Ⅲ 魔女はテロリスト?
市壁前の検査は一度に三組をそれぞれ同時に行っているらしい。
圭介たちが列の先頭に立つと、すぐに甲冑を身につけた警備隊士らしき男たち数人に取り囲まれた。
「この辺りでは見ない格好だな。どこから来たんだ?」
圭介の身体を一通り眺めた後、隊士の一人が怪訝な表情でたずねてきた。
「えと、この先の向こうにある大きな森……」
と言い終えかけて、すぐに思い直す。
「の、近くからです」
「森の近く? ……ああ、あの村。この国の人間か。なら通行証はないな。で? 今日は市場が目的で都に?」
言いながら、隊士たちは他に荷物などがないのか圭介の背後にも視線をやる。
その内の一人が被さるようにして聞いてきた。
「隣の連れは女か?」
「え、ええ」
「これまた珍しい外套を着込んでいるが……」
そう言って、隊士はフードに隠れたエメラルドの顔を覗きこむ。
その視線を嫌がるようにエメラルドはますます顔を俯かせたのだったが、それを見た隊士が面倒だなと言わんばかりにため息をついた。
「まあいい、どのみち今は特別警戒中だ。悪いがこっちの連れだけは詳しい話を別の場所で聞かせて貰う。おい」
隊士が声をかけると、後ろに控えていた別の男たちがやって来て、いきなりエメラルドの背中を押して歩かせようとした。
「ま、待ってください!」
そこで圭介は慌ててしまってある特権状を取り出して、隊士の目の前に突きつけた。
「? なんだ、通行証を持って…………」
その瞬間、隊士の顔色がさっと変わる。
「ばっ……お、おい待て! やめろ! そちらの方からすぐに手を離せ!」
「?」
突然声をあげる隊士に、他の男たちも急にどうした? と困惑した顔で圭介が持つ書状を覗き込む。
「……………」
すると、一様に表情を凍りつかせた男たちがそっとエメラルドから手を離し、そのまま恐る恐る一歩退がった。
すぐにエメラルドの肩を抱いて隣に引き寄せる。
「できればこれで終わり、ってことにして欲しいんですけど」
「と、とととんでもない! 陛下所縁の御方を調べるなど、そんなっ」
「お、お連れの御方にも無礼をば。大変失礼いたしました……っ」
ざっ、と靴音を鳴らし、隊士たちが揃って敬礼を圭介たちに向ける。
ついでに男たちに、もう出る幕はないぞと手で追い払う素振りを見せていた。
どうやら後ろに控えていたのは女性を調べる担当だったらしく、残った三人の隊士が主だった検査を行っているようだ。
にしてもすごい掌の返しようだな、と圭介は胸中で苦笑いをした。見方を変えれば特権状が想像以上の代物であるということだが、そう思うと改めてオリガには感謝するしかない。
「し、しかし、早目にお申し付け下されば、わざわざ列に並んで頂かなくても……それに、特権状をお持ちの方があのような辺鄙な村から?」
「ば、馬鹿、余計な詮索はするな!」
一人がたずねかけると、一人がすぐに脇を肘で突ついて無礼を咎める。
そんな隊士たちのやり取りを横目に、「まあ、色々あって……」と苦笑いを浮かべながら、圭介はもう一度後ろの列を眺めた。
「それにしてもこの行列……ずいぶん念入りに検査してるみたいですけど、なにかあったんですか?」
特別警戒中というくらいなのだから、やはりエメラルドが言うように普段はここまで長蛇を成す程の検査は行なっていないのだろう。後ろにもまだまだ列が控えていることを考えれば、ここはさっさと市壁の中に入るべきなのだが、どうしても気になってたずねた。
「は……ご存知ありませんでしたか?」
ただ、逆に意外だという風な反応を示される。
特権状を所持するような者であれば当然承知しているはずだが、ということだろうか。
仕方がないので圭介は肩をすくめて言った。
「すみません。世間知らずなもんで」
それをどう解釈したのかは知らないが、隊士の一人が慌てたように続けたのだった。
「あ、いえ、失礼しました。すでにご承知のことと存じますが、近くこの都で
「……
「四年に一度開催される、国同士が行う会議のことよ」
答えたのは隣にいるエメラルドだった。
「もっと正確に言えば、北のダイヤモンド、西のサファイア、南のトパーズ、そしてここ東のアメジスト……現法体制秩序を主導する四大国のみで行われる会議ね」
そう言って、エメラルドは隊士たちに向かってフードの下からわずかに顔を覗かせる。
「そう、今回はここが開催地に選ばれたの」
「その通りです。なにぶん大国のクイーンが列席する重要な会議ですので、期間中に不祥事などがあってはならないと、こうして市壁前の検査を入念に行わせて頂いているのです」
「特に今日のような日は外から来た大勢の者たちがそのまま都に留まることがあります。やはりそれなりに、と」
要は中で問題を起こす恐れのある奴に今入って来てもらっては困る、ということらしい。
もともと市壁の検査とはそういうためのものであるはずだが、大事な会議を控える時期であればなおさら普段通りにとはいかないわけだ。
ただ、理由を聞けばなるほどと頷けるものの、それにしたってと思う部分もある。
「けど、女の人も調べてるんですよね。しかも別の場所で。それってやっぱり」
服の下も? とは続けなかった。
しかし、わざわざ場所を移す意味があるとすればそれしかない。あまり想像したくはないが、たぶんエメラルドが捕まった時も同じ目に遭ったはずだ。
「いくらなんでもそこまでする必要があるのかなって……少しやりすぎじゃないです?」
すると隊士たちは互いに顔を見合わせる。
そして、その内の一人が小さく咳払いをした後、圭介にこう言ったのだった。
「お言葉ですが、女だからこそ、この場では特に調べる必要があるのです」
その一言で、すぐに察しがついた。
隊士たちは、ただ都にやって来た「普通の人間」だけに目を光らせているわけではないのだ。
「もしかして、魔女を……?」
圭介の言葉に深く頷く隊士たち。
「仰る通りです」
……そんな馬鹿な、と圭介は思った。
だとすればますます腑に落ちないことがある。
「まさか。こんな厳重に警備してるようなとこに、魔女がのこのこ姿を現すとは思えないんだけど」
理由は市壁の前に連なる行列だ。
遠目からでも圭介でさえおおよその察しはついたのだから、この世界に住む人間であればなにが行われているのかは一目瞭然だろう。そのうえで律儀に列に加わり、大人しく身体を調べられるのを待つような間抜けな魔女が果たしているのだろうか?
