第1話

「見合いの絵は気に入らなかったか?」

 鴟梟シキョウはアルトラの部屋の隅に乱雑に積まれたキャンバスを使用人に外へ運ばせて尋ねた。部屋の中は散らかり放題で、肩が丸出しの下着のワンピース一枚をだらりと来たアルトラがシロクマの毛皮のじゅうたんの上に寝そべっている。彼女は薄目で兄を睨むと口をつぐんだまま幾つものクッションに埋もれるようにそっぽを向いた。

 兄は肩をすくめてシロクマの頭の上に腰掛ける。

「誰かしら孫の顔でも見せてやれれば」

「鴟梟の兄貴の好きな人に産んでもらえばいい」

「生憎、私の好きな人は子供が産めないんじゃないかな……」

 えっとアルトラは飛び起きて、クッションを一つ抱えたまま早口にごめんと言った。

「知らなかった、そうなの?

 ごめんなさい無神経だった」

 今度は鴟梟が気まずそうに立派な嘴を掻いてごめんと言った。

「冗談だよ、いや……産めるだろうな、産もうと思えば。ただ立場がまずくなるという話だ」

「なあにそれ、もしかして兄貴人妻とか好きなの?」

「いいや?

 いや……まあこの話は今度にしよう」

「ダメだよ!

 誰が好きなの? ねえってば!」

 まあるい目をくるりと回して、鴟梟は立ち上がった。

「まあ、ゆっくりでもいい考えておいてくれよ?

 結婚相手」

 ここだけの話だが、と兄はニヤリと

「どんな身分の男でもお前が好きなら父上は結局許すと思うぞ」

 と笑った。

 うるさいなあ! とアルトラは頬を膨らました。



 長兄の薄暮は落ち着いた人だ。

 そして忙しい。

 地下の王たる父の補佐として働き、臣下の信頼も篤く時に感情的になる父のいいブレーキ役になっている。優しい。花瓶の花が枯れだすと寂しそうな顔をするようなひとだ。

 きょうだいは皆仲がいいがアルトラは妹なのに彼の浮いた話を何百年と聞いたことがない。

 姉の赫灼かくしゃくは美しく着飾るのが好きだし、大人しめだが芯のある人で主張をちゃんとする、格好のいい女性だ。父としては、それが男にうけるのか不安らしいが、父はじめ堕天して地下にいる男たちはそういう女が好きなのだと召使いから聞いた。

 浮いた話、も聞いたことはあるのだがどうも決定打に欠けているらしい。

 そして好きな人がいるらしい鴟梟。

(わたしが焦る必要ないんじゃない?)

 ぼんやりと石造りの窓から外を眺め、アルトラは首を傾げる。

 見合いの絵が大量に届きだしたのは、長兄と次兄による。あの二人に、父が孫の顔はまだかとせっついたのだろうか?

 そのとばっちり、ということなのか。

 ……だって


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