過去 ある男と少女の邂逅

過去 ある男と少女の邂逅


 ついに月城龍児は人間を屍喰鬼へと、短期間で変化させる薬の開発に成功した。

 人間を屍喰鬼にする方法自体はとても簡単だ。人間の死体を食べ続ける、ただそれだけのことで屍喰鬼になれる。だとすれば、人間を屍喰鬼へと変える薬の材料に、いったいどんな物が用いられているのか、それを想像することはあまりにもおぞましく、そして容易い。

 薬の開発に成功したのとほぼ同時期に、彼らのところへと新たなる『サンプル』が届いた。外見はただの十代の少女でしかなかったが、彼女は屍喰鬼とは少々異なる人外の存在である可能性が高いらしい。

 彼女のことを一目見た瞬間から、月城龍児は、彼女が吸血鬼であるということを理解した。そして月城龍児はこの少女に魅せられた。より正確に言うのであれば、『吸血鬼』という存在に魅せられた、という方が正しいだろう。

 この頃の月城龍児は、屍喰鬼がある意味では吸血鬼にもっとも近い存在だということに気が付いた。

 魔人の因子が強ければ魔法能力者へと、獣人の因子が強ければ獣化能力者へと、それぞれ覚醒する。そして、奇跡的に双方の因子を強くもって生まれた者が吸血鬼へと覚醒することが出来る。だが、現代の人間の多くは双方の因子が混ざり合い、且つ弱まっている者がほとんどなので、どれにも覚醒することはない。

 魔法能力者と獣化能力者を対象とした実験の結果を得ることが出来ていないため、正確なことは分からない。だが、屍喰鬼化に必要な条件は魔人と獣人の双方の因子なのではないだろうか。双方の弱い因子を持つ者が屍喰鬼化する事が出来るのだとすれば、その条件は吸血鬼化と非常によく似ている。つまり、薬物投与によって人間を屍喰鬼化させる過程でうまく調整することが出来れば、屍喰鬼ではなく吸血鬼へと覚醒することが可能なはずなのだ。

 また、すでに魔法能力者や獣化能力者へと覚醒している人間を、屍喰鬼や吸血鬼に変えることは、非常に困難であると予測できる。

 月城龍児は『屍王の書』の記述、そして世界中の神話や伝承を総合した結果、吸血鬼こそが最も優れた人類の進化体であり、全ての人類を吸血鬼化することこそがこの世界を新たなるステージへと導くことであると確信した。

 その吸血鬼は純粋種でなければだめだ。吸血による魂の隷属によって生まれる眷属の吸血鬼では、あまりにも力が弱すぎる。そんなモノは屍喰鬼と大差ない。生まれながらの、覚醒した吸血鬼であることが必要だ。その覚醒を薬によって誘発することが出来ると考えていた。そして、様々な文明や神話の中で予言される終末の時が遠くない未来に訪れるはずであり、それを生き延びる方法、すなわち、人類救済に唯一の方法こそが全人類の吸血鬼化であり、それを導く者こそが自分であるという結論に達した。

 そして今から一年前。

 ついに月城龍児は自らの計画のために組織から離反する。

 改良された薬によって自身の体を一時的に吸血鬼化し研究員達を惨殺。その後、『サンプル』として届けられた吸血鬼の少女と、開発中の薬、そして必要最低限の機材を奪って逃走を果たした。


×××


「貴方は……だれ?」

 囚われた少女は静かにそう言った。

 その少女には名前がなかった。その少女は何者でもなかった。かつては何かがあったのかもしれないが、今ではその全てを捨て去っていた。吸血鬼であるというただそれだけであり、いかなる理由も使命も望みもなく、絶望することすら遙か昔に止めてしまった、空っぽの抜け殻だった。

 月城龍児は少女の手を取りながら答えた。

「私は……私の名前は、朧」

 このとき彼は偽名を名乗った。

 それは、今までの自分と決別する覚悟を決めた、その証でもあった。

 そして、空の器を満たすために告げる。

「月城瞳、それが、今からの君の名前だ」

 理由を与えるために。

 それによって、自身へと忠誠を誓う存在を作り出すために。

 少女は、与えられた名前を繰り返し呟いていた。

「……月城……瞳……私の……名前……」

「そうだ、君の名前だ。月城瞳、私に協力してほしい。君のために、そして何よりこの世界のために、私に力を貸してほしい。大いなる楽園を作り出し、人類に真の救済を与えるために」

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