第3話 金色の笑顔

窓から差し込む光に照らされ、石達は色とりどりの輝きを放つ。


私は作業着姿で庭にしゃがみ込み、無心で草をむしる。頭には父から借りたアトランタ五輪の記念キャップを被り、首には地元商工会の記念品タオルを巻いている。何ともおかしな格好だ。


普段は石屋を営む私だが、さすがに儲けの期待できない石屋の店番だけをして気ままに過ごしているわけではない。


——— 働かざるもの食うべからず ———


庭や畑、田んぼに出て両親の作業を手伝う。石屋の店に立っていられるよりも作業をしてもらったほうが両親は当然喜ぶ。大喜びである。


ここで、おそらく多くの人が抱くであろう疑問にお答えしておく。


この間、店は閉めてきているのか?(防犯的な意味で)


不在の時に来客があった場合気づかないのではないだろうか?(せっかくのお客様が・・・)


心配することなど何もない。私はもくもくと草をむしる。


なぜこんなにこの石屋は安心しきってひたすら草をむしっているのか。そんなにゆるい経営形態の石屋なのか?やる気がないのか?


それは違う。なぜなら私には頼れる味方「お花ちゃん」がいるからだ。


お花ちゃんは母が嫁入りの時に我が家に連れて来たというお気に入りのこけし人形である。全長は週刊少年●●2冊分・・そこそこでかい(笑) にっこり微笑む笑顔が可愛い美少女だ。


そんなお花ちゃんの秘密・・・


私は彼女に店番を頼んでいるのである。


「何を馬鹿なことを言っているんだこいつは」と思う人もいるだろう。しかし、事実、お花ちゃんはしっかりと私が留守にしている間店を守ってくれているのである。


お花ちゃんは実はただの可愛いこけし人形ではない。看板娘ロボットなのだ。


私の友人に「浅野アサノ」というコンピューターオタクがいる。彼はお花ちゃんを高感度センサーを搭載した看板娘ロボへと生まれ変わらせた。


店に客が入ってくると即座に高感度センサーを働かせる。


「いらっしゃいませ。只今店長が参りますのでお待ちくださいませ。」


客に挨拶するお花ちゃん。彼女が発する言葉はその1種類のみである。何も知らない客がこけし人形が喋るという恐怖体験に腰を抜かし逃げてしまうかもしれないというリスクを抱えたとんでもない接客方法だ。


お花ちゃんからの来客情報はすぐに私の携帯電話に入ってくるようになっている。併せて店内の防犯カメラの映像も手元で確認できるようにしてくれた浅野アサノには感謝の気持ちが大きすぎてもはや言葉がみつからない。


足元をアリの隊列が通り過ぎていく。木の実のかけらであろうか、あるいは人間の食べかすの一部であろうか、それとも他の生き物の体の一部であろうか・・・何かはわからないが、とにかく小さな白い塊を必死に運んでいく。


