吸血鬼のお引越し

 もう何度めの引っ越しなのかわからなくなっていた。

 基本的に吸血鬼は、一カ所に長くとどまらない。昔人を狩っていたころは、定期的に逃げ出す必要があった。そうでなければこちらが狩られてしまう。

 こうして追われる身ではなくなった今でも、居場所を転々としてしまう。

 他の吸血鬼も、俺のように頻繁に居場所を変えるものがほとんどなあたり、似たようなことを考えているのだと思う。つまり、人間と関わりたくないのだ。



「では、今日の授業を終わります」


 緊張の糸が解けて生徒たちはつぎつぎに表情をゆるめる。夜も遅い。彼らはおしゃべりもそこそこにして帰路についた。

 教室の外に出ると、ろうかの向こうで、見知った姿がこちらに歩いてきた。


「こんばんは」

「……こんばんは」


 少女とすれ違う。隣人であることは口止めしている。彼女はきっちりそれを守っていた。

 皮膚の表面からにおう若い血のにおい。それを感じるといらだちのようなものがわき上がってくる。授業用のファイルを痛いほど肩に押しつけた。

 タブーとしてあまり語られないことではあるが、吸血鬼の危険度はAランクでトップだ。つまり、人を襲う可能性の高い種族だ。

 それなのに、存在するためには人の近くに住まざるを得ない。吸血鬼用の血液バンクは都市部にしかないのだ。


 ポケットの中でスマートフォンが振動する。メッセージアプリを起動して、内容を確認した。


『ばんわー』

美月みつき、どうした』

『そろそろ満月だから、檻に入んなきゃなんだけど。薬飲むと頭がぼーっとするから、組み立て手伝って欲しいんだよね』

『何を出す?』

『現金だなあ。お前。ぐりふぉーんの食事券2000円分でどうよ』

『3000円』

『不老不死のくせしてけちなこと言うな』

『不老不死だから金はいくらあっても足りないんだよ』


 返信が帰ってこない。既読スルーをされてしまった。



 机の片づけをしてから自転車置き場に向かう。家に帰っても課題の丸つけや次の授業の準備などやることは多い。

 郵便受けの新聞の夕刊をとって、一面のニュースを確認する。たわいもない話ばかりだが、授業のネタになることもあるので取るのをやめられない。

 ふと美月のことを思いだし、さすがに断るのはかわいそうだ。と思い、返信をした。


『わかった。やってやるよ』

『ありがとう』


 ただの文字なのに、なぜだか棒読みに感じる。まじめに返信される方が白々しく感じてしまう。

 冷蔵庫を開けると、銀色のパウチでパックされた血液が、ずらりと並んでいる。その一つを取り出すと、封を切ってぐびぐび飲み干した。

 人を襲っていたころ、なるべく殺さないようにしていたけれど、完全に、は無理だ。それを思うと、こうして人間から購入した血液を飲んでいるのが何かの冗談に思える。

 テレビをつけると、夜の眷属への理解を訴えるCMが流れていた。うさぎとくまがころころと踊りながら主要な種族の性質を説明している。

 これを見るとばかばかしくなってすぐにチャンネルを変えてしまう。

 俺たちは基本的には化け物だ。人間のふりををするのは、そっちのほうが都合がいいからだ。。

  

 

 闇の眷属が夜に紛れていたのは昔のことだ。今は、吸血鬼も狼男も化け狐も、町を堂々と闊歩している。

 1990年から2000年にかけて、政府は人間社会に潜むそれぞれの種族と協定を結んだ。お互い譲り合いルールを守るならば、そこに社会的な差別はない。

 もちろん何もかもうまくいっているわけではないけれど、今はおおむね、平和な社会が実現している。


 ……ように、見えている。

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