41 さくらい

 二人が仕掛けてきたのは最初の小部屋に到達する直前だ。ゲームのダンジョンはどこも同じような基本の造りで、ピラミッド内部のような石造りの廊下と部屋で構成される。部屋の中では無数のエネミーが充てもなくうろつき回り、侵入者を出迎えるべく待ち受けている。櫻井が部屋へ一歩、足を踏み込んだ時だ。後ろからコンビの片方が無言で襲い掛かった。もう一人は冬夜のほうへ身体を向けて身構えている。

 問答無用、冬夜はすぐさま弓を引き絞り、スリング・ショットを撃ち放った。三人が団子になって部屋の中へと吹き飛ばされる。エネミーたちが一斉に、侵入者に気が付いた。女二人の驚愕の表情はない、まさか狙った獲物がこんなスキルレベルの技を繰り出すとは思わなかったのだ。冬夜のスリング・ショットはレベルAで、あと一つ上げればカンストだった。威力は新人と比べるべくもない。

「どうせPKだと思ってたんだよ! 盾も無しで弓師に挑むとか、馬鹿じゃねーのか!」

 新人にはありえない程の距離を吹き飛ばされて、曲者の二人は慌てふためいていた。計算が回るなら、二人掛かりでも冬夜を仕留めることは難しいとすぐ気付けるはずだ。ターゲットの言う通り、盾で防ぐことが出来ない限り、レベルの高い弓師には手も足も出ない。

「ちっ、低レベだと思ったのに……!」

「まずいよ、狙い撃ちだよ!」

 冬夜が再び弓を引き絞る間に、二人のプレイヤーは姿を消した。ダンジョン攻略の放棄、リタイアだ。エネミーに一人囲まれることになった櫻井はパニック状態に陥っていた。分散していたモンスターの標的が、櫻井一人に集中してしまったのだ。

「うわぁ! 二人とも離脱しちゃった! ダメだ、死ぬ!」

 一斉に三体のエネミーが手にした剣を振りかざす。冬夜はもう一度、櫻井の背中へ向けてスリング・ショットを撃ち放った。少しばかりダメージを受けても、包囲よりはマシなはずだ。吹っ飛んで部屋の隅へ転がる。

「角を取れ! こんなの雑魚だろ、落ち着いて順番に捌けばいいだけだ!」

 多勢とはいえ、敵エネミーは小さな緑色の小人ばかりだ。ゴブリンの中でも特に弱小のモンスター。アキラなら槍で蹴散らしておしまいという程度の雑魚エネミーだった。冬夜の放ったスリング・ショットにしても、威力だけなら普通に撃った方が強いくらいで、戦略用のスキルだ。

 なんとか落ち着きを取り戻した櫻井がミニゴブリンを片付ける間に、冬夜は回復魔法を詠唱し、戦闘の終了に備えておく。下手に途中で掛けてしまうと、モンスターたちのターゲットが冬夜に移る危険があるからだった。


「で? どうすんだよ、俺たちもリタイアするか?」

 雑魚がすっかり片付いた、がらんとした部屋の中央に座り込んで冬夜は尋ねた。

 サポート一人に剣士が一人きりでは心許ない。冬夜には想定内だが、櫻井にとってはまったくの予想外だったろう、四人で攻略予定だった計画が総崩れになった。半分以下の戦力では攻略は厳しいと思っている、深刻な表情で天井を睨んでいた。悔しさを滲ませる声が、質問に答える。

「このまま進んでも、ボスを二人で倒すっていうのは……厳しいだろうなぁ。」

 冬夜は黙っていた。ソロでも充分に攻略可能なダンジョンだが。アキラならまだしも、頼りない櫻井ではどれだけ時間が掛かるか解からない。紅蓮は報復宣言していただろうか。コイツをPKしてさっさとリタイアしようか。物騒な計算が頭の隅にチラチラしていたが、なぜだか実行する気にはなれなかった。

