必ず実る恋愛相談

加賀美 白雪

必ず実る恋愛相談

 片想いなんて実らなけばいい。強く強く願っているのに、なぜか必ず実ってしまう。



 私、小清水なぎさはよく恋をする。恋の相手は大抵クラスの友達で、よく会話をする仲が良い(と私は思っている)男子が多い。例えばこの前まで好きだった人はクラスのムードメーカー的な存在で、とても明るい人だった。その前の、中2のときに好きだった彼は、スポーツ万能で誰もがイケメンだと認めるくらいかっこいい人だった。その前は困ったときにいつも私を助けてくれる優しい人で、さらにその前は…どんな人だっただろう。とにかくこの16年間、私はいろんな男子と仲良くなっては恋をしている。男子っぽい言動をたまにしてしまうが、結構これでも女子っぽいところもあるんだ。恋する乙女ってなんか良い響きだし、女の子って感じがするからなんか憧れる。

 今回も、帰りが一緒になることが多いクラスの男子に恋をしてしまった。彼の笑った顔がとてもいい。心の底から幸せそうな、見てるこっちも嬉しくなるような、あの笑顔が私はとても好きだ。彼を笑顔にできるなら私はなんだってしたい。そう、彼の幸せを、私は願っている。願っている…はずだ。

「今日も柊さん、可愛かったなー。こう、しっかりしてるんだけど女の子らしく可愛くて守ってあげたくなる感じ!お前もわかるだろ?」

「あーそりゃまあねー。」

今日も彼と同じ道を歩いている。会話の内容もいつも同じ。柊さんとは彼、吉野の片想いの相手だ。吉野は柊さんに恋をしている。彼が幸せになるのも悲しくなるのも、ほとんど柊さんが理由だ。そして彼は私に、柊さんにどう接したら仲良くなれるかを相談してくる。それに私は的確にアドバイスしていく。アドバイスしたときの「おお!さすが小清水!」と喜んでくれる様子を見れば多少気持ちも落ち着くが、内心は穏やかではない。アドバイスなんて本当に実践する必要なんてないから、ずっと私と楽しく会話してようよ!それでさ、もし私があなたを幸せにしてあげられたら、そうなったら、すごく嬉しいんだけどな。


 私が帰り道を歩いていると、後ろからバタバタと近づいてくる足音がする。避ける必要はない。

「小清水ー!聞いてくれよー!」

やっぱり彼だ。足音でわかるようになるなんて、私は相当変態なのだろうか。

「どうした?また一言も会話できなかったの?」

「違うんだよ!この前、小清水に言われた通りにしたらさ!柊さんと自然に会話できたんだよ!!しかも笑った顔も可愛かったし、すげえ嬉しい!」

 ああ、また関係が進んでしまった。

「それ本当に自然に、だったの?吉野のことだから、ただうるさくしてただけじゃないの?」

「なんだよそれ!今回は違うからな!そうそう、意外と柊さんってロックとか好きだったんだよ。それで今度CD貸そうか?みたいな話になってさー、なにがいいかな?やっぱ、いきなりマニアックなのじゃないほうがいいよなー。」

こんなのはもう慣れている。と言いたいが、今回は少しペースが早い気もする。そこはやっぱり吉野の人の良さが出たのか。そりゃこんだけ馬鹿正直な性格なら、あの控え目な柊さんも笑っちゃうだろうなー。…いいなあ。

「なあ、小清水はどう思うよ?」

「考えすぎ。そこは吉野の好きなのを素直に貸してあげたらいいと思うけど?それで趣味が合ったら最高じゃん?」

「確かに!やっぱ、小清水って相談しやすくていいわー。毎回ありがとな!俺、頑張るよ!」

今まで何度もこういう言葉を聞いてきたが、どう受けとればいいものか…。嬉しいんだけどさ、いや、嬉しい。ああ、その顔ほんと、うん。やっぱ吉野が好きだな。その笑顔のためなら喜んで嘘をつこう。それくらい簡単なことだ、頑張れ私!

