星満つる青天、陽の満つる暗夜

武井むすたーふぁ

第1話 殺人鬼は夜に躍る

 人が死ににくい施設と、死にやすい施設がある。

 死ににくい施設は、半分病院状態の特養型施設だ。夜勤の看護師が常駐していて、放っておけば死にそうなお年寄りを一時間ごとに巡回しているような施設だ。

 対して、やりやすい施設、というものが必ず存在している。

 さて、どこをつつけばいいか。


 その者は、寝ている意識のないお年寄りの口を開けて、長く伸ばしたクリップの尖らせた先を慎重にピンセットで突っ込みながら考える。

 十分に明るいライトで口の中を照らし、おいそれと看護師が視認できない、喉の奥を何回もひっかく。

 お年寄りが意識のないままえずく。げっげっと力なく反射するのがおさまってから、また慎重にひっかく。

 げっ、と強い反射が起こる。

 お年寄りの舌根が上がり、口が閉じる。クリップは長いので、飲み込まれる心配はない。お年寄りが苦しそうに嘔吐反射を続けるのを、その者は冷静に見守っている。

 無理に引き抜くと舌が傷ついてしまう。見えるところに、傷がついてはいけない。

 それだけの理由で、その者はクリップを引き抜かない。嘔吐反射自体が喉の奥を傷つけるのを、ただ静かに見守っている。

 呼吸音に液体の混じる喘鳴が起こりだす。力ない咳が起こる。お年寄りの反射が弱まり、口を開けられるようになると、その者はぐっと下顎を押し下げ、かまれないようタオルをお年寄りの残り少ない歯に当てながら、舌を押し下げ、そっと時間をかけて、クリップを引き抜いた。


「‥くさっ」


小さくその者はつぶやいた。

ちょうど、センサーが鳴った。

他の個室の徘徊か、夜中の排泄か。

確認のためにその者は部屋を後にする。

慎重に、証拠となるものはすべてポケットに入れて、そして、急変があったとして、第一発見者として、責任を全うするために。

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