口喧嘩の果て
周りがどう見てるかは別にして、二人は真剣だった。
特にリカンバは、事の重大性を理解し、同時に真面目に焦っていた。
リカンバの拳は可憐だった。
その太くたくましい指、広く暖かな手のひら、それは強く、正しく、美しく、真っ直ぐで、汚れを知らない。それを籠手で守れば完璧だ。
比喩でなく、リカンバは己の拳が己の最大の武器だと理解していた。
だが絶対的な破壊力をもつ反面、その一撃が中々命中しなかった。
その弱点を克服すべくリカンバは研鑽を積み、知恵を絞り、大金をはたいて、そして答えを手に入れた。
コムラガエリカエルの毒は口や傷から体内に入ると筋肉を緊張させて動けなくなる。この毒を用いることで相手を固め、拳を放つ。
これがリカンバの戦術だった。
それがこんなにも早くオセロに、しかこんな手段で、看破されるとは想定外だった。
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オセロは、普通に殴り合うつもりだった。
それが一番スッキリするからだ。
問題はいつ始めるか、タイミングを計る為に、鼻息のかかる距離で見つめ合い、潰す前にその素顔を見ようと目をこらし、そして光の加減からリカンバの顔がオセロに見えた。
メットの奥に見えるのは細い眉毛に団子鼻、口はすぼめて短い筒をくわえていた。
吹き矢だ、とオセロは直感で理解した。
理解から行動に移る前にリカンバは吹き出すべく頬を膨らませ、そして発射寸前に、オセロは飛び付いたのだった。
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そして二人は、短い筒の両端をくわえあい、見つめあい、必死に真剣に毒矢を吹きあっていた。
周囲から不可逆的な誤解されながらの戦いは、リカンバの方が勝っていた。
そもそもリカンバはくわえやすい方をくわえており、事前に吹き出す練習もしていた。加えて、見下ろす形も有利に働いている。
勝った、と落ち着きを取り戻したリカンバは勝利を確信し、笑みを浮かべる。
この毒は飲み込んでも効果がある。流石に死にはしないが、その分一方的に殴れる楽しみがある。
正にもう一息だ。
その時オセロが動いた。
鉄棒を捨てた右手がリカンバの胸板を撫でる。
ゾクリとするのをリカンバは必死にこらえた。
くすぐり、そんなちょこざいな手段で息を弱める軟弱者でない、とリカンバは気合を入れ直した。
だがその指が乳首に触れ、一気につねられた。
不意の激痛、それに伴う激痛以外のなにかに、リカンバは思わず吹き出した。
「ふへぇぇぇ」
変な声で誤解を悪化させながら、リカンバはオセロの吐息と共に毒矢の苦味を舌に味わった。
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長い長い口づけの後に、泡を噴き出して倒れたリカンバを見下ろしながら、口を袖で拭くオセロ、その姿は、その場の男達に別次元の、言葉にするのも悍ましい恐怖に襲われていた。
オセロが辺りを見回す。
その姿が漂わせる原始的本能的恐怖に、男たちはみな、我先にと逃げ出した。
…………店内には倒れたリカンバとオヤジと、オセロとルルーが残った。
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オセロは更に不機嫌だった。
一応、オヤジは生きてはいた。
直ぐ様目を覚まして、弱々しいが起き上がって見せて、思いの外元気そうだった。がしかし、流石に今日は料理できないとオヤジは潰れた顔で謝ってきた。
できないものはできないだろう。無理強いしても仕方ない。
諦めるしかなかった。
肩を落としながら、ワイン代だけ払って、オセロはレストランを出た。
仕方ない、市場で何か買って帰るか、とオセロは通りを通りながら考えてると突如左の袖をグイと引っ張られた。
振り返ればルルーだった。
「なんだよ」
「これよ」
言うとルルーは、ワインで染まったスカートを広げて見せた。
「こんなんじゃみっともなくて着れないわ。だから着替えたいの」
言ってから、すぐ近くの店を指差した。
そこは、オセロの入ったことのない店だが、服を売ってる店らしいのはわかった。
「お金ならあるわ」
ルルーは柄の悪い財布を差し出した。何となく、あの七三のだろう、とわかった。
なんでか、ルルーはレストランに財布を置いていってたのは知ってたが、全部じゃなかったらしい。
何にしろ関係無いことだ、とオセロは思った。
「一人で行けばいいだろ」
少し強めに言う。が、ルルーは引き下がらなかった。
「私一人じゃ、お金あっても怪しまれるでしょ? その、これじゃあ」
そう言ってルルーは首輪を擦る。それが奴隷の証だと、オセロも知っている。そうでなくともここ、デフォルトランドでの女の地位は低い。まともに買い物するには主人の、男の影が必要なのは常識だった。
「お願いよ。すぐにすむから」
言われて、オセロは店を見る。
……あの店に恐らく今を逃せば、入る機会は生涯ないだろう。
なら、まぁ、金出さなくていいなら、程よい暇潰しになるだろう。
なら、まぁ、いいか。
「ほんとに金は出さないからな」
そう言ってオセロはルルーを連れて店に入った。
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