第3章 死か栄光か(1)

 シュタンは書架へ戻り、今度は、みずうみの園に関する書物を積み上げる。


 上司のグイタン副将から受けた任務は、みずうみの園の調査だった。このところ戦士が消えている。その原因を突き止めろ、と。


 これまで、その任務を受けた者が誰一人帰らなかったことを、シュタンは当然知っていた。そしてまた、総司令官からの直接の指示が拒否できないことも、承知していた。


 つまりは、たんなる調査などで済む話ではなかった。この日、シュタンは生命の危機に立たされたことになる。死か栄光か。好まざるとも、その分岐点に立たされてしまった。誰もが成し遂げられなかった任務を遂行できたあとの処遇は、計り知れないものだろう。グナン将付きか、副司令官か。そこまでの昇進も容易に想像がつく。みずうみの園への調査は、つまりは園の根本的な秘密を探るところまでいかないと、なんの成果も得られないはずだからだ。


 銀武の園にとってみずうみの園は、厄介で、そして忌々しい存在だった。他の区では、武力に勝る園が他の園を吞み込んでまとめてしまう。弱小な園が残っている区は、武力ある園の力に問題があると捉えられてしまう。


 事実、銀武の園はそれぞれの区の統括園が集まる『大区議』の場で、嘲笑を受けるときがあった。銀武の園は寛大だから、などと揶揄されることもあった。弱小の園すら呑み込めずに放置している、という意味だ。


 当然銀武は、他の区のように、周囲の園を呑み込もうとした。5つの園はいずれも、武力の面から見れば吹けば飛ぶような存在だからだ。ところが、どうしてもうまくいかなかった。みずうみの園が盾となるからだ。


 太古から続く長い年月の中で、過去に数度、銀武は攻めた。しかし守り抜かれ、そして銀武の方も大きな痛手を被った。銀武の勢力が落ちれば、他の区からの攻撃を受けることにもなる。これ以上の減力は避けなければならないと、銀武はみずうみをはじめとした周囲の園への攻撃を封印したのだ。それ以降、圧力はかけるものの、それぞれの園が行う内務には不介入だった。


 架列されている書物では、ありきたりな記述ばかりで参考にはならなかった。もとより武に比重を置く園なので、規模の割に書物は少ない。それに加え、銀武の立場からすればみずうみの園の優位性など語りたくないというものだ。シュタンは受付に行き、地下の書庫に眠るみずうみ関連の資料の提出を求めた。


 シュタンの申し出は普段となんら変わらない声だったにもかかわらず、まわりの者たちから大きなざわめきが起き、視線が集まった。

  

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みずうみの民 勒野 宇流 (ろくの うる) @hiro-kkym

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