第2話 私の道具ではない

 変化の乏しい穏やかな時間というものは、現実感をも失わせることがある。

 全てが夢だったのではないか。ジブルのこともナイダートのこともニーミナのことも、あらゆる出来事がゼイツの空想だったのではないか。そう思うくらい平穏な時が流れていた。事故も事件も騒ぎもない日々からは、誰かの思惑も疑念も感じ取れない。少なくとも表向きにはわからない。

 何かを強制されるわけでもないため、彼も特にやることがなかった。情報を集めようとしてもどうも教会内も落ち着かないらしく、どれが正しい話なのか判断ができない。

 だから彼は仕方なく、衰えた足の筋肉をどうにかしようと今日も廊下を歩いていた。相変わらず人気のない回廊には木々の影が焼き付いているくらいで、物音もしない。そこに彼のぎこちない靴音だけが響いている。

 外の風も穏やかなようだった。ただ冷え込みは厳しく、今朝も霜が降りている。先日一時的に積もった雪の名残こそないが、また明日には降るらしいとルネテーラから聞いた。

 ジブルと違いニーミナはやはり寒い。まだこの時分はジブルであれば紅葉を楽しめた。故郷の庭を思い出して、なんとなしにゼイツは立ち止まる。

「冬か」

 ニーミナの冬は厳しいだろう。窓の外にそびえ立つ木々も、心なしか元気がないように思える。ゼイツは瞳をすがめた。雪が積もってしまうと、ニーミナを出るのはますます難しくなるかもしれない。

 そもそも、彼はどこへ向かえばいいのか? 自分が何をやっているのか、彼はわからなくなっていた。どうしてここにいるのか、自分がどうしたいのかも定かではなくなってきている。

 ただ一つ明らかなのは知らねばならないということだ。今まで気にもかけてこなかった世界が目の前に立ち現れた以上、見なかったことにはできない。一体何が起こっているのか。知らないままでいるのは嫌だった。ただし、それを得るためには多くのものを失うかもしれないが。

「ゼイツさん!」

 そんな風にとりとめのない考え事をしながら歩いていると、後方から軽やかな声が聞こえた。弾かれたように振り返り、ゼイツは眼を見開く。

 廊下の向こうから走り寄ってくるのはクロミオだった。しばらくは大事を取ってラディアスの部屋で生活しているため、最近なかなか顔を合わせることがなかった。記憶にあるのと変わらない無垢な笑顔を見て、思わずゼイツの頬も緩む。

「クロミオ」

 駆けてくるクロミオの後ろに、まもなくウルナの姿も現れた。二人揃っているところを見ると、自室へ戻るところだったのか? もうラディアスの部屋に隠れている必要もないという判断なのか? 飛びつかんばかりの勢いで近づいてきたクロミオを、ゼイツは笑顔で見下ろした。

「元気そうだな。よかった」

「うん! ゼイツさん、足は大丈夫?」

「ああ、この通り。簡単な訓練中だ。動かしてないと筋肉が落ちるからな」

「そうなんだ」

 日に照らされたクロミオの黒い双眸には、柔らかな光が宿っている。ゼイツは首を縦に振ると、悠然と歩いてくるウルナへ一瞥をくれた。

 ここ最近、ウルナに特別変わったところは見られなかった。当初は心配していたルネテーラもそう言っていたから、ゼイツが気づかないだけということもないだろう。ようやく落ち着きを取り戻したのか? 彼の知らないところで何か問題が解決したのか? わからないが、悪い兆候ではないと思われる。

「クロミオ、走ったら危ないと言っているでしょう?」

 わずかに苦笑したウルナは、ゼイツを一瞬だけ見て頭を傾けた。鎖骨辺りで束ねられた黒髪が、たおやかな布のごとく揺れる。特に意図はない仕草のはずだが、視線の意味を問われた気がしてゼイツは顔を背けた。

 すると、クロミオがごまかすように笑って頷く姿が目に入る。ルネテーラとクロミオに関しては、ウルナは過保護だ。何もない誰もいない廊下では、駆け回ったところで怪我をすることもないだろうに。

