身だしなみの意味

 今日はロクでもない日だ、とオセロはうんざりしていた。


 店内は色々な服が吊るしてあった。それは色とりどりで、サイズも色々だが、それになんの意味があるのか、どう違うのか、だからなんなんだと、すぐに飽きた。


 それでも立ち去らないのは、ルルーと約束してしまったからだった。


 「おいまだかよ」


 「ちょっと待って」


 こんな会話を幾度となく繰り返していた。


 もう外は夕焼けだ。


 なのにルルーは未だにゴチャゴチャした服の山の向こうにいて、未だにあちこち歩き回っては山を漁っていた。


 ルルーはそれが楽しいらしいが、オセロは楽しくなかった。


 それはオセロだけじゃないらしく、店内には他に客はおらず、店員もレジに詰めてるだけだった。


 暇に負けて店員に話しかけても返事すらなく、ひたすらに退屈だった。


 苛立つオセロがルルーに声をあらげる。


 「服なんてなんだって一緒だろが」


 「それは違います」


 不機嫌なオセロの声に、ルルーがすぐさま答える。


 「外見はその人の能力を表します。例えば、虫歯の美人はいない、とか」


 「なんだよそれ」


 「もし右か左に虫歯があると、痛いから反対だけで噛むようになるでしょ? そうしてるとそっちばかりが使われて鍛えられて、結果顔が歪んでしまいます。同じように肌が綺麗なのは野菜を食べて胃腸が健康な証拠だし、姿勢がいいのは両足のバランスがいい証拠です。つまりは見た目が良いのは能力が高いからでもあるんです」


 「……それと服装と、どう関係してんだ?」


 「それは、まず服は目標を持って作られてます。着る人の体型はもちろん、気候やどこで何をするのかも。だからちゃんと合ったものを選ばないと能力が発揮できなくなるんですよ」


 流れるように出てくる知識にオセロは舌を巻く。


 「そんな、こだわるほどか?」


 「当たり前です。戦いで言えば構えとか型とかと一緒ですね」


 言いながら、ルルーは服と服との間から首だけ出してオセロを見る。


 「試しに一度、ちゃんとしてみればわかりますよ。髭剃って髪の毛切るか束ねて、とかね」


 言ってルルーの首が引っ込む。


 「そういうものか」


 「そういうものです」


 オセロは髭を擦りながら立ち上がり、壁に嵌め込んである鏡を覗く。


 映るのは、見慣れた毛だらけの自分だ。


 そう言えば、髭のない自分の顔を暫く見てなかったな、とオセロは思った。


 どうせ暇だしな。思い、オセロは腰からナイフを引き抜いた。



 ルルーははしゃぐ自分を抑えきれなかった。


 こんな風に自分の物を選べるチャンスなんて滅多にない。なら全力で、服を探すのだと、暴走していた。


 ただ残念なのは、この店には色々と取り揃えてはあるが、それらは女性が着たい服、ではなくて、女に着せたい服、ばかりだった。外見はきらびやかでマニアックなのに着心地などまるで考えてない、まるで衣装のような服ばかりだった。


 そんな服の中から、白と紺のエプロンドレスを見つけた。


 大人サイズのミニスカートだけど、小さなルルーが着ればいい感じの長さになる。ただ太さが足りなくてブカブカなのが気に入らない。なのでちょっとそこにあった赤いリボンで袖口を縛ってみる。


 うん、いい感じだ。


 だったら両方を、せっかくなら色を合わせて、序でに靴に靴下に、アクセサリーにカチューシャを加えれば、完璧だ。


 早速、更衣所、という名のただ鏡があるだけでカーテンで区切られた一角に入り、着てみる。


 上から下までまるであつらえたみたいにぴったりだった。


 時間をかけてよかった、と笑みを浮かべながら着ていた赤のドレスを畳む。


 こんなんでも小銭ぐらいにはなるでしょ、なんて考えていたら、突然カーテンが開かれた。


 外には海老男が立っていた。


 海老男、と言っても普通の人間だ。


 ただ、全身が赤い、靴サイズの海老の殻で被われていた。ルルーが食べたことのある種類だ。その海老の尻尾のカールした所は胸や関節の辺りに使い、頭のある方は肩や手の甲等の先端部に使っている。頭の上には完全な姿の海老が縛り付けてあった。手にあるこん棒のトゲトゲまでもが海老の足だった。もちろん海老臭い。


 そういうタイプの海老男だった。


 そしてそいつは見たことのある顔で、そいつはこの店の店主だった。


 ルルーは唖然とした。


 今まで変な格好をしている奴は幾度も見てきたが、こういうタイミングでは初めの経験だった。だから、どう対処すべきか咄嗟にはわからなかった。


 と、海老男は無言で邪悪な笑みを浮かべた。そっちなら、ルルーは見たことがあった。加害者が被害者を襲うときの笑みだ。


 瞬間、ルルーは何をすべきか、わかった。


 手のドレスを海老男目掛けて投げつける。


 それを海老男は手のこん棒で払い除けた。だがそれで産まれた隙にルルーは海老男の又下に飛び込んだ。床の上を滑るようにくぐり抜けると、転がるように走り出す。


 振り返る余裕などない。とにかくオセロの元へ、そのことだけを考え、服の山を迂回し、レジ前へと滑りでる。


 だが、そこにオセロは居なかった。


 言葉にならない絶望を飲み込みながら、ルルーは速度を落とさず店外に飛び出した。


 外は夕焼けで赤く染まっていた。


 ……いた。


 オセロは店のすぐ前にいた。


 ルルーは一瞬安堵したが、すぐになくなった。


 オセロは既に、別の敵と向かい合っていた。

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