巣穴に吸い込まれていくアリの隊列を横に、私は空を見上げる。今日はやけに暑い日だ。


—— !!!!! ——


携帯が鳴っている。お花ちゃんセンサーが反応している。全くセンスのない記念タオルで汗を拭い、私は店の方へと向かった。


「いらっしゃいませ〜」


店の中には高校生くらい少年が立っていた。どこかで見覚えがあるような、でも思い出せない。


「こんにちは、会うの久しぶりだね。」


クールな雰囲気の少年が、少し口角を上げて微笑んだ。


「・・海斗くん・・か?」


「はい」


最初に目に入って来た冷めた感じの少年。かすかに笑顔が見えた瞬間、すぐに思い出した。齋藤さんちの海斗くんである。


「こんなに大きくなって・・・最後に会ったのは海斗くんがまだ中学入る前だったからなぁ」


「本当、昔はお兄ちゃんにはよく遊んでもらってたからね」


懐かしい。小さくていつも私にちょこちょこくっついてきた男の子はたくましく成長していた。


「ちょっと休んで行けよ!母ちゃんも喜ぶし」


「いや、あの、お構いなくっ」


遠慮気味の海斗くんを接客用テーブルにいざなう。


「母ちゃんお客さんだよぉ」


いつも通り母を呼ぶ。


「はいはぁ〜い」


奥から母が登場。


「あっらぁぁぁ〜!海斗くんじゃないのぉ!こんなに大きくなって」


「お久しぶりです」


「ちょっと待っててねぇ〜おばちゃん準備してくっから」


母は海斗くんと久々に会えて相当嬉しいのか、興奮した様子で奥へ下がっていく。「おもてなしテロ」の準備である。


「おばちゃん、相変わらず元気だね」


「すっげぇパワーだよな・・田舎のおばちゃんパワーってやつか?」


長年会っていなかったのだから当然といえば当然だが・・・話がなかなか進まない。お互いにぎこちない会話のやり取りを続ける。


「海斗く〜ん、お待たせぇ」


母がおもてなしセットを運んでくる。今日は煮物漬物は一切なし。お茶菓子入れに大量に放り込まれたクッキーやチョコレート、揚げ煎餅にオレンジジュースが添えられる。


「ゆっくりしてってねぇ」


母が立ち去ろうとする。


「えっ、母ちゃん行っちゃうのか?」


「二人でゆっくり話しでもしてなぁ」


母はにこやかに手を振りながら居間へと戻っていく。ぶれない女だ。おそらく今の時間は父とお菓子片手にプロ野球のデイゲーム観戦中である。


気まずい空気が流れる。


このままではまずい。何か話題を・・・。必死で私が頭を働かせていると、


「今日さぁ、最初こけしがしゃべったからびっくりしたよ」


海斗くんの方が先に口を開いた。


「可愛いだろ。お花ちゃんていう看板娘ロボットなんだよ。」


すると、海斗くんは瞳を輝かせる。


「ロボット?!すっげえ!!このお花ちゃんって他に何かできるの?」


興味津々といった様子で嬉しそうに尋ねてくる。


「ふふっ・・・あの言葉しか言わないよ。」


「何それ全然すごくねーじゃん(笑)」


やっと会話の中で笑いが生まれた。間違いなく、今日1番の輝くような笑顔である。会えなかった長い年月にできてしまった距離をお花ちゃんが縮めてくれたようだ。


「なんかこのお店ってさぁ、綺麗な石がいっぱい並んでておもしろいね〜」


「人口じゃない、自然が創り出したものだからなぁ・・・本当すげえよな。」


私は棚から針入ルチル水晶クォーツ単結晶ポイントを取り、布で優しくクリーニングする。水晶の中で自然に形成された金色の美しい針。優しく、独特の輝きを放っている。


「こーゆー石ってどこで買ってくんの?」


「んーー俺は海外から直輸入してるけど」


「うっそ!業者とか通して買うんじゃないの?!」


「まぁ、ネット通してだけど・・Skypeとかメールとかで直接交渉しながら買い付けてるよ」


「まじかよ!やっぱアフリカとか、あの辺の国だよね」


もう海斗くんは異国との直接交渉という壮大なキーワードに興奮を隠せない。


「アフリカもだけど、ブラジルとか中国、ロシア、ネパールとか・・・色々だな」


「すっげえなぁ、お兄ちゃんどんだけ外国語できんだよ」


「算数と理科は嫌いだったけど、外国語はなんか得意だったんだよなぁ」


私は、子供の頃から世界のあらゆる国々の文化・民族・建築物・食べ物・・・異国のものへの興味関心が人一倍強かった。まだ小学校に上がる前、父にせがんで買ってもらった英語のドリル。高校へ進学する頃には既に英語、中国語、ロシア語は独学で習得してしまっていた。


高校では選択科目でフランス語を学び、並行して独学でスペイン語の勉強をした。語学の勉強は全く苦にはならない。新たな言葉を覚えるたび、なにものにも代えがたい達成感を得られる。何より、当時の私は自分の言葉で、文章で、いつの日か異国の人々と交流したいという夢を抱いていた。


大学では得意の英語を専攻しつつ、ポルトガル語、ネパール語を学んだ。英語は得意分野のため、出席日数さえ足りていれば少々のことで単位を落とす心配はない。アメリカへの1年間の留学、そしてコンビニ弁当盛り付け工場で働きながら少しずつ金を蓄え、中国への1ヶ月ほどの気ままな一人旅も果たすことができた。


大学時代は自分にとってはまさに夢のような4年間であったのである。


長年培ってきた語学力は確かに、今、石屋を営む私にとって大きな武器になっている。


儲けはほぼ無いが(笑)


「お兄ちゃんと久しぶりに会って楽しかった」


海斗くんは椅子を引き、腰を上げる。


「そりゃあよかった!またいつでも来いよ」


「うん、なんかよくわかんないけど・・ここでお兄ちゃんときれいな石見ながら話してたらすっきりしたかも」


海斗くんはにこやかに笑う。私はそんな彼を見て、少し無理をして笑顔をつくっているような印象を受けた。


「ごちそうさまでした!」


店の入り口で海斗くんを見送る。


彼は確実に心に何か抱えている。しかし私にはそれを知る術はない。


針入ルチル水晶クォーツの針の色。この金色のようにきらきら輝く彼の笑顔をまた見せにきてほしい。


私の心は彼の背中に語りかけるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

色彩の石屋 黒川 香史 @kurokawa_tohoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