19 ぬけがら

 事件の発端を冬夜は知っていた。彼らのギルドは有名だから、ゲームの下調べの段階でその事件は記事のトップで検索されていたのだ。若葉狩りから始まったプレイヤー間のトラブル。

 よくある新人狩りだと当初は思われていたらしい。だからギルドは動かず、当事者の新人に対処法を教える程度で済ませたと聞いている。だが、狩人は味を占めたらしい。その新人は付け狙われ、粘着にも等しい状態になった。ギルド員が同情して色々と融通してやった事も悪かったようで、いつでも装備の面で恵まれている状態でいたその新人は、いいカモと映ってしまったのだ。

 あまりにしつこい狩人に、ついにギルド員の誰かがキレた。逆襲したことを切っ掛けに、新人狩りは止んだかに見えた。しかし、粘着が終わったわけではなく、むしろ陰湿な手段を取るようになっただけだった。トラブルはゲーム内からリアルのネットへと飛び火した。

 まずホームページが荒らされ、Wikiには誹謗中傷が無記名で書かれた。情報が錯綜し、火消しの為の書き込みが始まり、論争が激化する。まったく無関係の掲示板にまでギルドの悪評が書き並べられ、それにも応戦した。ヒートアップした挙句に検証Wikiが立ち上げられ、事件の解明が始まってようやく沈静化することになったという経緯がある。

 最終的には狩人の粘着性が暴露され、誰も関わらないようになる事でようやく静かになった。関わった誰もが嫌な思いをし、ドンパチやらかした事で掲示板への出入り禁止を余儀なくされ、そこまでの犠牲をもって得たはずの平穏は、わずか二ヶ月で破られている。粘着と化した狩人は完全な捨て身だ、結果的にゲームからも追放されてしまった事をとても恨んでいて、ギルドのせいだと今でも時折現れては喚き散らしている。そういった一連の事件を、冬夜が聞かずとも彼らは匂わせた会話にして振ってきた。


「俺たちも大人げなかった。人間が複数寄ればそれだけで、意思の疎通やら統率なんてのは難しくなるもんだ。やっきになって火消しをしてたんだが、匿名の場所だ、誰かが喧嘩を買っちまうんだよな。火を消してる傍から息を吹きかけてやるようなもんで、あの当時は本当に大変だった。結局、皆が覗くからいけないんでな、対策も練らずバラバラに対応したのが悪かったんだ。」

 レオは腕を組み、目を閉じてしみじみとそう語った。

「そーゆーワケで、今ではギルドの規約になってる。『掲示板は覗くべからず』てな。……相手をしないのが一番いいんだよ、荒らしの相手する奴も荒らしって言うだろ? 窓口を一本化して、対応は俺とサブだけにしたんだ。皆も、いつまでも関わりたくないだろうしな。」

 急に声の調子が変わって付け足した言葉にも、冬夜は適当に頷いた。ギルドの規約まで変えた大事件だったのだろうが、正直、冬夜とアキラには関係のない話だ。ちらりと横目で窺った先、サブマスターである魔導士は無言で佇んでいる。奇妙さを感じた時に、ロリなウィッチが突然に可愛らしい声で意見を述べた。

「粘着質の人ってさ、きっと人一倍深読みしちゃうんだよ。で、勝手に不安がってるんじゃないかなぁ。負けることを異常に怖れるけどさ、自分が悪いって認めたらそれで何もかも破滅だとか思っちゃってるんじゃないのかな。」

 上目使いに冬夜を見上げて、同意を求める。返事を待つまでもなく、戸惑う冬夜をよそに会話は進行していく。レオが頭を掻いた。

「実際は、続けるほうが傷がますます広がるだけなんだがなぁ。むこうもいつまでも拘ってないで、新しいキャラ作ってやり直してくれんもんかねぇ。」

 すかさずウィッチが反論。

「でも、新しいキャラ作ってやり直せって、こっちはアドバイスのつもりで言っててもさ、もし自分だとバレたらとか……、バレた後に責められたらだとか、そんな後々の事ばっかり気になってるんじゃない? 現に何回もそう言って勧めたよ?」

「絶対に許してもらえないと思ってるってのか? 勝手に?」

 レオは腹を立てたようだった。

「単純に、負けるのが嫌だからゴリ押ししてるだけだと思うけどな。」

 男エルフは粘着に良い感情がまったくないらしく、表情も態度も全否定のように見えた。変わらず魔導士は無言のままで会話に入っては来ない。三角帽の下で顔は闇に沈んでいる。奇妙を通り越して不気味だった。

「そんなの、粘着して負けを認めないままでいる方が余計に痛手は大きいのにねー。」

 座っていたエロフが立ち上がり、尻についた砂を手で払う。冬夜に投げる視線は意味深だ。

「それはさっき俺が言った。」

 レオが口を尖らせた。

 現在進行形で被害は続いていて、けれどこれを冬夜に話して聞かせる意味は解からない。


「とにかくウチは掲示板への書き込みは禁止な、とくに雑談版。質問版はまぁいいけど、面倒なのが沸いたら即逃げ、ギルマスかサブに連絡な。動画サイトへのアップも同じ理由で禁止ね。あとは何があったかな……」