「わかってるよ。大丈夫! それよりゼイツさん、聞いてよ聞いてよー」

 おざなりな返事をしてから、クロミオは瞳を輝かせて飛び跳ねた。久しぶりに会えて嬉しいのか、それほど楽しい話があるのか。どちらにせよクロミオがはしゃいでいるのは明らかだ。

 弟がいたらこんな感じなのだろうかと、ゼイツはふと複雑な気持ちになる。彼に兄弟はいない。弟か妹かを身ごもった母は、ある日帰らぬ人となった。その時何が起こったのか、いまだ彼は父に詳細を聞いていない。ただ子を産むのはこの時代では危険なのだと、父がぼやくのを耳にしたことがあるだけだ。

 クロミオのような弟が、もしくはルネテーラのような妹がいたら、ゼイツの未来はまた違ったかもしれない。全力でジブルを守ろうとしたかもしれない。そんなどうしようもないことを考えそうになり、彼はひっそりと奥歯を噛んだ。

 感傷に浸っていても仕方ない。彼は目尻を下げると、クロミオの頭をぽんと叩いた。

「何かあったのか?」

「うん! あのね、僕ね、女神様に会ってるんだ」

 ゼイツが先を促すと、クロミオの弾んだ声が回廊に反響した。思いも寄らぬ言葉に、ゼイツは目を丸くする。この国で女神というとウィスタリアを指す。ルネテーラの話が本当であれば、唯一『力』を扱うことができる存在だ。その女神に会うなどと口にすることは、尋常ではなかった。子どもの無邪気な戯れだとしても、だ。

 しかし動揺したのは彼だけではない。一歩近づいてきたウルナが慌てて声を上げる。

「ちょっと、クロミオ―」

「お姉ちゃんは信じてくれないんだよ!? でもあれは絶対に女神様だよっ。僕、女神様の夢を見るんだ!」

 いっそう声を張り上げたクロミオは、拗ねた様子で唇をすぼめた。ウルナが困ったように眉根を寄せているのを、ゼイツは視界の端に捉える。どちらの味方をするべきなのか、彼には即座に判断できなかった。だから曖昧な笑みを浮かべて、とりあえず話を続けてもらうことにする。

「どんな夢なんだ?」

「あのね、湖の傍に女神様がいるんだ。女神様は振り返ってくれないから、顔は見えないんだけど。でもあれは絶対に女神様だよ! 一人で泣きたくなって膝を抱えてると、いつの間にか女神様が後ろにいてぎゅっと抱きしめてくれるんだ。大丈夫って聞いてくれるんだ。悲しいのって言ったら、そうだねって答えてくれる」

 必死に訴えるクロミオに、ゼイツはますます言葉を失った。確かに、これではウルナの反応も致し方ないだろう。どうしてその相手が女神だと思うのか、判然としない。

 だが子どもの言うことを真っ向から否定するのも大人げがなかった。ゼイツは一度ウルナと目を合わせると、クロミオの頭を撫でる。

「そうか。クロミオ、寂しかったのか?」

 優しい声音を意識してゼイツがそう尋ねると、クロミオは瞳を瞬かせた。それから自分が本音を口にしていたことに気づき、顔を赤らめて慌て出す。視線を彷徨わせるクロミオを見て苦笑しそうになるも、ゼイツはどうにか微笑むだけにとどめた。

「女神様が慰めてくれてたんだな」

 白々しく口にした女神という名に、ゼイツの中で違和感が膨らんだ。小さな子どものために女神がわざわざやってきてくれることなど、おそらくないだろう。そう思っていながらこんな発言をする彼は、実にずるい大人だ。恥ずかしさに動揺するクロミオは気づいていないだろうが。

