18 てうち

「なんでギルド入んないの? コダワリとか?」

「いや、別にコダワリがあるわけじゃないです。まだ始めたばっかりで、二人の方が身軽かなと……、」

 根掘り葉掘りのエルフに向かって、冬夜は言葉を選びながらで返事をした。目のやり場に困るという事実は、吐きだす言葉すらあやふやなものにする気がした。

「ごめんねー、待たせちゃってー。」

 ロリなウィッチが割って入った。

「いや、別にいいですよ……。」

 冬夜は可能な限りの用心をもって、ギルドメンバーたちに接している。何を考えるのか、隣のアキラが口を噤んでくれているのは、この際では有難かった。

 ここでヘタな事を言って喧嘩にでもなれば、手打ちの機会を逃してしまう。これは、ヤクザ同士の抗争となんら変わらないことだと冬夜は考えていた。いわば相手は関東一円に名を知られる武闘派組織、こちらは出来たばかりの弱小だ、アキラがどう思おうが天地をひっくり返したって勝てない相手に逆らうことは得策でない。

 今は引く。だが、あくまで「今は」だ。ギルマスとサブのレベルは、さっきの戦いを見る限りではカンストに近いだろう。ベータ版の頃からやっていたなら、当然想定すべき事で驚くにも値しない。そして、このギルドのメンバーの多くも彼らに順ずる高レベルプレイヤーばかりと見るべきであり、なおさらたった二人の初心者ギルドが勝てる相手などではなかった。

 手打ちだ、とにかくこれ以上に抗争を続けることは互いに何のメリットもない、そう思わせねばならない。互いの面子……プライドの問題であると。圧倒的不利の中では、こちらが折れねば終わらない。頭一つ下げたところで、何のペナルティが付くわけもない。それよりこれ以上に意地を張ることで受ける損害の大きさを冬夜は計算していた。無言だが、不貞腐れた顔を隠しもしないアキラの隣で、冬夜はあれこれ打算を巡らせている。そこへドラゴン戦を終えた三人がテレポートで移動してきた。三人はまったくの無傷に戻り、激闘の後は見えない。やはりここが偽りの世界だと知らせるリアルの欠如だった。片方には圧し掛かる人間関係のリアルがあり、片方で世界はニセモノを露呈している。


「おそーい、お客さん待ってるよー、」

「済まん。まさかのドラゴンがお出ましでな、ちょっとばかり苦戦した。」

「どこがちょっとだよ、レオさん踏まれてたじゃん。」

 男エルフが口を尖らせて噛み付いた。

 スタンプ攻撃というモンスター側の攻撃スペルで、これを食らうと高レベルといえども大ダメージを蒙る。一瞬でギルマスの体力ゲージが1cmになったのを思い出した。瀕死、だ。そこからの立て直しは鮮やかだったが。冬夜はいよいよ緊張の度合いを深めて、帰ってきたギルドマスターを迎えた。これからの交渉次第で、二人の未来が決まってしまうような気がしていた。

 ギルドマスターとサブマスター、それにクエストを受けたプレイヤーの三人が井戸端へ加わる。手伝いを受けていたプレイヤーは中堅クラスだろう、Wikiの目立つ場所には載っていないキャラだった。

「踏まれてやんのー、カッコ悪ーい。」

 エロフがケラケラと指差して笑った。ギルマス以下、主要な上位メンバーがこの場に揃っている。すべてWikiにも載る有名人ばかりだ。ギルマスの名はレオだというくらいは冬夜も知っている。

 ビキニのエルフが、大学ノート分ほどに広げて展開していた自身のギルドカードを元のサイズに戻す。とにかく全ての操作をこのカード一枚で行うため、カードの形状・能力は自在に変化した。


「かなり時間を食っちまったんだが、まだ大丈夫か?」

 レオは冬夜とアキラを交互に見遣って、気遣いを見せた。こちらのIN可能時間を気にかけてくれるらしい。冬夜は頷き返し、アキラは「あっ」と小さな声を上げた。

「もし拙いなら、また後日でも時間作るけど?」

「あ、いや、いいです。もう今日中で片付けておきたいんで。」

 冬夜が即座に答えた。アキラはギルマスに軽く頭を下げる。次に冬夜へ向き直り、両手を擦り合わせて「悪い、」とだけ言い残してログアウトした。一応の、相手一同に頭を下げる態度はむしろ冬夜に気を遣ってのことだ。

 アキラが消えてすぐ、冬夜が大きく頭を下げた。

「まず、先にお詫びしときます。すんませんでしたっ、」

 本当は侘びなど入れたくない、その感情がどうしても声に乗せられてしまう。けれど、冬夜の予想に反してギルドの連中は誰もその事を気にしなかった。レオが片手をパタパタと振りながら笑った。

「いいよ、いいよ。こっちも大人げないなーと思いながらやってんだから。悪かったな、イジメみたいなマネになっちまって。けど一応報復ってことにしとかないと、絶対マネする馬鹿が出てくるもんでな。こっちも色々大変なんだよ。ごめんな、お前等が悪いわけじゃないのに嫌な思いさせて。」

 予想に反する回答がきた。

 冬夜は胸を撫で下ろし、もう一度頭を下げた。これは純粋に感謝の気持ちだ。もっとネチネチと口撃されるものだと考えて身構えていたのだから、拍子抜けなほどの展開だった。


「このゲームもだんだん質が落ちてきてるからねー。」

 エロフがぼやきのような言葉を発する。

「え、こないだ新ストーリー投入されたばっかりだし、人も増えてるじゃないですか?」

 つい言葉を挟んでしまい冬夜は慌てて口を噤む。人懐こい連中だったようだが、冬夜が部外者である事に違いはない。出しゃばらぬように自戒した。男エルフが後を引き取って説明してくれる。

「プレイヤーの質が落ちてるって話だよ。まぁ、10万人突破とか言ってたし、それだけ居れば問題児も増えるのは仕方ないけどね。マナーもへったくれもない連中がやたらと目立つようになって、目障りで仕方ないってことさ。」

 彼は溜息を吐いた。

「そうでなけりゃ、君等のこともとやかく言うほどの事じゃなかったんだ。PKが許されてるゲームだもの、新人狩りなんて当たり前の手段だ。だけど、頭のおかしいヤツってのは、理屈がおかしいだろ? 君等は見逃したのにどうしてこっちは見逃さないだとか難癖つけてくるのは目に見える。ケースがまったく違うと言っても聞き入れやしない。いや、自分が正しいことにするために、どんな屁理屈でも捏ねてみせるだろ。だからこっちも、全てのケースで厳しくせざるを得ない事になってるんだ。」

 冬夜は理解を見せて頷いておいた。よほど腹に据えかねる事だったようだ、彼らの巻き込まれた"戦争"は。


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