24 まいていこう

 現状、二人はサブマスと共にダンジョンへ潜っている。サブマスのたっくんには下心がある為、二人に協力を惜しまない。それだけどうしても手に入れたいのだろう、大当たりのレアアイテムを。冬夜の調べたところでは、例のアイテムの予約取引は現在60Mほどに値上がりしていた。取引掲示板に提示されている、欲しがっているプレイヤーが提示している金額の平均だ。差額の10Mをはるかに超える恩恵を受けている二人にしてみれば、今さら文句を付けるつもりもない。アタリが出たら、素直に渡してやろうと考えている。

 しん、と静まり返ったダンジョンホールをまた一つ抜けた。彼らの手間は、三階層あるダンジョンをマラソンし、放置された宝箱を回収する労力だけだ。廃人クラスとなれば、こんな下級ダンジョンの宝などゴミなのだろう。走っているだけで、二人にはパーティ特典の経験値がぞくぞくと加算されていた。同じパーティメンバーが得た経験値の半分がそれぞれのメンバーにも追加で上乗せになる。


「お、割と早かったね。あと、アイツに一撃入れたら死ぬけど、どっちが獲る?」

 ラストのボス部屋の前で、たっくんがくつろいでいた。魔導士のコートを肌蹴て床に座って足を投げ出している様子は、まるっきり子供のようだ。中身とのギャップが激しいだろうに、成長させるつもりがないらしいのも不思議な話だった。年齢の変更手段が無いわけでもないのに。

 冬夜はアキラに続いてそっと部屋の中を覗いた。ボスはダンジョン最奥のこの部屋から出ることが出来ない。同時出現のはずの手下は居なくなっていて、ボスのゴーレムが一体だけでウロウロと部屋の中を歩いていた。思ったより巨体だ、それに色が変化している。周回するうちにレベルが上がったらしい、と二人は顔を見合わせた。岩石がそのまま頭と胴体と腕や足になって、それがゆっくりと歩いている。前回までは白い石だったのに、今回は黒い石になっている。黒いゴーレムだ。

「器用ですねぇ、毎回きっちり10だけ残してる。」

 冬夜はサポートスキルのエキスパートを目指している、敵のHPを正確に数字で読み取るスキルを使った。敵の体力を示すゲージはほぼ真っ黒。残りHPはおそらく10ほどか。計算して、それだけを器用に残しておいたのだ。こういう事が出来るのも、何万回とボス戦をクリアしてきている廃人の成せる業と言えた。

「そりゃー、このゲームやって長いからねー。ゴーレムの基礎体力がナンボで、どの攻撃をどんだけ当てりゃ、どれだけ減ってってのは、計算出来るでしょー。」

 ショタな廃人がへらへらと笑いながらそう言った。そんなの一々計算しながら戦闘なんて出来ねーよ、と冬夜は内心で毒吐いた。高速移動が出来るサブマスの速度なら、このダンジョンが20分で一周、移動スキルのない冬夜たちは30分かかる。サブマスはエネミーを掃除しながら、冬夜たちはただのマラソンでこの差だ。

 魔法使いの彼にかかれば、部屋全体を攻撃する殲滅魔法の一撃で雑魚部屋など即座に片付く。魔法回復薬のガブ飲みを併用しての無双。現在3周目、あと30分で解散の時刻だった為、巻いている。

 巻く、とは攻略スピードを上げること、つまり、こまけぇことはいいんだよ、という意味だ。

「あ、ちょこっとだけ強くなってるから、スキルの攻撃使わないと死なないかもよ?」

 さらりと言われた言葉は冬夜の胃に冷たく落ち込んでいった。レベルが上がり、ダンジョンランクが初心者向けではなくなった事を意味していた。


「ねー、ギルマスとかサブマスとかって、リアルは何してる人なの?」

 いきなりのタイミングでアキラが無遠慮な質問を投げかけた。

 うわー、デリカシーねぇー。冬夜は思うが、一々、口にしたりはしない。冬夜自身、興味がないわけでもないから、さりげなく聞き耳をたてている。

「俺は普通に会社員だよ。このゲームは娘がやってたんだー、ほんとは。すぐ飽きちゃって全然INしなくなったから、代わりに父が代行してマス。」

「え!? それって、いいの?」

「キャラ枠って高いんだからさ、こんなの普通だよ。普通。ギルマスは夫婦で一人のキャラ使ってる。レオさんね。昼間に会うとオネェになってるから、面白いよ。」

 365日、24時間稼働中、というキャラも他タイトルには存在するのだという話だった。興味深々のアキラはゴーレムそっちのけで目を輝かせて聞いている。ヘルムで見えないが、きっと輝かせている。