「寂しいっていうか、心配だったの!」

「そうかそうか」

「もー信じてない! 皆ひどいっ。子どもの言うことだと思って」

 年齢相応の怒り顔でそっぽを向き、クロミオは腕組みした。ゼイツは半笑いしつつも、ウルナの視線を感じて密かに喉を鳴らす。

 彼女は今何を思っているのだろう? 彼の戯れ言をどう感じたのか? 確認することもできず、彼はもう一度クロミオの頭を撫でた。頬を膨らませたクロミオは、抗議するように鼻を鳴らす。

「その話を、他の誰かにはしたの?」

 そこでようやくウルナが口を開いた。ゼイツが意を決して彼女へ双眸を向けると、予想に反してその顔には穏やかな微笑が浮かんでいた。彼は内心ほっとすると、肩の力を抜く。少なくとも、表情に出るほど不快感を示してはいない。クロミオは彼女の方を仰ぐと、ぶんぶん勢いよく首を横に振った。

「ううん! ラディアスさんにはまだ言ってないよ。そもそも僕、ラディアスさんやお姉ちゃん、姫様にしか会ってないし」

「そう」

「みんな忙しそうだよね」

「落ち着かないわね」

 しんみりと相槌を打つウルナを、ゼイツは横目で見つめた。まただ。彼女の気配が今にも消えそうなくらい儚く、眼差しがどこか遠くなる。確かに彼女はここにいるはずなのにその存在が希薄で、つい彼は手を伸ばしたくなった。

 きっと今、彼女の心はこの場にはないに違いない。カーパルか、ニーミナか、女神のことでも考えているのだろう。

「他の人に言っては駄目よ、クロミオ。女神様がそう何度も会いに来るわけがないときっと怒られるわ。女神様は気まぐれなのだから」

 ウルナは遠い目のままそうたしなめた。違和感のある言い様のせいか、クロミオは不思議そうに彼女を見上げる。ゼイツも喫驚して瞳を瞬かせた。

 気まぐれとはどういうことなのか。考えてみると、女神についてのよくわからない噂というものがこの教会には溢れていた。その中にはとても女神を敬っているとは思えない内容もある。女神に縋っているのに不思議なことだと、彼は度々感じていた。ちゃかしているだけなのか、何かの皮肉なのか。ニーミナの大人の思考はわかりづらい。クロミオの気持ちならよく理解できるのに。

「そうなの? お姉ちゃん」

「そう言われてるのよ」

「変なのー」

「私たちはいつも、女神様の片鱗を感じ取るだけ。決して触れることはできないのよ。私たちが望むと望まざるとにかかわらず、その時が来れば女神様は現れるわ」

 説明するウルナの声はどこか硬かった。ゼイツは固唾を呑んでその言葉を胸中で繰り返す。

 その時とはいつなのだろう。この世界が滅びる時だろうか? それとも何か条件が揃えば女神は現れるのだろうか? 女神についてはあやふやな情報ばかりで全体像が掴めない。

「そんなことないよ! だって、それじゃあ女神様がかわいそうじゃない。ずっと一人だなんて寂しいよ。遠くで見守ってるだけだなんて悲しい」

 再び唇を尖らせたクロミオに、ゼイツは「そうだな」と首を縦に振ることしかできなかった。寂しさ故に女神が気まぐれに振る舞うのだとしたら、などと想像を巡らせるのはきっと馬鹿げている。勝手な空想だ。

 子どもらしい主張にはウルナも反論できなかったのか、困ったように頭を傾けた。結局は彼も彼女も、それ以上この話を続けないという選択をするしかなかった。




「ザイヤ殿、お久しぶりです」

 開かれた扉の前に、フェマーはたたずんでいた。彼が静かに一礼すると、絹のような髪が、大きなマントが揃って揺れる。

 部屋の中で存在感を際立たせている机には、一人の初老の男がついていた。深い皺の刻まれた口元を引き結び、その男性は「君か」と答えて目を細める。老練の兵士を思わせる体格と貫禄の滲む顔つき、低い声が相まって独特の威圧感を纏っている。フェマーは優雅に口角を上げると一歩中へ入り、後ろ手に扉を閉めた。

