8.「モモコは逞しいお嬢様」

モモコは日曜日だと言うのに実家の「成城」には帰らないで、僕んちに泊まった。


——明日っから、いや、今晩か、ワタシ此処に住むからッ

——おいおい、家出はよくないぞ。社会人として、それはどうかと思うが……

——なら、テツヤひとりでやれんのかぁ? FXは生易しくねーぞッ

——そりゃ、モモコが居たほうがいいに決まってるけど……

——んじゃ、決まりッ ぬはは


 どうやら、モモコは大学時代の一人暮らしの気楽さが身に付いちゃって、なにかと監視され、おかあさまの小言を聞かなきゃならない「成城」での暮らしに息が詰まりそうになってたらしい。


——今日のとこは、テツヤのパンツ貸してくれよ、明日、会社帰りに仕入れてくっからさッ


——ああ、いいけど


 そして、この夜からモモコによる「入門FX投資ー基礎編」が始まったんだ。


——ってかさ、モモコ、なんでFXなんか詳しいわけ?

——ああぁ、オヤジに仕込まれたんだッ 高一の夏くらいから始めたっけな

——ふぅーん。元金はどうしたの?

——さっき言ったけど、自分の貯金が二十万円ほどあったのと、オヤジが十万円貸してくれたよ、年利三%で。

——ぐひっ、モモコにまで、金利かよっ


 僕は、モモコのお父上がカネの亡者のように思えてきて、どっちかと言うとお金の損得にあまり興味のない僕は、ライオンに狙われた子ウサギみたいで、そっからしてもう勝てそうにない気がした。


——誰がただでカネなんか貸してくれるんだよ。よくまぁーそれで、ミツトモの行員やってんな。テツヤの実家だって、運転資金借りるとき、ちゃんとそれなりの金利付けて借りてるはずだよ?


——そ、そんなの、わかってるって!


 そうは言ってみたけど、僕はこのモモコの足元にも及ばない甘ちゃんなオトコに思えて、なんか情けなかった。


——で、儲かったの? FXで

——あぁ、最初の一年は勝ったり、負けたりだったけど、高三の夏くらいからかな、コンスタントに月ベースで勝てるようになってたな。

——ふぅーん。やっぱモモコの中にはおとうさんの血が流れてんだな

——ふっ、どうだかねー

——僕に三十万円も貸して大丈夫? まぁー、ボーナス出たら即金で返すつもりだけど


——あぁ、三十万くらい、でもないわッ

——あのぉー、モモコさまの資産って……いかほど……

——まだ、一千万くらかな。目標は、一億だがなッ


な、な、なっ……なんだとぉーっ!!!


また、僕はヤられた気がした。確かに素行も言葉使いもよろしくないモモコだけど、なんだかんだで「成城のお嬢様」が抜けきれず、親の仕送りだけでノンビリと学生生活やってたんだろ——ってのが、僕の感じてるとこだったんだけど、めちゃくちゃ逞しいやん、オレ、また情けないやん。


——テツヤだってやる気あれば稼げるさ。命削る覚悟あれば、だがなッ


 そう言ってモモコは、フフって意味ありげに笑ったんだ。


命削る——、僕にもその意味は一月ひとつきもしないうちにわかった。

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