バナナギフト

桜庭かなめ

バナナギフト

『バナナギフト』



 すってんころりん。


 僕の最期はあっけない。

 暗闇に浮かび、月明かりに照らされるバナナの皮。

 僕が最期に見たのはそれでした。

 連日の残業続きで疲れた僕が悪いのか。

 暗いのをいいことに、地面にずっと這いつくばっていたアイツが悪いのか。

 あぁ、もう何もかも分かりません。

 さっぱり分かりません。

 だって、僕は死んだのですから。

 ただ、これで仕事という奴隷生活から解放されると思えば、これでいいのかも。

 それでも、もしかしたらアイツを恨んでしまうかも。



 確かに死にました。黄色いアイツのせいで。

 でも、『僕』は死んでいなかったようです。

 あぁ、もう何もかも分かりません。

 さっぱり分かりません。

 目の前に可愛い女の子がいて、彼女からあなたを転生させたと言われても。自分が女王だと言われても。

 だって、僕は死んだはずなのですから。

 そして、彼女は自分の奴隷になれと言ってきたのです。不機嫌な顔で。

 あぁ、どこにいても奴隷なのか。

 このまま死ねば良かったと思いました。

 どんなに可愛い女の子相手でも、奴隷扱いは懲り懲りです。

 やっぱり、アイツを恨むべきかも。

 いや、恨むべきでしょう。



 さすが、とたくさん言われました。

 凄いね、とたくさん言われました。

 あぁ、もう何もかも分かりません。

 さっぱり分かりません。

 このくらいは常識として身についていると思ったのに。彼女は当然知っていると思ったのに。女王様なのに。

 馬鹿にする気も起きず、ただ頭を抱えました。

 元の世界で僕はたくさん馬鹿にされていたのに。こんなことも知らないのか。こんなこともできないのか、と。

 仕方ないので女王様の知らないことを一つずつ教えていきました。

 そのおかげで彼女から笑顔を見ることができました。

 まさか、女の子の笑顔を間近に見ることができるときが来るなんて。

 やっぱり、アイツには感謝すべきなのかも。



 あなたの奴隷になる、と言われました。

 そして、立場が逆転しました。

 あぁ、もう何もかも分かりません。

 さっぱり分かりません。

 僕はただ、普通のことを教えていただけなのに。常識なのに。

 それでも、彼女曰く、高級な内容らしいのです。

 第一に女王様のあなたが奴隷になったら、僕はどう名乗ればいいんですか。さっぱり分かりません。

 女王様が僕の奴隷になったということもあってか、たくさんの女の子が僕の奴隷になりたいと言ってきました。

 僕は断りました。奴隷はなりたくてなるもんじゃない。誰かが勝手にそう扱うもの。

 それでも、彼女達は離れませんでした。それどころか好意を持たれました。

 本当に馬鹿な方達です。呆れてしまいます。

 でも、嫌いではありません。

 それに、好いてくれる女の子に囲まれるのは悪くない。元の世界では縁がない。

 やっぱり、あなたには感謝すべきなのかも。



 元の世界では僕が誰かの奴隷。

 この世界では彼女達が僕の奴隷。

 生きている世界が違うだけで、こんなにも立場が変わるのですね。

 誰かの上に立ち、僕を好いてくれる女性に囲まれる。

 元の世界では考えられなかった生活を僕は送れているのです。

 控え目に言って幸せです。

 このままこの世界で過ごしていければいいです。

 絶対に、あなたに感謝すべきですね。



 唯一つ、心残りなのは……元の世界で僕のことを散々こき使ってきた奴等へ復讐ができないこと。今の僕なら何だってできる気がしました。

 でも、いいです。勝手に生きて、勝手に死ねば。

 今後、干渉することはないのですから。

 ただ、奴等には死んだら地獄に落ちると願います。そのとき僕が関われるなら、確実に。奴隷である女王様に命令しておきましょうか、念入りに。

 そんなことができるのも、あなたの存在あってこそ。



 全てはバナナの皮……あなたのおかげです。

 アイツ呼ばわりしてごめんなさい。

 時には恨んだりしてごめんなさい。


 そして、あの時……僕を滑らせ死なせてくれてどうもありがとうございます。最高の贈りものです。

 異世界より、感謝を込めて。




『バナナギフト』 おわり

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