10. 宇佐美ふたたび

「よう、お帰り」


 社へ戻ると白菊が、和服でだらしなく畳に寝そべり、テレビを観ていた。

 ルナールの姿ではなく、最初に会った美青年の姿で。

 驚くべきことに、あの小さな社殿の奥には、ここの他にも何部屋かの和室と、キッチン、バストイレがあり、エアコンなどの家電やネット環境まで、しっかり整っている。

 あそこに、こんだけのもんが収まりきるとは思えねぇし、どっか異空間とでも繋がってんだろうか。


「どうだった、初登校は」

「ああ、うん。いろいろあって疲れた」

「風呂入るか、それともメシか?」

「あー、メシはいらねぇ」

「食わなきゃ精が付かんぞ。また倒れたら、どうすんだ。あっ、それとも、オレから直接エネルギー補給を――」

「御飯下さいっ」


 即答すると、部屋の真ん中にある卓袱ちゃぶ台を示された。

 上には弁当らしき包みが載っており、開けてみると、箱詰めされたいなり寿司だ。

 昨夜ゆうべも朝もコレだったが、飽きねぇのか、コイツは。


「今夜のは、スーパーやコンビニのじゃなく、北鎌倉の老舗しにせのだ。美味うまいぞ」


 いつの間にそんな遠くまで買いに行ったんだか知らねぇが、白ゴマのかかった細身のおいなりさんは、お揚げが甘くジューシーで、ゴマの香ばしさがまたよいアクセントとなり、確かに美味い。

 あっという間に平らげ、冷ましたお茶を啜っていたら、また白菊が話しかけてきた。


「それで、ずいぶん遅かったけど、なんかあったのか?」

「ああ。偶然、昔のクラスメイトに会ったよ。顧問に頼まれたとかで、時々後輩の練習、見に来てんだって」


 もっともそれは、吹奏楽部OGである宇佐美の話で、義日はひまだったから遊びに来ただけらしい。


「へえ。そいつは偶然だな。で、何か話したのか?」

「えっと、オレの幽霊の噂を少し」

「ああ。西階段トコな。体育祭とか球技大会の頃に、よく出るんだっけ」


 いいながら、ニヤニヤ笑う白菊。

 めっちゃ腹立つ。


「出ねぇよっ。そもそも、幽霊なんて本当にいんのか?」

「さあ? 見たことねーからわからん」

「ねぇのかよっ」


 自分もワケわからん存在のクセに。


「そういや、ルナールってなんなんだよ。フランスとのハーフとか、やたらキラキラ目立ちやがって。あんた、いつからあの学校にいるんだ?」

「ああ。オマエを転入させるついでに、ちょっと術かけて潜入させて貰った。ハーフっつうのは遊び心ってヤツだ。家族構成とか病歴とか、細かい設定もあれこれ考えてあるんだぜ。知りたいか?」

「いいよ、別に」


 病歴とか、マジわからんわ。


「あっそ。それよか、何か思い出せたか。オマエの犯した罪について」

「いや、何も」

「だったら、そいつらと――昔のお友達と、もっと話してみるんだな。桜田頼正について、客観的な意見を聞けば、何か思い出せるかもしれんぞ」

「そんなん聞いて、怪しまれねぇか?」

「それはまあ、オマエ次第だ。頑張れ」


 ――てなことを、軽ーくいわれたが、そんな上手うまくいくもんなのか?


 翌日、普通に授業を終えたオレは、また教室で時間を潰し、昨日と同じくらいの時間に、あの階段へ行ってみた。

 もちろん、大学生である宇佐美と義日が、毎日来るわけねぇし、会えるとは思ってなかったけど、一階と二階の間の踊り場に、その姿はあった。

 ピンクキャメルの七分袖のカットソーにデニムパンツというスタイルで、昨日会ったときと同じように、ぼうっと突っ立っている。

 何か思い詰めたような暗い顔してたが、オレに気付くとすぐに親しげな笑みを浮かべた。


「あら、あなた、昨日の。頼子ちゃん、だっけ」

「どうも。今日はお一人ですか? 義……大川さんは?」

「さあ? 別に、約束してるわけじゃないし、知らないわ」


 なんかクールだなぁ。


「今日も来てたんですね」

「今、学校休みで暇だから」

「へー」


 そういうもんなのか、大学生は。

 しかし、なんで宇佐美はいつも、ここにいるんだ?

 たまたま帰りに会うだけかもしんねぇけど、毎回こんなとこ突っ立ってたら、幽霊と間違われるんじゃ……。


「どうかした? わたしの顔、なんか付いてる?」

「いえ、別にっ」


 でも、チャンスっちゃチャンスだよな。

 この場所でなら、聞いても不自然じゃねぇ――かも。

 桜田頼正のこと。


「あのっ、ここで死んだ男子生徒って、どんな人だったんですか?」

「どうして、そんなこと聞くの?」

「いや、その、何となく、気になって……」


 不謹慎とか思われたかな。

 それとも、そんなこと気になんねぇほど、どうでもいい存在に成り下がってて、ああ、そんなヤツいたなぁ程度の印象しか残ってねぇかな。

 まあ、たまたま席が隣ってだけの、ただのクラスメイトなんだし、だとしても仕方ねぇけど。

 だが彼女は、あっさり承諾した。


「そう。そんなに気になるなら、教えてあげるわ。桜田はねぇ――」


 そこで宇佐美は、言葉を切った。

 あれこれ思案し、言葉を選んでるようだが、一体何をいわれんだろう。

 ああ、なんかドキドキしてきた。

 ついに結論が出たのか、彼女は突然くすりと笑い口を開く。


「――ウソつきよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る