第19話 (最終話)五十嵐和子基金

放送の2日後、1本しかないリビングの電話が電話が鳴りっぱなしになった。番組を見たお寺の住職や公園墓地の管理会社からお墓清掃の依頼、そして新聞、雑誌社、テレビ、ラジオからの取材の依頼、広告印刷会社からチラシ製作などの売り込み。


そしてその後、3社の雑誌と2社のテレビの取材を受けた。クライアントは一気に増え、アルバイト増員の手配や各地のリーダーの育成、教育に時間がいくらあっても足りなくなってきた。

その一方で、『ヨンダサービス』の仕事が非難されることもあった。


『墓の掃除という弱みに付け込んで大儲けしている』

『たった5分の掃除で月に数万円の契約料』


成功したビジネスへの嫉妬心でネット上にはこうした書き込みで溢れた。

そして週刊誌はこのネットの騒ぎを大々的に報じ、どう見ても好意的な記事ではなかった。


権三「どうしてこんな記事になるんだ?俺たちが親切心で始めたビジネスがお年寄   りの弱みに付け込んでるとか金儲けだけのためだとか」

勇輝「妬みとしか思えないですよ。成功者はいつの世も妬まれますから」

権三「そうだな、でも俺たち決して「成功者」ではないんだけどね」

勇輝「そうです。でも世間はそうは見ないんですね」


数日後、権三はテレビの情報番組に出演することになっていた。

毎日午後に帯番組として放送されている生放送の人気番組だ。


当日、権三は午前中に局に入り、ディレクターと打ち合わせを行った。

今までのテレビ出演時は、このビジネスの内容の話ばかりだったが、今回はこのビジネスを始めた理由やメンバーとの出会い、そして最近のネット上での騒ぎについてのコメントを話して欲しいとのことだった。


権三はディレクターに話した。


「実は私達四人は自殺願望者なのです。あるサイトで出会って集合したのですが、その時に私の妻のお墓参りに四人で出かけまして、そこで五十嵐和子さんという資産家のお婆さんに出会いました。そのお婆さんはなかなかお墓参りに来れないとのことでお墓はかなり荒れていました。そのお墓を掃除したところお婆さんが毎月掃除をお願いしたいということになりまして・・・・」


権三はそこからビジネスが始まったことや、目指しているのは利益ではなく「心」であることをディレクタに詳しく話した。


ディレクタは「自殺願望者の集まり」であることに興味を持った。


ディレクタ「原田さん、今日の番組では約10分ほどの時間を取ってあります。ポ  イントを絞ってキャスターの方とお話していただきます。一つは「自殺願望者  が集まったきっかけ」、そして二つ目は、「このビジネスを始めたきっか

  け」、そして三つ目は「原田さんはお金儲けではなく親切心でビジネスを継続  している」という事、最後に「ネットの騒ぎについての感想」としましょう。


権三「わかりました。正直に話して良いんですよね?」

ディレクタ「はい、その内容から大きく逸脱しないようにお願いします」


そして本番が始まった。

本番前のスタジオに入ると有名な司会者と三人のコメンテーターが打ち合わせをしており、ディレクタに促されて挨拶した。


司会者「ようこそお越しいただきました。本日はよろしくお願いします。先ほど   色々話を聞きましたが、元々は「自殺願望者」のみなさんが集まったんですっ  てね。そのあたりは視聴者も興味があると思いますので本番ではじっくりお話  を聞かせてください」

権三「はい、緊張して震えておりますがよろしくお願いします」

司会者「大丈夫ですよ。私がちゃんとフォローしますので」


そして本番が始まり、30分ほどした時に権三が出演するコーナーが始まった。

CM中にコメンテーターの向かい側の椅子に座り、CM明けとともに司会者が権三を紹介した。


司会者「最近話題になっております、お墓の清掃ビジネスを展開していらっしゃい  ます『株式会社ヨンダーサビス』の原田権三社長です。原田さん、ようこそい  らっしゃいました。今日は原田さんがされているビジネスについて詳しくお聞  きしたいと思いますのでどうぞよろしくお願いします」

権三「こちらこそ、よろしくお願いします」

司会者「原田さん、まずこのビジネスを始められた時の社員のみなさんが非常に特  徴的だと伺っておりますが?」

権三「はい、初めてお話することなんですが、私達は四人で会社を始めたのですが  全員が『自殺願望者』だったんです」

司会者「自殺願望者?ということは原田さんを含めてみなさんは自殺を計画してい  たということですか」

権三「はい、このビジネスを始めていなければ全員今頃はこの世にいないかもしれ  ません。自殺したいと考える者の集まるネットのサイトがあったんです。そこ  に書き込みしていた者を私が渋谷の喫茶店に集めたことがきっかけで私のマン  ションで共同生活を始めました。そして昨年亡くなった私の妻のお墓参りをし  た時にあるお婆さんに出会ったのです」

