す。

「おい…。この辺りに、鍛冶屋はないか?」

アレンは、その場にいた村民に尋ねる。

「おや、旅人かい!めずらしいねぇ…」

60代くらいの老女に話しかけられたアレンは、少し苛立った表情かおで睨む。

「…おお、すまんね。えっと…あの森の手前じゃよ…」

「…わかった。行ってみる」

アレンはそう言った後にこの老婆と別れ、手持ちの剣を磨いてもらうために鍛冶屋へ急ぐ。


鍛冶屋へ向かう際、彼の視界に入ってきたのは、何かの準備をする村人達であった。

「夜に向けて、しっかりと準備しなきゃね!」

「何せ、今宵は数百年に1度のイベントなんだから…!」

そんな会話をしながら、村人達は作業をしていた。

アレンは彼らに対して見向きもしなかったが、耳を傾けながら鍛冶屋へ向かうのであった。


          ※


「行ってくるね!シシュ!!」

自分の姉にそう告げて、黒髪の女性は家を出る。

この物語のヒロインであるラスリア・ユンドラフは、義理の姉と共に、この山間にある小さな村・ストに暮らしていた。


「こんにちは!アミおばさん!!」

「いつもすまないねぇー…」

「いえいえ!こちらこそ…毎度ご贔屓にしてもらって、すごく感謝してますよ!」

ラスリアは、この40代くらいの女性に、1つの紙袋を手渡す。

中身は、彼女が姉と共に経営している果物屋の商品である。

「では…また、夜に!」

そう告げて女性と別れたラスリアは、次の行き先へと歩き始める。


ラスリアと彼女の姉は2人とも孤児で、同じ施設にて育った。施設を出た後は世界を旅した事もあったが、生活の事を考え、この村に定住することを決意する。しかし、このストはカルリエという国の領土の北端に位置する人口の少ない村のため、生活もあまりゆとりがある訳ではなかった。しかし、それでも本人は満足しているかもしれないが―――――


「えっと、最初はアミおばさんの家で、次は…」

自宅で育てた果物を村の家々に届けるのが、彼女の仕事であり、日課でもある。

出かける前に書いたメモを読みながら、ラスリアは次の行き先を探す。

「次は…鍛冶屋のグロスイおじさんの家ね!」


          ※


「邪魔するぞ」

鍛冶屋の前に到着したアレンは、戸をノックした後に中へ入る。


「ん…?ああ…客か…」

アレンよりも低い声で呟く鍛冶屋の男は、面倒くさそうな表情かおをしていた。

「剣を少し…磨いてくれないか?」

「…へいへい」

鍛冶屋の旦那であるグロスイという男は、アレンから剣を受け取る。

「出来るだけ早く終わらせてほしいんだが…大丈夫か?」

「早めにねぇ…。でも、今宵は祭りの日だから、最低でも明日以降になるぜ?」

「…祭り…?」

不思議そうな表情かおをしながら、彼は鍛冶屋の旦那を見る。

「今夜は確か…“星降りの夜”…だったかな?数百年に1度だけ、空に浮かぶ星の光が地上に降り注ぐように通り抜けていくのが、今夜らしくてな。これは星命学を主とする、ライトリア教の教えの一部で…」

「そんな事はどうでもいいから、聞かれた事だけに答えろ」

鍛冶屋の話に飽きたのか、ため息をつきながらアレンは呟く。

「…ったく、いちいち注文の多い旅人だなぁ…」

文句を垂れながら、鍛冶屋の旦那は剣を磨き始めた。


すると、アレンの目の前にある戸をノックする音が聞こえる。

「誰だ?」

「あ…。グロスイさん!私です…ラスリアです!」

鍛冶屋の旦那が問うと、戸の先から女性の声が聞こえてくる。

話の途中で割り込まれるのを嫌うアレンは、寡黙な美青年とは思えないようなしかめっ面をしたのである。

「おお、ラスリアちゃんかい。入っていいぞ…!」

戸に向かって声を張り上げていたグロスイの口調が、明らかに自分と会話していた時と異なっていた。

それに気がついたアレンは、余計に苛立ったのである。


「こんにちは、グロスイおじさん!…約束の果物、届けに来ました♪」

戸から中に入ってきたこの黒髪の女性―――――ラスリアは笑顔で鍛冶屋の旦那の方を向く。

「…っ!!?」

彼女を見た途端、一瞬だけアレンの頭が痛む。

――――――なんなんだ、この女は…!!?

彼は異質な存在モノを見るような表情かおで、ラスリアを見つめる。

しかし、これがアレンとラスリアの運命的な出会いだという事を、この時は2人とも気がついていないのであった。

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