「ええ、フェマーです」

 それ以上、フェマーは動かなかった。部屋を埋め尽くすように置かれている書物へと視線を走らせただけで、微笑も崩さない。

 対して椅子に腰掛けた男性――ザイヤは、うろんげな眼差しをフェマーへと向けた。そして机の上に広げていた本を閉じ、その表面を撫でる。

「君がこうしてやってくる時はいつも問題ごとと一緒だ」

「そういう役回りなんです」

「君も苦労するな」

「ザイヤ殿ほどではありません。汚れ役を引き受けてくださり、皆は感謝しておりますよ」

 うやうやしく頭を下げたフェマーに、ザイヤは深く嘆息した。独特の重々しさを含んだ沈黙が室内に広がる。顔を上げたフェマーは、ザイヤが用件を尋ねるつもりがないらしいとわかると、もう一歩前へ進み出た。厚みのある絨毯がかすかな音を立てる。

「会議の内容はもうご存じで?」

 確信に満ちたフェマーの声が空気を揺らす。問われたザイヤは悠然と頷き、本から手を離して顎先に触れた。かすかに細められた彼の緑の双眸が、机の上にある書類へと向けられる。

「先ほど聞いた。一度ではなく何度もとなると、どうしようもないな」

 諦念の色を含んだ言葉だった。相槌を打つザイヤを見つめながら、フェマーも首を縦に振る。白いマントが樺茶色の絨毯に触れ、さざめくような音を立てた。フェマーは胸元へ右手を持って行くと、マントを留めている紋章に触れる。

 滑稽なやりとりだった。二人の認識が同じであると、お互いわかってはいた。ある種の暗号のようなものだ。

 敵の多い世界では『当たり前』を把握することも難しくなる。表明すること自体が命取りとなりかねない。それでもどうにかして意志を確認し合うことが、彼らのような者には必要だった。フェマーは軽く瞼を伏せてから口を開く。

「こうなりますと、さすがの我々もいがみ合っている場合ではありませんね」

「ああ、彼らが来なくとも、争っている場合ではないことは同じなのだが。ここまで追い詰められて気づくとは我々も愚かだな」

「共通の敵を見つけて初めて手を取り合えるようになる、なんてことはよくあります。歴史も証明しています」

「過去から何も学んでいないということだな」

「ザイヤ殿は手厳しい」

 フェマーはさらに口の端をつり上げた。そこでザイヤはようやく、またフェマーへと視線を向ける。猛禽類にたとえられることも珍しくないザイヤの眼差しにも、フェマーは笑顔で応えた。

 しばしの静寂が二人の間を満たした。視線をはずした方が負けるとでも言わんばかりに互いの顔を見合ったまま、時間だけが流れる。

 このままでは埒があかないと、先に折れたのはザイヤの方だった。顎から手を離すと肩をすくめ、手元にある本を持ち上げて脇へ除ける。その代わりに左手にあった書類を引き寄せ、ザイヤは口を開いた。

「それで、伝えたいことはそれだけではないだろう?」

 威圧感のある声音だった。フェマーは楽しげな笑い声を漏らして、小さく頷く。「ええ」と端的に返答して、フェマーは紋章から手を離した。ザイヤの双眸がフェマーの胸元へ向けられる。フェマーは含み笑いすると頭を傾けた。

「やはり我々も切り札を使わなければならない、という話に現在は傾いているようです」

「というと?」

「また私はニーミナへと派遣されそうです」

 フェマーはわずかに視線を下げ、紋章を一撫でした。それは国外へ出る者にのみ与えられる『印』だ。資源や技術が重んじられるこの時代に、それは一つの証となる。紋章を手にする使者を殺すことは許されていない。連合に加盟している国であれば、という条件付きだが。

「まさか、本格的に手を出すというのか?」

「対向する手段などそれくらいしかないでしょう? 幸いにも、ナイダートは取っかかりを掴んでいます。協力するというからには出し惜しみなどさせませんよ」

 首を捻るザイヤへ向かって、フェマーは力強くそう言い切った。ナイダートに先を越されたのは、ジブルにとっては落ち度だった。

 だがこのままでは終わらないと誰しもが思っている。ジブルだけではない、他の国もそう考えている。だから連合の中で反対する者はいなかった。ナイダートも表面上は反論していない。