 動画禁止と謳うのは視聴者のタグ編集機能や感想欄があるからだ。かなり揉めたらしい為、妥当な対策だろうと冬夜は思う。同時に、なぜ部外者の自分にそんな細かい話をするのかと疑問も感じた。

 冬夜の見ている前で、エロフは魔導士の後ろへ移動して悪戯な目で微笑んだ。帽子に手を掛ける。何をする気なんだろうと目を凝らしているそのタイミングで、レオが思いがけない言葉を投げた。

「ところで本題だが。……お前等うちのギルド入らん?」

 単刀直入。

「え!?」

「……ただいまっ。ん? 話進んでる? ギルド誘ったトコ?」

 サブマスの魔道士が割り込んで言った。今の今までボーッと突っ立っていたが、どうやらOUT状態だったらしい。ぴくりとも動かなかった理由が解かってみると単純すぎて余程に自身が緊張していた事を知らされる。


 本当に初期の頃のVR機器は、居ながら席を外すという事が出来なかったが、現在は改良されている。緊急離脱の機能が加えられ、リアルで何かあった時には強制的にバーチャルから帰還させられるようになっていた。

 それを利用して、ちょっとした用事の時にも退席することが可能となっている。緊急離脱の扱いは即時解除を旨とするため、ゲーム内の位置ポイントが確定された状態でアバターだけが残るのだ。用事が済めば何食わぬ顔で同じ地点から続きが行える。リアルの用事で途中離席すると、この魔道士のような現象が起きた。

 緊急離脱状態のキャラは、『ヌケガラ』などと呼ばれている。ヌケガラの間に追い剥ぎをされるので、故意に使う時はよほど気心の知れた者同士のギルドでなければ使用されない。ちょっとしたイタズラはご愛嬌だ。彼も三角帽子を逆さまに載せられている。初めて顔を見た。どんぐり眼にぷっくりした頬、帽子と魔道士のローブの中には子供が隠されていた。小学生程度の設定は女性キャラには多いのだが、男性は珍しい、と冬夜は思った。


「今すぐ返事しろとかは言わないけど、出来たら2、3日で返事が欲しいかな。あの短気なメイドさんとも相談して、3日以内に決めてくれると有り難い。」

 種明かしが為されてみると構図は単純なモノで、三日と言ったその制限にも心当たりがある。来週から始まる大型イベントに向けての、人的補強が目的なのだと。月曜日から始まるギルド対抗戦だが、このゲームはなまじのタイトルよりも凝っていて、一筋縄ではいかないシステムが組まれている。イベントの間だけの統合はもちろんの事、新人の勧誘合戦など、どのギルドも人員補給に躍起になっていた。

 今回のイベントタイトルは『カタック湖の主を釣り上げろ!』すなわち、釣りの勝負である。レベルも資金力もプレイヤースキルも関係ない。純粋な運試し。とにかく多くの魚を釣り上げたギルドが勝ちだという、一種暴力的ともいえる勝負方法だった。だから、一人でも多くのギルド構成員が欲しいのだろう。

「仮申請って形でもいいよ、お前等もイベントは初めてだろ? 参加資格は10人規模以上のギルド加入者だからな、イベントの間だけ合併するなんてのもよく聞く話だ。ギルドがどんなものかを知るのに、ちょっと入ってみるってくらいに考えてくれていいよ。」

 心なしか、レオの声が猫撫でて聞こえる。なりふり構わないのはどのギルドでも同じで、無所属の新人はまさしく取り合いになっていた。外部の掲示板にまで勧誘広告が出されていた事を冬夜は思いだし、曖昧な微笑で誤魔化しに掛かった。迂闊な返事をしたくはなかったからだ。

「君らもいきなり言われても困るよなぁ。レオさん、焦り過ぎ。」

 常識人らしい男エルフが助け船を出してくれて、ギルマスの攻勢を止めようとした。

「あちこちで勧誘されてるとは思うけど、前向きに考えてみてくれよ。ウチに入って損はないと思うからさ。」

「レオさん!」

 最後まで食い下がって、レオは仲間内から叱責された。今回のイベントも何か運営の巨大な罠の気配がして、冬夜は今夜中には調べてみる必要を感じていた。絶対にロクでもないイベントしか組まない運営だ。


「じゃ、いい返事を待ってるからな、」

 最後の最後まで食いついて、レオはギルドメンバーたちの一番最後にフィールドチェンジでその場から消えた。最後はなんだか有耶無耶に近かったが、これで手打ちにはなったのだろう。これで解決と思うだけで、肩の力が急激に抜けた。一人残された冬夜は、しばらくの間は黙って思案を巡らせていた。ふと時間に思い至り、ギルドカードを確認する為にポケットから取り出した。

「うげ!」

 慌ててログアウト。九時はとうに過ぎ、十時に近くなっていた。両親から許されているIN時間から一時間もオーバーしている。これは確実に怒られてしまう失態だった。


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