3 ぷれいやーきる

 プレイヤーキル、ゲームを遊ぶプレイヤー同士での殺し合いのことだ。プレイヤー・バーサス・プレイヤーと呼ばれる対戦形式ではなく、文字通りの追い剥ぎ行為を指す。それぞれのネットゲーム世界をタイトルと呼ぶが、サービスの充実していない二番手三番手のタイトルではすぐにレベルがカンストしてしまい、ユーザを繋ぎ止める手段がない。大手とは違う魅力を打ち出す必要もある為に、禁じ手とされるPKを推奨するタイトルもあるのだ。従って、集まるプレイヤーも最初からそのつもりの者が多い。

 下調べは十分にしてある。迂闊にこの村を出れば途端に「若葉狩り」という、初心者を専門に狙う連中の餌食になる事も、レベルが低いうちは慌てて装備を揃えても無駄になるという事も。

 バーチャルの世界といえど、人を殺すという行為は背徳の悦楽なのだろう、モンスターを狩るよりも人狩りを主目的とするプレイヤーも多い。そういう連中やモンスターなどに襲われてHPがゼロになれば、その場から消える。装備や持ち物をすべて大地へとぶちまけて。相手がモンスターならまだマシだ、急いで戻れば自身の持ち物は無事に拾えるかも知れない。だが、プレイヤーに殺されたなら多くは根こそぎ持っていかれてしまい、どこかで売り払われてしまう。

 高価な装備などは相応の強さに至った者にしか纏うことが許されなかった。レベルではなく、実戦経験値でいう『強者』にしか守りきることは難しかったし、時には『強者』ですら誰かに殺されて装備を奪われた。このゲームの愛好者は、それをスリルとして受け入れている。


「さて、これからどうしようか……」

 冬夜が思案するうちに、村の広場へと男が走り込んできた。PKで殺されたのだろう、パンツ一丁であれば犠牲者と見てよかった。どうやら初心者ではないようだ、彼の形相は憤怒のあまり真っ赤に染まっており、けれど、ほとんど精神的なダメージは受けていないと見えた。冬夜の来た道を駆けて来て、途中から方向を変えて正面の建物の隣へ向かう。追い剥ぎ上等の世界では、銀行に全ての財産を預けておくものだ、彼もまた予備の装備を取りに行くのだろう。あの建物が銀行なのだ。

 この村へ戻るという事は、おそらくは若葉狩りの一人。冬夜のような降臨したての新人を専門に狙う追い剥ぎだ。しかし、若葉狩りを返り討ちにする事に喜びを感じる上級プレイヤーというものが存在しており、そういう者たちは若葉狩りの連中よりさらに始末が悪い。初心者の衣装を着て、初心者のフリをして、攻撃力の低い初心者用の武器で、若葉狩りの襲撃者を返り討ちに文字通り嬲り殺すのだ。その為に、このゲームの初心者用武器の攻撃力が高めに設定し直されたという曰くまである。

 冬夜にとっても他人事ではない。いずれ行き当たる危険な敵という事だ。リベンジの準備を終えたさきほどの男が建物から出てきた。思った通り、上級の装備を整えていた。

『ロクでもない世界へようこそ、』

 すれ違い際、目が合ったその男は冬夜にニヤリと笑いかけた。ここの銀行は役所が兼ねている、目的地を見つけて冬夜は歩き出す。男に対しては、同種のあくどい笑みを返しておいた。


 冬夜の立っていた建物の隣が、銀行を兼ねた役所だ。男に倣い、役所の門戸をくぐる。まず資金をここで受けとり、初期装備のブロンズソードは別の場所へ貰いに行かねばならない。

 銀行内部も造りは細やかだ。年季の入っていそうな木製カウンターは飴色に磨き上げられ、細かな傷まで見受けられる。何年代に設定してあるのか、内と外を区切る防犯ガラスの仕切りは無かった。郵便局も兼ねた銀行兼役所は、カウンターの奥に郵便仕分けのこれまた年季の入った木製の棚が壁一面を占拠して、何か解からない書類や紙包み、封書や木箱が収まりきらずにあちこちで山を築いていた。別の壁はコルクボードが覆い、みみずがのたくったようなメモ書きが無造作に貼られている。外国の銀行など行ったこともないが昔はきっとこんな風だったろう。ちらりと一瞥しただけで冬夜は先へ進む。待ち構えるNPCの前へ立つだけで、機械的にイベントが始まった。

