9. もう一度初めまして

「は?」


 なにいってんだ、コイツ。

 もしかして、ヤバい人?

 関わんねぇ方がいいかも、とか思ってたら、さらに話しかけられてしまった。


「あなた、幽霊っていると思う?」

「えっと、前はいないと思ってたけど、今はいるかもって思います」

「そう。わたしは、いたらいいのにって思うわ」

「どうして?」

「会いたいから」


 会いたいって、オカルト趣味なのか。

 雰囲気も、なんか暗いっつうか、厭世的えんせいてきな感じだし。

 だが、そういう趣味の人なら、いろいろ知ってるかも。


「あのっ、ここに幽霊が出るって噂、知ってます?」


 聞くと、逆に問い返された。


「それって、桜田の?」


 ああ、やっぱしオレなのか。

 落ち込みそうになったけど、なんとか踏ん張る。


「お姉さん、その幽霊のこと、知ってるんですか?」

「幽霊は見たことないけど、亡くなった子のことなら少しは。同じクラスだったから」

「えっ?」


 オレの元クラスメイト? 誰だ?

 確かに見覚えある気はしてるが、まったく思い出せねぇ。


「そっか。今もまだ、噂になってるんだ」

「なんか、女の幽霊も出るらしいですよ」

「あら? それは聞いたことないわね。ここには割とよく来るけど、もちろん、見たこともないわ」

「オレ、あなたがその幽霊かと思って、驚いちゃいました」

「わたしもあなたが、幽霊かと思ったわ。桜田が化けて出たのかと」

「えっ?」


 まあ、桜田頼正がモノではあるけど。


「だから、まあ、ってことで」

「ああ」


 なるほど、そういう意味か。

 最初変なヤツかと思ったけど、こんな風に笑ってると、感じがいいというか、なかなか話しやすくて面白いかも。


「そういえば、卒業生がこんなとこで何してるんですか?」

「それは――」

わりぃ、。遅くなって」


 彼女の声を遮るように、若い男の声がした。

 バタバタと足音がして、誰かが階段を駆け下りてくる。

 現れたのは、やはり中学生とは違う、背の高い男だ。

 短めの黒髪や凛々しい太い眉、適度に日焼けした肌は、いかにもスポーツマンぽいが、白Tに黒いベストを羽織り、ベージュの細身のカーゴパンツを穿いた姿や、縁の細いメガネが、インテリ感と大人っぽさをかもし出している。

 全然知らねぇ、今初めて会った男。

 初めはそう思った。

 でも、この顔、まさかっ……。


「……よし、ひ?」

「走っちゃダメよ、大川っ。転んだらどうするのっ」


 オレの呟きは、彼女の鋭い声にかき消された。


「ああ、ゴメン」


 頭に手を当て、テヘヘという擬音を書き込みたくなる表情で笑う男。

 やっぱり義日だ。

 あの頃は、メガネなんてかけてなかったし、ほんの数センチ高いだけだった背にも、大分差が付いてしまったけど、間違いねぇって。


 あまりにも凝視し過ぎたのか、義日がげんそうにオレを見つめてくる。


「誰、この子?」

「たまたま、ここで会った子よ。暇潰しにお喋りしてたの」


 ねぇ、と笑いかけてくる顔に、先ほど幽霊話をしてたときの暗さはなかった。

 むしろ、気さくなお姉さんといった感じだ。

 でも、お陰で、彼女が誰だかようやくわかった。

 まあ、義日が呼んだからってのもあるけど、完全に思い出すことが出来た。

 彼女は宇佐美。

 下の名前は覚えてねぇけど、隣の席だったヤツだ。

 結構話しやすかったから、たまにくだらない話もした。

 そう、ちょうどさっきみてぇに。


「よっ……大川、さんって、菜月ちゃんのお兄さんですよね。オレ、じゃない、わたし、菜月ちゃんと同じクラスなんです」

「へえ。知らなかったなぁ。ナツキチに、こんな可愛い友達がいるなんて」


 うおっ、義日のヤツ、初対面の女の子に向かって、そんな口利くようになったのか。

 声も以前よりぐっと深みが増して、なんかすげぇ大人な感じがする。

 微かに、柑橘系のいいニオイもするし。

 オレも生きてたら、こんな大学生になってたんかな。


「確かにすごく可愛いわね。なんかアイドルみたい」


 宇佐美が頷くと、義日はさらに驚くようなことをサラリといった。


「宇佐美もすごく可愛いよ」

「はいはい、ありがとー」


 宇佐美は照れもせず、クールにあしらう。

 コイツらって、どういう関係?

 ひょっとして、なっちゃんのいってた義日のカノジョって……。


「宇佐美、さんって、菜月ちゃんがいってた、お兄さんのカノジョですか?」

「えっ、ナツキチのヤツ、学校でそんなこといってんの? 参ったなぁ」


 義日は満更でもねぇって感じで笑うが、宇佐美の方は平然と否定する。


「わたしは違うわ。ただ同じ中学出身で大学も一緒ってだけ。それより、大川、カノジョいたんだ。知らなかった」

「何いってんだよ。オレは、宇佐美一筋だって」


 ヘラヘラ笑いながら、弁解するようにいう義日。

 本当、二人はどういう関係なんだ?

 内心面食らっていると、宇佐美がオレを見た。


「そういえば、あなた、お名前は?」

「えっ? ああ、頼子です」


 桜田は、さすがにマズいだろうと思っていわなかったが、彼女は特に気にしなかったようで、自分も名前を教えてくれた。


「わたしは、とも。よろしくね、頼子ちゃん」

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