004 眷属達のお土産と神樹との出会い




 川の近辺を散策し、かみさまはまた木の虚に戻った。

 やがて眷属達が戻ってきた。


「ダイフクや、それは離しておあげ」


 ダイフクの触手っぽい白い手には虫がいくつもくっついていた。

 トリモチじゃあるまいしと、ダジャレなのかどうか不明ながらも、かみさまは虫を放すようダイフクを説得した。


 女神様は虫は作ってないらしくて、どこか高位の世界から植生ごと頂いてきた中にいたので、その存在に感知しないそうだ。

 いわゆる、苦手、つまりハッキリ言うと嫌いらしい。

 でも、昆虫は餌としては優秀だし、森を育てるのにも重要なファクターのひとつだから、皆殺しということにはなっていないようだ。


 かみさまは特に思い入れはないが、無益な殺生は好まないので放してやったのだった。


 決して、虫食がぞぞぞとするから、などではない。


 機会があれば食べたっていいのだ。

 本当なのだ。




 さて、衝撃的なダイフクの獲物は置いといて。


 クロポンが持ってきたのは獣の毛だった。

 たぶん、木の皮や茨に引っかかったものを持ってきたのだろう。毛糸っぽい姿をしているので、獣の毛に親近感でも湧いたのかもしれなかった。

 かみさまは、ありがとうと受け取りはしたものの、もちろん食べたりはしなかった。


 チダルマは赤い実を、カビタンは青紫色のキノコを持ってきていた。どちらも毒である。

 かみさまに毒は効かないけれど、それはないと思うなあとやんわり諭しておいた。


 オジサンは葉っぱを持ってきたが、純粋に食べてほしいという意味ではなく、これを使って自分と同じ色になってほしいというような要望らしかった。

 飲んでも色は変わらないし、絞り汁を擦り込まれてもかみさまは緑になりません。

 だからやめてね、とこちらもやんわりお断り。


 ヒヨプーは鳥の羽を持ってきていた。パタパタ飛んで、これをかみさまの頭の上にさす。格好良いと思っているらしい。

 ただ、突き刺されて天を向いてそよぐ羽を客観的に見るに、かみさまは舐められているのかもしれないと、ほんの少し、思ったりした。

 もちろん、ヒヨプーからは大好きという気持ちしか伝わってこなかったのだけれど。


 最後のカガヤキは手ぶらだった。

 が、みょんと触手のような手を出すと、そこにはキラキラと光るものがあった。


「あ、金剛石」


 カットしていないので全面が輝くというほどではないが、偶然出来上がった切り取り口が大変美しい。ガラスのようなのに、ガラスとは違う。


 かみさまが、ほうほうと手にとって矯めつ眇めつやっていると、カガヤキはえっへんと自慢げにやや膨らんで辺りを飛び回っていた。






 さて、この探検を通じて、かみさまには分かったことがある。


「獣からの信仰を得るのは難しいよね!」


 彼等は知能よりは本能に強く、ようはかみさまの偉大なる力に恐れおののいているのだ。畏怖されてばかりで、あんまり信仰には向いてない気がする。


 女神様も、同じ人型として人間を対象にした方が良さげな発言をしていたので、かみさまは人間の住む地域へ行ってみることにした。


 何よりも。


「文明的なものに触れたい。裸は変態だ。あと、会話したい」


 独り言はもういや! なのである。






 とりあえず、神樹に挨拶してから出ていこう。


 ひょいひょいと駆けていき、森の奥深くへ辿り着く。

 女神様もこうしたことを踏まえてこの森へ届けてくれたのかもしれない。


「こんにちは」


「……おお。なんと可愛い神様であることか」


 神樹はもはや精霊化しており、ある意味で女神様の眷属とも呼べるのだが、まだ格が上がったわけではない。けれども神聖な森に長く君臨し、この地を治めてきたものだ。長老と呼ぶにふさわしい風格、品格が備わっていた。


「ゼロはまだ見習いなので、かみさまなのです。神樹、あなたの方が先輩です」

「なんと、恐れ多いことを。だが、あなた様にそう仰っていただけること、望外の喜びでございます」


 さわさわと枝が揺れ、葉が光の道を作っている。

 とても美しい景色に、かみさまは微笑んだ。


 神樹は、女神様が手ずから植えた神聖な木だ。この地に根を張り、何千年も生きた。子らも沢山できたが、木々のネットワーク自体はこの神樹が支えている。

 女神にとっても大事な存在だった。


「これから世界を見て回られるのですね」

「はい」

「我は動くことはできませぬが、子らが沢山の景色を見せてくれます。世界は広く、大変なこともありましょう。お気をつけていってらっしゃいませ」

「ありがとう!」

「どうか、我の葉を、お持ちください」


 体を揺さぶって、葉を落としてくれる。


「子らの葉が、人の世では大変貴重な薬の素材として扱われております。我の葉でしたら、きっとあなた様のお役に立てましょう」

「いいの?」

「ええ。すぐに生え変わるものです。ああ、よろしければ枝もどうぞ」


 そう言うと、ポンポン枝を落としてくれる。

 当たらないように落としてくれるそれらを、眷属達がわーと走って集めにいく。彼等はせっせと拾って、獲物じゃーと抱えて持ってきた。

 自分達の体積以上に――何倍どころではない大きさなのだが――それを持っている姿はどこかおかしくて可愛い。


 かみさまは笑いながら眷属達を褒め、それから神樹にお礼を言った。


「素敵なものをありがとう。じゃあ、行ってきます」

「はい。またいつか、お会いしましょう」


 さわさわと枝を揺らし、光をさざめかせて見送ってくれた。


 神樹の周りには沢山の精霊達が喜び踊っている。

 かみさまが離れたことで姿を現したのだ。


 小さな精霊達には、獣と同様、ダイレクトに神としての力が伝わるので顕現していられないのだった。


 かみさまも離れながら、それを感じた。




 人間は知能の高い生物であるが、鈍感なところがある。


 女神様も、かみさまも、地上に降りた時点で神力を抑えているが漏れ出てしまうものだ。

 普通ならそれを感じ取り、獣や下位精霊は畏怖により固まったり隠れたりする。


 しかし、人間にはそれがないのだ。

 もちろん、神官など、信仰心の篤いものなどはすぐに気がつく。

 が、人間とは見たくないものは見ないものだし、信じないものは信じないのだった。



 おかげで、女神様はお忍びで顕現したりして、意外とあちこちで楽しんでいるようだ。


 聖女を見繕っては加護を与えてみたり。

 ついでに市井でウィンドウショッピングを楽しむ。


 神子として人間を任命し、予言を与えたりもしているようだ。


 そうして世界を作り上げてきた。




 かみさまも楽しみたい。


 幸いにして女神様ほどの神力はないので、この小さな体に抑え込み、人間社会に潜り込む予定だ。


 眷属達にも力を抑える訓練を命じ、かみさまは神樹の森を後にしたのだった。

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