「レオさんとか、言っちゃ悪いけど引き籠りのゲーマーかなんかだと思ってた。」

 ずけずけと遠慮のない言葉がアキラの口からは飛び出してくる。

「バーチャル制限外してっていうアレだと思った? 人気の新作タイトルなら解かるけど、ここじゃそんなプレイヤーは少ないんじゃないかなー。割と簡単にレベル上がるから、廃人には不人気だよ、ここ。 RMTも出来ないし。厨坊多いし。」

「あはは。」

 とりあえず二人は笑っておく。まさしく自分たちが厨坊だ。

「なにより、武器性能が大して違わないからね。廃課金は来ないよ。」

 煩くなくていいけどねー、とサブマスは呑気な笑い声を立てた。


 このゲームでは、クリアするために武器を選ぶというような事はないが、タイトルによっては、恐ろしく性能が変わるような武器防具が存在したりする。そういった武具は公式チートと呼ばれ、冬夜のようなガチ派プレイヤーには人気がない。高価な上に希少価値も高いそれらのアイテムを喜ぶ層との反目も凄まじい。そういった武具は、当然ながらガチャなどのもっとも金額が嵩む課金アイテムだった。

「このゲームはかなり良心的だよ。確かに課金じゃないと持てないアイテムも多いけど、性能が段違いなんて無茶な事はしないもんね。ガチ派のプレイヤーが多いし、チート武器なんか導入したらさすがに皆やめちゃうんじゃないの? ものすごく嫌われてるもの、ウィルスナじゃ。」

 このゲームでの課金アイテムはお洒落な衣装が中心的だ。武器防具の性能も店売りと大差がない。

「ゲーム内で売ってる装備に格好いいデザイン無いですもんね。」

「トウヤが着てるツナギ服、いいと思うけど?」

「防御は紙ですよ、これ。」

 和やかに話す冬夜とサブマスの後ろで一人、アキラだけは深刻な表情を湛えていた。


 リアルで金を持っていさえすれば、不正はし放題だった。ここウィルスナでは無意味な事に近かったが、他の多くのタイトルでは金にモノを言わせるプレイスタイルは正当化された。リアルマネートレードといい、ゲーム内通貨さえリアルの金で買うことが出来る世界まであった。皆がせっせと時間と労力を費やして登る道を、彼等は金で出来たゴンドラを使う。嘲笑いながら見下していく。

 大勢が参加するフィールドボスのイベントでは癌としか言いようがなかった。魅せるプレイなどまるで出来ないくせに、一撃の大きさのせいで高確率でトドメを攫っていく。オイシイところだけ、持っていく。……嫌われる所以だ。金に飽かせて強引に虚栄心を満たしている輩はガチ勢よりも多いかも知れない。数が多ければ多数決の原理だ、彼等は大手を振って闊歩していた。


 希少なアイテムを、努力と時間と費用とを費やしてようやくでゲットする、そういう裏側の並々ならぬ努力は敬意を払うに足る。正規の手順でガチャを回し、家畜と呼ばれながら売り上げに貢献して、やっとの事で入手するのが本当の道だろう。運営が潤うこれらの課金は「寄付」と呼ばれ、誰にも疎まれはしない。本当に嫌われるのは、違法な行為で力を手にする輩だけだった。RMTによる不正な金で買い取るだの、禁じられている現金での直取引だの。だが、金に飽かせる者たちは不正と努力の区別を付けなかった。

 『お前らのせいで、俺らまでがチートの疑いを掛けられるんだ、氏ねよクズが。』

 掲示板で論争が起きると、決まって、こんなセリフが幕引きの合図となる。人間は、自分の属する集団が一番大きいと錯覚する。不正をする者たちは、自身が大勢だと思いたがった。


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