圭介なら絶対に並ばない。もしそんなことをすれば、わざわざ自分を捕まえてくださいと言っているようなものだ。自殺行為に等しい。
「大体、彼女たちって普段はどっかに隠れてるんでしょ? 今日みたいな人の多い日に、見つかる危険を冒してまでなにしに都に来るわけ? まさか市場で暢気に買い物、なんてするはずないですよね」
「……」
隣でそれを黙って聞いているのはまさにその言葉通りの魔女だが、この場合、例外中の例外だろう。
そう考えると、いくらなんでも杞憂なのでは? と圭介からしてみれば思わざるを得ない。
しかし、隊士の一人が首を振って答えた。
「お恥ずかしい話、普段であれば、そういうこともあるでしょう。我々もただ女だからといって、そこら中を歩く者たちに対して常に疑いをかけるわけではありませんし、きりがありません。しかし」
隊士の視線が、ちらりとエメラルドに向けられる。
「今はそうも言ってられません。この時期に都へ来る者は一人として見逃すわけにはいかない。理由があるのです」
「理由?」
圭介が怪訝な顔をして問うと、別の隊士が口を開いた。
「奴らが市壁内へ紛れ込む可能性が高いということです。それこそ危険を冒してまで」
「?」
「端的に申しますと、魔女の復讐です。我々は、魔女の報復行為について懸念しているのです」
「なっ!」
瞬間、不意に頭を殴られたような衝撃を覚えた。
と同時に、何を馬鹿なことを、と言い切れなかった自分にも気付く。
虐げられる魔女。
復讐。
まさか。いや、でも。
頭の中でじわりと染みが広がるように理解が及ぼうとする。
そんな圭介の考えを遮ったのは、隣からぎゅっと袖を掴んでくる感触だった。
見れば、エメラルドが顔を上げて圭介と同じように驚いた表情を隊士たちに向かって見せていた。
「意外に思われるかもしれませんが」
と、そこで隊士の一人が言葉を紡ぐ。
「魔女狩りの根底となります大陸法。その立役者である四人が一堂に会するわけです。しかも内三人が滅多に出るることのない自国を離れるとくれば、奴ら魔女にとっては絶好の機会であると言っても過言ではありません。特に北のダイヤモンドと西のサファイアは急進的な魔女狩り推進国ですので、同時に向けられている憎悪の念も尋常ではないかと」
他の二人もそれに続いた。
「ええ。それはあの方たち自身もご理解なさっているでしょうし、引き連れて来る護衛も精鋭揃い、しかもかなりの数が予想されます。しかし相手が魔法石を錬成する魔女ともなれば、そこで心配は無用、というわけには参りません。もちろん我が国の陛下にも危険が及ぶ恐れが」
「その通り。こうして市壁の前に立つだけで奴らを追い払えるのであればそれに越したことはありませんが、それではカラスのたむろする畑で佇んでいる
口々にそう言い終えた後、隊士たちは揃って頭を下げた。
「……」
ただ、圭介はなにも言うことができない。
それはいつの間にか顔を俯かせているエメラルドの様子も気にかかるからであり、自然、二人はただ黙ってその場で立ちすくむしかなかった。
ちょうどそこへ、別の組で検査を行っている場所から声が飛んでくる。
「おーい、なにをやってるんだお前たち! 終わったのならさっさと次に行け! 日が暮れるぞ!」
「う」
苛立ちの交じった同僚からの叱責に、隊士たちは首をすくめ、慌てたようにこの場を切り上げ始める。
「も、申し訳ございません。我々も次へ取りかからなければ」
「……いえ、俺のほうこそ、なんか邪魔しちゃったみたいで……お仕事、頑張ってください」
「恐れいります」
と、そこで足早に立ち去ろうとした隊士の一人が、「ああ、そういえば」と思い出したように付け加えた。
「大事なことを一つ忘れてました。期間中は市壁の外に出る際にも規制が。大広場の鐘の音を合図に、一斉に城門付近を閉鎖します。鐘は定期的に鳴りますが、次の音が鳴るまではいかなる理由があろうとも外へ出ることは叶いませんので、こちらだけご注意を。もっとも貴方様の場合、懐にあるそちらをお見せ頂ければその限りではありませんが、一応」
そう言い伝えて去る隊士の背中をしばらく眺めた後、圭介たち二人は互いに言葉を交わすことなく、そのまま市壁の中へと足を踏み入れたのだった。
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