「そういえば、小清水は好きな人とかいないの?」

 私、もう頑張れないわ。

「はあ?いるわけないでしょ。それに私に恋愛なんて合わないだろうし。」

「合う合わないとかじゃなくね?別に俺はお前に好きな人がいるって言うなら応援するし、相談にものるからさ。なんか、こう、俺ばっかりって申し訳ないじゃん?だから役に立てないかなって。」

なら私に恋してください、とは言えず。でもその言葉にきゅんっとなってしまった自分がいて、それがなんだかとても恥ずかしくて、適当に誤魔化していたらいつもの分かれ道まで着いてしまった。今日はなんか疲れたし、決意は揺らぐし…いや、揺らいでなんかいない!私は吉野のためなら、自分の心に嘘つくくらいできる!はず!

 今日は、初めて学校で吉野と柊さんが話してるのを見た。吉野とは同じクラスだが、柊さんは他クラスのため会うことはほとんどない。その二人が、廊下で楽しそうに話している。柊さんが手に持っているのはCDだろうか。そういえば、吉野が何を貸そうか、なんて話をしてたな。気に入ってくれたのだろうか。あのCDは私も持っているんだけど、話題に出したところでどうなることもないので出していない。それにしても、本当に楽しそうだな。…なんか辛いや。教室に戻ろう。

 今日は席替えの日だということをすっかり忘れていた。特に何かを期待する間もなくくじ引きは終わり、吉野は出入り口近くの席で、私は窓際の席になった。前とそんなに距離は変わらない。きっとこれくらいの距離のほうが気持ちも落ち着くだろう。もう少し近くでも良かったんじゃないかとも思うが、それは心の奥にしまおう。きっと表に出しちゃいけない感情だ。それにどうせ今日の帰り道はさっきの話で持ちきりだろう。ある程度は想定しておかないと、また変な気持ちになったら困るし。そう、私は彼のために頑張るんだ。決めたんだ。

 案の定、今日の帰り道は廊下でのあのCDの話題で持ちきりだった。

「小清水の言うとおりにさ、俺が好きなバンドのCD貸したんだけどさ、めっちゃ気に入ってくれたみたいで!柊さんもお礼にって、俺にCD貸してくれて!これ!!もうなんか、あの柊さんが貸してくれたってだけでなんかもう幸せだわー…。」

 吉野が笑ってる。

「はいはい、きもいよー吉野くん。」

「はあ!?きもくねーし!単純に嬉しいだけですー!」

「はーい、一旦落ち着こうねー。良かったねぇー。」

「お前、ちょっとは一緒に喜んでもいいだろー?お前のおかげでもあるんだし。本当にありがとうな、小清水。」

 嬉しいはずだ。吉野の笑顔は最高なんだ。見るだけでこっちも幸せになれるのに、それなのに、今はこう、なんだろう…すごく寂しい。でも笑わなきゃ。吉野が困ってしまう。なんとか、楽しい会話にしなくては。

「こちらこそ。仲良くなれてそうで何よりだよ。」

「…小清水、なんかあった?」

 え?

「いや、別に…?どうかした?」

「なんか元気ないように見えてさー。明るくないとお前らしくないだろ?困ってることがあるならなんでも俺を頼れよ?」

 頼らない。

「お前のためならまあ、俺ができる範囲でなら助けるからさ。」

 わかっている。

「だからなんかわかんねーけど、元気出せよ?」

 彼には好きな人が

「…ありがと。そういえば、気持ちはどうなの?その、やっぱさ、柊さんのこと…今でも好きなんでしょ?」

「ばっ…!お前!そりゃ…その俺は柊さんがす…好きに決まってるだろ!!言わせんなよ!!!」

 そりゃそうだ。うん、知ってた。

「顔真っ赤じゃんかよ、面白いなー。」

「からかうなよ!小清水!!」

 からかってなんかいない。

「はいはい。じゃあ私こっちだからまた明日ね!」

「おう!」


 あれから1ヶ月近く経つが、吉野と柊さんのCDの貸し借りは続いてるらしい。吉野はそれを自慢げに、楽しそうに毎日話している。

「席替えしてほんと良かった!出入り口に近いからさ、休み時間とか柊さんのところに行きやすいんだよな!」

「吉野の友達って寛大だよね。柊さんのところばっか行ってていいのか。」

「そこらへんは…その…俺の友達も察してて…」

「なるほど、吉野が柊さんを好きだってことはバレてると。」

「なっ、いや、その、ちげーし!!」

吉野の友達まで応援するかあ。それもそうだよな。でも、吉野が幸せそうで何よりだ。

「あのさ…俺、そろそろ柊さんに告白しようと思うんだけど…小清水はどう思う?」

 は?