「ようこそ、ウィルスナの地へ。ここは始まりの村、貴方の来訪を心より歓迎いたします。」

 美しい容姿をした娘がカウンターの中に一人だけで居て、にこやかな笑顔を貼り付けてそう言った。手には金貨の入った皮袋を捧げ持つ。今さら聞くべき事など何もない、金だけ受け取り冬夜は役所の出口へ向かう。また一人、入れ違いで入った誰かが同じ台詞を言われている。大手のゲームほどではないが、賑わっているようだ。

 役所を出ると、冬夜はもう一度周囲を見回した。役所の後ろに延びた坂道の先が頂上で終点か。そこは岩肌と白い路面とが大きな木の影に飲み込まれている。頂きには大樹が生え、枝は広場にまで伸びていた。岩ばかりの土地にその樹一本だけが生い茂る。傍に建っているのが村長の家で、次に向かうべき場所だった。銀行兼役所の横に狭い石段がある。少し登ると裏手の坂道へ出て、そこを進むと目的地へ到着した。丘の上からは広場を囲む村の全体が見渡せた。家々の間に挟まるように道具屋と武器屋の看板、少し離れた場所に教会もある。岩盤を削って出来た白い坂は、その先の胡散臭げな城の廃墟へ続き、周辺は途中から枯れ木混じりの墓地になっていた。大蜘蛛が大量発生しており、これが最初のクエストのエネミーだ。しばらくの間は、この付近が冬夜のフィールドワークの場所となるはずだ。


『村長に会いに行きましょう、』


 突然に、オープニングの時の声が響いた。声は降臨したプレイヤーを導く精霊のものという設定で、初心者のうちはずっとナビゲーターをしてくれる。光に包まれた小さな妖精が冬夜の前へ現れて、周囲を飛び回った。

『はじめまして、トウヤ。わたしはあなたをサポートする為に遣わされた妖精よ。あなたがこの世界に慣れるまでの短い間だけだけど、あなたのお世話をするわね。では、さっそくだけれどこれからすぐに村長の許へ向かいましょう。最初の依頼を受けて、冒険者としてデビューするのよ。』

 面倒がって、冬夜はプレイヤーとしてのキャラ名をそのまま「トウヤ」と名付けている。小さな光はくるくると冬夜の周りを飛び、言葉の終わりにまっすぐ大木の下の一軒家へと向かった。一軒ぽつんと離れたその家屋の戸は開け放たれて、出入りは自由だ。基本的に建物のドアはすべてが開きっ放しだったが。村長の屋敷だというのに中は二間だけで、体裁ほどの生活空間はリアリティに欠けていた。入ってすぐの居間の奥に暖炉があり、安楽椅子に座る老人は冬夜が近付くと立ち上がった。村長のNPCだ。

「おお、よく来てくれた。君を呼んだのは他でもない、墓地に棲み付いた大蜘蛛を退治して貰うためなのだ。どうか引き受けて欲しい。」

 冬夜の顔などまるで見もしないまま村長は喋った。目の前に立っていることを想定して、笑いかけている。冬夜も村長を無視して勝手に部屋を物色していたが、その間も自動の台詞は続いている。

「ここに武器を用意した。大した代物ではないが、役に立つと思う。引き受けてくれるのなら、受け取ってくれ。」

 どこから湧き出したものか、NPCの手にはブレードソードが捧げ持たれている。

『さあ、受け取って。トウヤ。』

 まるで見当違いの場所を掻きまわしていた冬夜を促すように、光の粒がくるりと輪を描いた。剣を受け取ることは「Yes」の意味になりイベントが勝手に始まる。その時、冬夜が顔を上げたタイミングで、お知らせのメロディが流れた。ごく小さな音で、ごくごく短い。受け取りを待つNPCを無視して、冬夜は音の方にに意識を向けた。

『胸のポケットを探してみて。ステイタス・カードが入っているはずよ。とても大事なものだから、失くさないでね。』

 妖精の声は深刻さを滲ませたが、これは例え捨てても失くす事のないアイテムだ。胸のポケットにはいつの間にかカードが紛れている。取り出して目の上にかざした。うっすらと輝く透明なカードには、称号の欄に「駆け出し冒険者」と記されていた。

 無造作にカードを戻し、無造作にNPCの手からソードを引っ手繰る。もうここに用はないと、村長の喋る台詞を無視して冬夜は小屋を出て行った。


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