 少しだけ肩の力を抜いたフェマーは、再びザイヤの顔を見つめた。ザイヤは半分は納得の、半分は怪訝な色を瞳に浮かべながら唇を引き結んでいる。机の上を指先でトンと叩き、ザイヤは「それで」と続けた。

「その話をどうして私にする?」

 詰問するがごとく、強い語気でザイヤは尋ねた。経験の浅い若者が相手だったら縮み上がっていたことだろう。ほんの少し視線を彷徨わせてから、フェマーは「さすがですね」と答えた。ザイヤは軽く鼻を鳴らす。

「君はいつも回りくどい」

 うんざりとした口調でザイヤは告げた。それをフェマーは否定しなかった。再び紋章に指先で触れ、ついで艶やかな赤茶の髪を耳へとかける。

「それでは単刀直入にお話しします。あなたのご子息と、またお会いすることになると思いまして」

 フェマーの柔らかな声が室内に染み入った。ザイヤはただ気のない声を漏らし、「全てがわかった」とでも言わんばかりに相槌を打つ。

 だが、それだけだった。さらなる反応を期待して瞳をすがめていたフェマーは、かすかに眉根を寄せる。ザイヤは今にも笑い出しそうな顔で首の後ろを掻いた。

「……ゼイツか」

「驚かれないんですね。生きていると信じていらっしゃったので?」

「意外と図太い奴だ」

「運もよいですね」

「しかし私に似て馬鹿だ」

 声を出して、ザイヤは笑った。同様に笑おうとしたフェマーは途中で口をつぐみ、曖昧な微笑を浮かべて頭を傾ける。ザイヤは手元へと持ってきた書類を持ち上げ、「他言は無用だろう?」と問いかけた。ニーミナに行けと命じられた時点で、その者の命はないものとされていた。そのように既に扱われていた。帰ってきたフェマーが異例だっただけだ。

「そうですね。ええ、そうでなければ彼もここに戻ってきているはずです」

「それがあいつの答えなのだろう」

 達観したザイヤの反応に、フェマーは頷くだけにとどめる。掲げた書類を眺めているザイヤの瞳には、楽しげな色があった。その口角はわずかに持ち上げられた状態で維持されている。今度はフェマーが嘆息する番だった。

「念のため聞きますが、何か言付けはありますか?」

 頬の横へと滑り落ちてきた髪を耳にかけ、フェマーは問いかける。予想外だと言うように、一瞬ザイヤは目を丸くした。それから書類を机に載せ、天井を睨み付ける。

 そのままの状態でザイヤは黙り込んだ。それでもフェマーは辛抱強く黙して待った。気のない声と吐息ばかりが、部屋の中を満たす。ザイヤの唇が明確な意志を持って言葉を紡ぎ出したのは、しばらく経ってからだった。

「今さら私から何も言うことはないな。――いや、そうだな、信じろとだけ伝えておいてくれ」

 染みのついた天井から目を離すことなく、ザイヤは告げる。フェマーはほんの少し眼を見開くと、「ほほぅ」と感嘆の声を漏らした。ついで彼の喉の奥で笑い声にも似たものが、吐き出されることなくくぐもって消えていく。ザイヤはおもむろにフェマーを横目で見た。

「何か言いたげだな」

「いいえ。さすがはザイヤ殿、示唆的なお言葉ですね」

 フェマーは首を横に振る。ザイヤはかすかに眉根を寄せると、椅子に深く腰掛け直した。ぎぎっと背もたれが軋んだ音を立てる。腕組みをしたザイヤは再び天井へと目を向けた。そしてほんの少し間を置き、泰然と口を開く。

「あいつは私の息子だ」

「ええ、存じております」

「私の道具ではない」

 苦々しく言い捨てたザイヤは、これで用件は終わったとばかりに目を瞑った。適当な返答を見つけられずに、フェマーは「はい」と答えて軽く頭を下げた。

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