司会者「ちょっと待ってください。自殺願望者の四人の方々がネットのサイトで知  り合って原田さんのマンションで共同生活を始めたということからすべては始  まったという事でよろしいんですか?」

権三「はい、そうです」

司会者「男性2人、女性2人ですよね?」

権三「はい」

司会者「そして原田さんの亡くなった奥様のお墓参りに行た時にあるお婆さんに出  会ったと」


権三はお婆さんにお墓の掃除を継続してやって欲しいと頼まれたことがきっかけで墓地やお寺からどんどん依頼が増えていったことを話した。


司会者「なるほど、お墓の持ち主さんが「これは助かる」と言ってお願いしてきて  ビジネスが広がって行ったということですね」

権三「そうです。お寺さん同士が私どもの事を話してくれて、それを聞いたお寺さ  んがまた依頼してきたりして増えていったんです」

司会者「なるほど、それで大きな収益をあげてここまで来た、と」

権三「まぁ利益はかなり出てきていると思います。ビジネスとしてはうまく行って  いると言っていいと思います。でも私たちは世間で報道されているようにお金  儲けのためにお墓を掃除しているのではありません。困っている方々に喜んで  いただきたいだけなんです。どうせ死のうと思った四人で始めたんですから」

司会者「わかります。それでもネットのような匿名の世界では無責任に非難する人  たちがたくさん出てきています」

権三「私の考えは、このビジネスでの利益は何らかの形で世の中に還元したいと   思っています」

司会者「還元するとおっしゃいますと、寄付するとかですか?」


生放送をテレビで見ていた三人はおどろいた。


玲奈「なになに?寄付するだって!本気の話なの?」

香里「全額寄付しちゃうんですかね?私たち仮にこのまま生きていたって将来年金   ももらえないのに」

勇輝「ゴンさんらしいね。いずれそうすると思ってたよ」


権三「どうするかはまだ決めていません。例えば自殺防止の基金を作るとかになろ   うかと思います」

司会者「それは素晴らしいですね。是非頑張ってください」


番組は終了し、コメンテーターやディレクタから握手を求められ激励の言葉もいただいた。


そして翌日からは寄付の依頼の電話が鳴り止まなかった。


権三「いったいどうなってんだよ。『時の人』ってのは何をやっても話題になっ    ちゃうんだな」

勇輝「もう気にしないで仕事に打ち込みましょう」

権三「そうだな、もう取材もテレビも断るよ」

玲奈「基金とかの話ってどうするの?」

権三「ごめんな、みんなに話す前にテレビで話しちゃって。俺ってこれだからおっ   ちょこちょいって言われちゃうんだよな」

勇輝「でもテレビで話したのは良かったですよ。あれからネットの書き込みはゴン   さんを擁護するものばっかりですよ」

権三「そっか、あのさ、前から考えていたんだけど俺たちの利益を何かの基金にし   ようと思っているんだ」

香里「どんな基金?自殺防止の?」

権三「うん、俺たちは、このビジネスで生き甲斐を感じて自殺はしないでここまで   来れた。誰も口には出さないが自殺までして残りの人生を今閉じなくてもい   いなって思っていると思うんだ。だったらそんな気持ちにさせるような社会   を作っていけば悲しむ人は減ってくると思う」

勇輝「賛成です。僕もそう思います。『ヨンダ基金』って感じですかね」

権三「いや、『五十嵐和子基金』としたい」

玲奈「なるほど、お婆さんの名前を取って・・・」

香里「でもお婆さんは「自殺」には関係ないじゃないですか」

権三「そう、でもな、あのお婆ちゃんのお陰でこの基金が作れるってもんだ。すべ   ては五十嵐和子さんの気持ちがそうさせてくれたんだよ」

勇輝「そうですね、じゃぁ息子さんに許可をもらって命名しましょう」


こうして息子さんの許可を得て「五十嵐和子基金」は設立された。特に管理会社を設けず特定口座にお金を集約して、厚生労働省が支援している全国の「自殺防止対策事業」に寄付をすることとした。基金には、『株式会社ヨンダサービス』の納税後の利益の90%を収め、また賛同してくれたお寺や公園墓地の運営会社、そしてクライアントである檀家さんからも多くの寄付が集められた。


勇輝「ゴンさん、すごいですね。基金設立して集まったお金は500万円を超えま   したよ」

権三「うん、みなさん、賛同してくれたからね。このお金をキャンペーンするとか   相談員を増やすとかに使ってもらいたいね」


横浜の海は今日もセピア色に染まり一日が暮れようとしていた。


「ばかやろー!人生って楽しいもんだぜー!早く死んだらもったいねぇんだ!」


権三は海に向かって叫んだ。



-------完-------

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サクラ ~自殺願望者のドタバタ共同生活~ ジャッキーとしお @Jackey

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