第2話

 鴟梟シキョウは広い食堂のドアを開けた。フクロウの頭は表情に乏しいが、が駄目だったことは知れた。ため息をつき奥へと歩く彼の前には二人のよく似た男がいた。

「父上、直接言ったらどうです」

 食堂の一番奥の席について酒瓶に口をつけている若い男に鴟梟は何度目かの言葉をかけた。男は立ち上がり二メートルの細い長身で鴟梟を見下ろす。男は真っ白な肌の半分はひどく焼け爛れていたが、残りの半分は長い黒髪の美しい青年に見えた。

「……わたしが言ってあれに嫌われたらどうする」

「子供じゃないんですから父上」

 もうひとりの長身の男がの手から酒瓶を奪った。うっすらと顎髭を生やし銀色の短い髪以外は父と同じ姿形の彼は薄暮。サタンの長子だ。

 父親はため息をつき大きな椅子に座る。

「あの子の周りにお前たち以外の男はいないのか」

「いませんね、あの子はもっぱら女友達と遊ぶか研究にせいをだすか…」

「人で言えば18だぞ」

 父親は少なくともこの時代のヒトの世でならいき遅れた娘を思ってうめき声を上げた。

「どうしたものか…」

 それを眺めている二人の兄はため息をついた。勿論父に対して。






 アルトラは長い廊下を歩いていた。

 屋敷にはふんだんにヒトにはまだ理解しきれぬ技術が使われており、外から見たより屋敷の中は物理的に確かに広い。

 鴟梟シキョウなどは自転車なんかを使って移動したりもするがアルトラは歩くのが好きだ。よく手入れの行き届いた苺を壁の蔦からもぎとって囓りながら、時には天井に今にも降り出しそうな雨雲を見つけて走りながら、それから美しく咲いているさるすべりをひと枝無造作に取り、丁寧にハンカチで持ち手を包んだ。

 だらだらとこの《森の廊下》を歩くと突き当たりに屋敷で一番大きい扉が現れた。

 ポケットから鍵を一つ。

 かちゃんと鍵と鍵穴のルビーをぶつけるように合わせ鳴らす。ルビーが鳴動し始める。扉の傍の柱から黒い蜘蛛に似た生き物が現れる。黒い線だけでできた無機質なそれが細い足でアルトラの瞳の光彩を認識する。

【アルトら様、本日二度目の御入室ですか?】

 黒い線がノイズの混じった声で首をかしげる。

【本日の栄養値、温度湿度pH値血液供給量全て問題ありません。術設備におきましても】

「弟に会いに来たの」

 感傷よ、と言うと黒い線は頭を下げて

【申し訳ありません、感情の機微に疎く】

「いいの、あんたは十分やってる」

 黒い線は労われると恐縮ですと呟いてから柱の中に下がった。

 それを見届けてから、重い扉をアルトラは開けた。


 一番高い天井はカスミで見えない。

 術設備や様々な科学機で無機質なばかりと思いきや、この部屋には水色で空を描いた狭い壁の一部や、世界各地の幼児用玩具が並べられていたりしてなかなかカラフル。

 一番中心に赤黒い内臓が浮いている。

 母の子宮だ。

 中にはまだ生まれていない男の赤ちゃんが入っている。子宮は時々蠢いて、中の赤子が元気なことを示す。

「ノイズ、おねーちゃんは寂しいぞ」

 つぶやいて、アルトラは子宮の近くの椅子に座った。

「ねえ」

 子宮の中に届かない独白を吐き出す。

「あなたもいつか恋をするのかな、ちびちゃん」

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