第17話

 どくどくと心臓が鳴る。

 どうやってホテルの自分の部屋に入ったのか覚えていない。なぜだかホスセリも一緒にいて、冷たい水の入ったペットボトルを小さな冷蔵庫から取り蓋を開けている。

 彼の短いオレンジ色の髪が照明に透けているのを眺めながらベッドに横たわった自分の胸を両手で押さえた。爆発しそうだ。

「……大丈夫か?」

 心配そうなホスセリがペットボトルを差し出すが、手が震えて受け取れなかった。

「僕少しだけ……」

 絞り出す声は自分で聞いてもか細かったが、ホスセリは頷いた。

「わかってました。父さんが隠していること、いや、何か隠しているってことは……。

 屋敷に一部屋だけ入れない部屋があって」

 サタンはどんな部屋だって息子に隠さなかった。天にいたときのように過ごすため作った小鳥の鳴き花々が咲く大広間だって部下を拷問する用の血なまぐさい部屋だって。ただひと部屋例外があってそこは自分の部屋に近かったのに薄暮……長兄から絶対に触れてはならないとそれだけ教えられた部屋がある。ノイズは十かそこらの歳にその部屋を探検したことがあった。

 なんてことはない女性の部屋のような、どこか懐かしい匂いのする部屋。

 探検は誰に知られることもなく終わり、咎められることもなく、そして部屋に鍵さえかけられていなかったことを不思議に思った。あれがもしや。

 時々見せる父の非情さを思い浮かべる。たとえば失態をおかした奴隷(サタンと契約した人間の成れの果てだったり売りものの悪魔なんかだったり)を無表情に鞭打つ時の、あのきれいな顔にかかる血しぶきとかあたりに響く悲鳴とか。そういうものがノイズは怖くて名も知らぬ奴隷の命乞いを手伝ってやることが多かったが、とにかく怖くて震える自分に、父は余計に腹を立てることもある。自分が鞭打たれたことはないが、腹を立てた父の振るう力は容易く命を奪った。

 姉は父の怒りを買ってという話は、あり得なくはないのだ、彼はサタンなのだから。

「ほんとうに父が」

 それでもノイズは尋ねた。

 正直分からないけど、とホスセリは申し訳なさそうに謝る。

「いや……ごめん、礼に話す話じゃなかったな。」

 というか悪魔がそんなにショックを受けるとはホスセリは思わなかった。

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