40 だんじょんとPK

 ソロだとダンジョンが突破出来ない新人……今、冬夜が組んでいる彼がソレなんだろう。気にしない素振りで観察した彼は、呑気な様子で鼻歌でも歌い出しそうに見えた。

 イベント終了後、新しく知り合いになった数名のギルド員と連携を組んでいた冬夜は、同じく大手ギルドである紅蓮のギルド員に声を掛けられたのだ。


 ダンジョンへ入った時は四人いたはずの即席野良パーティだが、他の二人はPKで、敵が手強いと見るやさっさと離脱してしまった。後に残された二人でリタイアを検討し、この彼が強行に言うものだから冬夜はしぶしぶ付き合っている。双剣遣いのようだが、お世辞にも巧いとは言えない。冬夜が、敵を吹き飛ばすスリング・ショットで助けてやらねばすぐ窮地に陥ってしまう。装備だけは金の掛かった良い物を揃えていたが、よくPKに襲われずに済んでいると感心してしまうようなプレイヤーだった。衣装はコラボの課金モノだ、盗りたくても盗れないが。色々と腹立たしいプレイヤーだから、冬夜は彼とは距離を置いて進んでいた。


 その日、初めはギルドのあまり馴染みのない古株のプレイヤーと王都付近でレベル上げをしていたのだが、別れた途端に見知らぬ男性キャラに声を掛けられた。近寄ると、紅蓮の翼のエンブレムが頭上に浮いた。大手ギルド所属の新人らしい。人懐こいというか、馴れ馴れしい態度のある男で、いやに親しげに話す。彼はアキラの知り合いだと言った。

 そう言えば、この雰囲気は何処かで……。

「彼女のキャラメイクをしたのはボクなんだよ。どう? すごく可愛く出来てるでしょう。」

 得意げにそんな事を言った。概視感があるはずだ、アキラの前の中身と聞いて納得した。好きになれそうにないタイプだったが、男性キャラになると多少は嫌味が和らいだようにも思う。外見は長身のハンサムな白人種だ。彫りが深く、日本人離れな顔立ちで男っぽい美形なのだが、話し方との間にギャップを感じてしまう。同じような違和感は戦闘センスにおいても感じる事となる。あざといPK狙いの野良コンビであった二人をパーティに招き入れたのも彼だった。


「貴方たち、これからダンジョンに潜るつもりなの? 良かったら私たちもご一緒させて貰っていいかしら?」

 猫なで声で近付いてくる見知らぬ女性プレイヤーが二人。明らかに胡散臭い表情で取り繕っているのが見え見えだというのに、この優男はあっさり騙された。

「喜んで! いいよね、トウヤた、くん。」

 滑舌悪く言い直す様子など、少し足りない世間知らずとしか思えなかった。理由を付けて別れてしまえば良かったと、些細ながら後悔の念が沸く。初心者用のエリア以外ではダンジョン内部と言えどもPK可能で、同じギルド仲間や不可侵を結んだ同盟者でもなければ野良でのパーティなど普通は募集しない。極限のスリルを求めてPK可能のダンジョン潜入を行うモノ好きも居ないことはないが、ごく少数だろう。

 ダンジョンの中は予測不能の事態が多く、レベルだけでは物事が測れない。危険極まりないPKゾーンだ。そこへ見知らぬ新人同士で潜入しようという気になったこと、そのこと自体に呆れた。

 可愛いフリで後ろを付いてくる女二人に冬夜は先へ立つよう促した。

「先へ行ってくれ。俺はサポートなんだ、見れば解かるだろ?」

「えー、」

「でも、あたし達、戦闘はあまり慣れてないんだもん、後ろに居たいんだけどぉ、」

 ありえない言い訳で二人は身体をくねらせる。何を考えたのか、優男――キャラネームは『櫻井』だ――が、二人を庇っておかしな理屈を並べた。

「まぁまぁ、トウヤくん。ボクが先頭に立つよ、それならいいだろう? 初心者の女の子だもん、戦闘が怖いなんてのはむしろ当たり前だと思わなきゃ。」

 VRMMOはリアルな感覚でゲームをする。戦闘もこれまでにないリアリティで、本当の戦場に立つに近かった。等身大で武器を振り上げ襲ってくるエネミーの恐怖は、それまでのゲームとは一線を画す。慣れるまでが大変なことくらいは冬夜も解かっている。そこを逆に付け込んでくるPKの手段も、だ。ここはゲームを始めたばかりの初心者には入れるはずのないダンジョンだ、ある程度レベルを上げ、初心者を卒業しなければ王都近郊のこのダンジョンへは来れない。

「……好きにしてくれ。俺は一番後に付いていくから。サポートってのはそういうモンだ。」

 にべもない言い方になると、女キャラ二人は口を尖らせた。狙いが外れたというところだろう。

「普通はさぁ、男の子が先に立って女の子を護ってくれるもんじゃないのぉ?」

「そうよぉ、女の子を先に立たせるなんてさぁ、」

 なんだかんだと言い繕う。

 後ろに居たい理由は隙を突いてPKを仕掛ける為だろう、内心で冬夜は毒吐いた。


 腹立たしいのは、知り合った紅蓮のプレイヤー『櫻井』だ。こんな甘チャンは見たことがない。

「トウヤくん、それに君たちも。もういいじゃん、せっかく縁が合って同じパーティになったんだからさ、皆で仲良くやっていこうよ!」

 おめでたい事だ。冬夜は舌打ちし、その冬夜を二人の女プレイヤーが睨んでいた。さっさと一抜けしてしまえばいいのだろうが、これを聞いたらアキラは思い切り馬鹿にするだろう。そう考えると逃げ出すことは出来なくなった。半分は意地だ。

 PKが怖くてウィルスナに居られるかっ。アキラに逃げたと思われるのは不本意だ。

 ダンジョン内部にひしめくエネミーと、不穏分子二人、頼りに出来ないお荷物一人。王都の門をくぐると草原の向こうに丘が盛り上がる。頂上付近、真ん中に白い巨石がサークルを作っていて、その中心には地下に続く開け放たれた石の扉がある。ダンジョンの入り口だ。

 櫻井を先頭に女二人が後に続き、最後に冬夜が階段を降りて行った。ひやりと冷たい風が吹いてくる。真っ先に櫻井が消されると想定し、冬夜は二人の連携をどう崩すかをずっとシミュレートしながら歩いた。いつ仕掛けてきても不思議ではない、二人の目的はPKに違いないと決めつけている。少し距離を空けた先で、可愛い顔の少女二人は囁き合っている。騙されはしなかった。


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