「早くない?どうしたの、急に。」

「いや、なんかさ。CDの貸し借りもここまで長く続くとは正直思ってなかったし。それに柊さんから、今度一緒にCDショップに行きませんか?って誘われてさ!!」

「あ、うん」

「これってデートだよな!?俺、どーしようかと思ってさ!!」

「OKしたの?」

「そりゃあ!特に言われた日に予定もなかったし!!あー俺、今からでも超楽しみなんだけど!!どうしよ、小清水!なんか気をつけることとかある!?」

ああ、どうしよう。たぶん告白は上手くいくだろう。それに、うん、吉野は幸せそうだ。なのに、ここから今すぐ逃げ出したい。こんなに吉野が笑顔なのに。見れない。

「んー、まあ服装とか?そのままでいいと思うけど。」

 アドバイスなんてするな。

「俺、こういうの初めてだからさ!なんか変なこととかしないか不安で…」

「吉野が変じゃない日なんてないっしょ」

「そんなことねーし!真面目に考えろよなー!」

 考えたくもない。

「今週末だっけ?まあ、告白なんてその場の流れだろーし。特に私から言うことなんてないよ。そういうのは気持ちが一番!」

 違う。

「そうかあ…そうだよな!!あー、今から緊張してどうする俺!頑張れ俺!」

「ここが勝負どころでしょ。頑張れ、吉野!」

「おう!ちゃんと結果は報告するから!じゃあまたな!」

 今すぐあなたに好きと言いたい。


 吉野の告白は成功した。私は教室の窓から、二人が手を繋いで帰っていくのを見ている。

 あのあとの吉野は凄かった。私に会うなり「小清水、小清水!!き、聞いてくれ!小清水!」とうるさかった。聞くまでもなく、内容は週末のデートのことで。様子から見てもわかるように、もちろん告白は成功して付き合うことになったらしい。私は当たり障りがないように、精一杯の笑顔でおめでとうと言った。気がする。

 

 今思えばそうだ。私が恋をする度、必ずその彼には片想いをしている子がいた。その子達はみんな女の子らしく、可愛い子達ばかりだった。私はそんな女の子達みたいになりたかった。恋をすれば女の子は変わるとどこかで読んだ気がした。好きな人のために可愛くなる努力をして、好きな人のためならなんでもできるのが女の子なのだ、と。

 だから、好きな人のために頑張った。好きな人が幸せになれるなら、私は恋愛相談に乗ろう。精一杯のアドバイスをして、好きな人の片想いが実ればきっと、その人はもっと幸せになれる。そのためなら、頑張ろう。そう、ずっと思ってた。でも違った。これでは私が虚しいだけだ。私の勝手な自己満足だ。私は…

 聞き覚えのある足音がした。どんどんこの教室に近づいてくる。この教室には私しかいない。誰?…そんなの見なくてもわかる。ずっと聞いてた足音だ。今はもう、隣を歩くこともないだろう。

「…どうしたの?吉野。」

「あの…!あのさ、小清水!!」

「そんな急がなくてもいいでしょ。柊さんは?」

「柊さんには下で待っててもらってる。あのな、小清水。お前にちゃんと、言いたいことがあって!」

「なに?」

「今まで本当にありがとう!!」

 吉野が、笑ってる。

「お前のおかげだった!お前がいてくれなきゃ、俺だけじゃこんな上手くはいかなかっただろうし。」

「そりゃね。」

「だから、小清水のおかげなんだ!俺、小清水が俺のことを本当に気遣ってくれてたのわかってたし、こんな相談でも毎回真面目に答えてくれたのめっちゃ嬉しかった!俺、お前と話してる時間もすごく楽しかった!!」

 え?楽しかった?私との時間が?

「だからさ、お前も自分の恋愛頑張れよ!前も言ったけど、俺めっちゃ応援してるから!!」

 そっか…私、

「役に…立てた?」

「そりゃもちろん!!!」

 そっか、…そっか。

「ありがとな!小清水!!」

 ああ、最高の笑顔だ。やっぱり、吉野の笑顔は見てるこっちも嬉しくなれる。

「こちらこそ。」

「おう!じゃあ俺そろそろ」

「ちょっと待って、吉野。」

「ん?」

 吉野には申し訳ないけど、好きな人のために自分を押し殺すのはもうやめよう。これからは、ただ純粋に、好きな人を好きでいよう。

「吉野。私、ずっと吉野のことが好きだったよ。」

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