 チンタラとダンジョン巡りをしているよりも、手頃なプレイヤーを襲ってPKしまくった方がレベル上げには効率が良い。この世界は他のゲーム世界とは価値観から違うのだから、遠慮する謂れはまったくないのに、不思議な感覚だった。

「トウヤくん、君はどうしたい? やっぱり、リタイアしたいかなぁ?」

 こちらを窺うような表情と、この台詞。冬夜はカチンと来たものの、堪えた。責任を冬夜に背負わせようとする腹だろう、冬夜の決断でリタイアしたと仲間内には告げようと言うのだ。頭に来たが、冬夜は黙っていた。

「ボクとしては、このままなんとかやってみたいんだけど、ほら、二人だけだと時間が掛かるかも知れない。それでもいいかな?」

「ああ、別に俺はいいよ。幾らなんでも二時間も掛かりゃしないだろ。」

 アンタがどれだけヘタクソでも。嫌味は喉の奥へ置き去りに、そっけなく言い放って冬夜は立ち上がった。


 事実、このダンジョンは初心者を卒業後すぐに待ち受けているもので、ボス以外の雑魚エネミーには大して苦労はしない。ゴブリンより相当落ちるミニゴブリンとワーム、ドブネズミがうろうろする程度だ。逆に言うならボスを斃さないとロクに経験値も手に入らないようなダンジョンだった。

 冬夜がスリング・ショットで団子になった敵を蹴散らし、櫻井が一匹ずつにトドメを食わせる、二人の連携はそれなりに出来上がりつつあった。

 今、二人はどうにかボスの控える最奥の部屋に到達している。このダンジョンのボスであるレッド・スケルトンは巨体だ。プレイヤー側の二倍はある図体で見下ろしていた。手にした斧も大きく、一撃喰らっただけでプレイヤー側は瀕死になってしまうような、今の二人には強敵だ。攻撃と回避、ガードとを上手に組み合わせて立ち回れば良いだけなのだが、彼は要領が悪い。

「うわぁ! トウヤたん、トウヤたん!」

 トウヤたん?

 滑舌が悪いのかと思っていたが、どうも違うのではないかと疑う。狙い絞ったスリング・ショットで櫻井に迫ったボスエネミーを吹き飛ばした。習い覚えた通りに、櫻井が続けて弱い威力ながら魔法弾を一発、ボスにお見舞いする。これを教えたのは冬夜だ。敵のターゲットが戦士職から逸れないように、魔法で注意を引くように指示しておいたものだった。フォローが斃されてしまえば万事休すだからだ。戦闘のセオリーだった。


「おい、そのトウヤたんって何だよ、たんって、」

 馬鹿にしてんのか、と続ける間もなくスケルトンは起き上がって再び櫻井に襲い掛かる。

「回避しろ!」

 冬夜の鋭い一声に、櫻井が回避行動に移ったが遅かった。横殴りにスケルトンの斧に殴られ、倒れた。咄嗟の回避が間に合わず、常にワンテンポ遅れるという状態だ。回避関連のパラメータが明らかに劣っている。リアルの戦闘センスも良いとはいえず、モタモタした感じを受けた。

「ヘタクソ!」

 即座にスリング・ショットでもう一度ボスを吹き飛ばし、距離を取らせた。櫻井の体力ゲージがほぼ真っ黒になっている、瀕死と見て冬夜は魔法スキルを唱え、彼を回復させる。スケルトンは、櫻井に向けていた顔を突然、冬夜に向け変えた。ターゲットが変更されたようだ。冬夜の起こしたアクションの数が、彼のものより上回ってしまったのだ。より積極的に動くキャラをエネミーは優先して攻撃するように出来ている。

 冬夜は舌打ちし、部屋の隅まで走った。スキルとパラメータの助けでボスより随分と素早い。さらにダメ押しのスリング・ショットで距離を空けておく。櫻井の方を見れば、彼は感心した様子で冬夜の立ち回りを見物していた。倒された場所に座ったまま、立ち上がる気配はない。チリリと胸の底が焦げ付くような、苦い苛立ちを覚えた。


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