25 おうごんのどうくつ

 今回のボスは、アキラがトドメを刺した。こちらに気付いていないボスに、遠くで魔法をチャージしておいて、背後から近付いて当てるだけの簡単な作業だ。何の工夫も要りはしない。ダンジョンレベルが上がったせいで、必殺のスキルを使う必要はあったが。これでアキラはレベルが上がり、二人揃ってLv50になった。

 二人がボス部屋から出てくると、待ち構えていたサブマスが次の予定を教えてくれる。効率のいいレベル上げのセオリーや、どのスキルを揃えておけば便利かなど、ギルドの仲間に聞けば最大限に手間を省くことが出来る。不要なスキルや武具を入手してしまう手間は、なるべくなら避けて通りたいところなのだ。


「光速移動スキルが覚えられるレベルになったから、次はイベント用に行こう。」

「あ、そろそろ時間ヤバいんで、それは明日でもいいスか?」

 リモートのシグナルが警告音を発している。冬夜はいつかの失敗以降、ゲーム設定で夜9時にはログアウトの知らせが出るようにしていた。リアルに近いゲームだから、ついつい、時間を忘れてのめり込んでしまうため、そういう設定機能も豊富に付けられている。

「オケ。じゃあ、俺はこのまま金の洞窟にでも行ってくるわー。」

「金の洞窟?」

 面白そうな響きに、時間が迫っているというのにアキラが食いついてしまった。内心で冬夜は肩を落とし、サブマスの言葉を待つ。

「うん。お金がザクザク掘れる洞窟だよー。出てくるモブの落し物がゴールドだけなんだ。ちょっと今、せっせと通って金儲けしてるとこだからさー。君らも頑張ってレア武器当ててね。(はぁと)」

 中学一年生の娘を持つ父親が(はぁと)もないもんだ、とげんなりしながら冬夜は微笑を貼り付けた。豊富に用意されたコミュニケーション用の吹き出しアイコンの一つがハートマークだ。ショタっ子の頭上にほわんとピンクのハートが浮かんでいた。


 ログアウト。覚めたら即、ネットで掲示板をチェックする、それが冬夜の日課である。朝は5時に起きて予習をし、宿題と必要教科のチェックをして余裕をもって登校する、そういうサイクルが出来上がっている。

 急がねばならなかった。なにしろ、時計の針が12時を回ると、とにかくものすごい勢いで睡魔に襲われて寝落ちてしまうからだ。生活習慣というものは恐ろしい。自分で自分を、良く出来たプログラムじゃないだろうかと疑いたくなるレベルだ。そして親に隠れている手前、こそこそとPCの操作をする。

「スレを……チェック、と。」

 某巨大掲示板は四半世紀を生き延びて、さらに巨大化して権勢を誇っていた。冬夜が常駐するスレは、むろんゲーム関係のものだ。いつもと変わらぬ話題がほぼループしていたが、居心地は抜群に良い。そして相変わらず、くだらない内容に終始している。ゲーム内でいかにしてキスより先に進むか、その為の改造プログラムやセキュリティ破りの方法を、皆が真剣に検討、討論しているのだ。


『だから、パンツだよ。パンツが難問なんだ。』

『あのパンツをどうにかして剥ぎ取れれば、俺たちは勝つる…!』

『新しいコードうpった、誰か試してくれ。』

『GJ、』

『GJ、では特攻して参る。』

『はぁはぁしたいお。女の子はパンツだけでなく胸を隠すあのベビードールもなんとかせんとな。』

『俺、思うんだけどよ。あのピラピラはなぜめくれないんだ?』

『めくりてー。ベビードールめくりてーよー。』

 ……こんな具合だ。


 まぁ、例えパンツを剥ぎ取ったとしても、男の場合は肝心の場所に肝心のモノがある保証もなければ、女の股に穴が開いているという保証もない。まして、その場所には見えないバリアが張り巡らされ、他人はおろか、自身でさえ手を触れることが出来ないのだから、前途多難と言えた。あのゲームは、同意であればキスまでは出来る。それだけでも大したものだ。

 ゲームのスレには大抵が、本業かと疑うレベルのプログラマの一人や二人は紛れていて、危険極まりない改造データの報告が為されている。かつてのゲームとは違う、五感フルダイブという高度技術のプログラムを弄くるリスクは計り知れないものだったが、人の危機管理意識はそう簡単に発達したりはしないのだろう。その危険性は政府が青くなるレベルだが、冬夜を含めて一般のユーザーは呑気にレスを眺めているだけだった。

『豚切りすまん、金の洞窟ってダンジョン教えてくれ。』

 冬夜は久々にROM専を止めて書き込んだ。今までは、ただスレの進行を眺めてニヤニヤしていただけだったが、Wikiを調べても出てこなかった情報をここで求めることにした。


『俺は金よりパンツに夢中。』

『あそこのボスを倒せば、パンツが脱げるようになる。』

『可哀そうだろー。ちゃんと教えてやれよー。(長い空白および改行)ボスはパンツだ。』

 悪ふざけが延々と続きそうな気配に、冬夜が諦めかけた頃。

『マジレスするとだな、以前にイベントで使われた洞窟がそのままで残ってて、そこがゴールドを稼ぐのにかなり楽が出来るって話だ。』

 冬夜と同じにROMでレス参加していなかったのだろう、その場では初めてみるIDの誰かが書き込んでくれた。見るに見かねた、という体だ。

『ボスがバカみてーに強いから、高レベルでないなら止めとけ。』

 続くレスは、パンツを連発していた者から。


『大抵、金稼ぎ目的でのソロアタックがセオリーだから、ツルんでくれる奴も居ないしな。誰から聞いた? それ。』

『ギルドのサブマス、』

『>>365のレベルは? 低い? 高い?』

『初心者に毛が生えた程度です。』

『ポロっと出ちゃったっぽいな、聞かなかったことにしとけ。』

『推奨レベル、ソロだと300は要る。』

 レベル300、と知り、冬夜はキーボードを軽く叩いて絶句した。50になるのにも高レベキャラの手を借りてようやくだったのに、まるで足りない。冬夜は口惜しさに唇を噛んだ。けれど、ネットゲームではこれが通常なのだ。焦りがあった。スタートダッシュを決めたつもりでいたが、本当に埋められる「差」なのだろうか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る