003 貢ぎ物と自称と生き物初接触




 夜は眠るもの。

 そうした記憶が残っていたので、かみさまは大きな木の洞に寝そべった。

 周りをむにゅむにゅした眷属達に囲まれて幸せだ。


 カガヤキには、あんまり強く光らないでねと頼んでおく。

 するとほんのりとオレンジ色に光って足元に飛んでいった。


 かみさまはやり切った感いっぱいで、眠りについた。





 朝が来て、かみさまは起き上がった。

 木の洞の外へ出てみると、木の実が置かれていた。

 首を傾げると、小鳥達がチチチと朝も早くから鳴いている。


「くれるの?」


 貢ぎ物らしい。


 昨日は生き物の気配を感じなかったが、かみさまが悪いものでないと分かったからか恐る恐る近付いてきたらしい。


 腐っても神の一員である。


 神々の世界ではささやかな神力しかないとして微笑ましく見られていたかみさまも、この世界では神に準ずるものだ。

 ほぼ神?

 かみさまは自分の考えに笑って、それから小鳥たち手を振ってお礼を言った。


「ありがとう」


 すると小鳥達はホッとしたように、よかったねよかったねと囁きあって飛んでいった。



 眷属らは木の実をつんつん突付きながら、首を傾げていた。


「どうしたの?」


 眷属達は胸を張った。

 どうやら、自分達もお礼を言われるようなことをしたいらしい。

 かみさまのために働きたいという気持ちが痛いほど伝わってくる。


 そして、ここに来てかみさまは大変大事なことに気付いた。


「君達、喋れないのか……」




 全員でどよんと倒れ込んだものの、まあいいかと浮上する。

 よく考えたら眷属なので意思の疎通はできるのだった。

 ただ、ふんわりした幼い気持ちが伝わってくるだけなので、もう少し成長して「意味のある言葉」で伝えてくれるようになったらと願うばかりだ。






 みょんと飛び出た丸い手が敬礼し、それぞれが飛び出していった。


 ダイフクは餅のように伸びて移動していく。どこか尺取り虫のような動きである。

 クロポンはひょろひょろっと小さなポンポンを付けた毛糸状の尻尾を振りながら飛んだ。

 チダルマは相変わらず足を使わずにひょこひょこと飛び跳ねている。

 カビタンはスーッとスマートに移動だ。たまに鋭角的な曲がり方をしている。

 オジサンはたったと小走りに、しかしたまに小石に隠れたり、葉の下へ入っては手で他の眷属たちへ何かを示している。そう、まるで、この先異常なし、行くぞ。そう言っているようだ。

 ヒヨプーはペタペタ歩いてはパタパタと飛び、ふんわりとマイペースに森の中へ消えていった。

 カガヤキはかみさまの周りを何度かゆっくり飛び回ると、急に飛び出していった。キュンと音を立てて。


 各自、思い思いに森を調査するらしい。

 そしてかみさまに献上する何かを探すつもりのようだ。


 眷属は子供のようなもの。

 彼等はかみさまのことが大好きなのだった。


 とはいえ、かみさまも彼等だけに任せるつもりはなかった。


「よし、かみさまも探しちゃうぞ」


 腰に手をやり、胸を張って立ち上がったが、ふと首を傾げた。


 一人称がかみさまっておかしくない?

 偉そうかもしれない。

 でも、僕っていうのは違う。

 見下ろして股の間を確認してみるが、つるんつるんだ。

 そもそも、穴らしきものがない。お尻の間にも。


「……名前呼びかな。見た目が子供だから、許されるはず」


 頭のなかで「わたし」も「余」も「我」も却下されたので、名前呼びに決定した。

 いろいろあるのだ。いろいろ。

 たぶん、遠い過去の記憶が、そう言っている。



 では、名前だ。

 今度こそセンスを発揮しなくてはならない。

 決して、眷属達の名前が悪いわけではないが、センスは大事だ。


 かみさまはうんうん唸って考えた。

 眷属達は全員むにゅむにゅしている。各自の名前はアレだが、ひそかに生まれた順番からむにゅ1号、むにゅ2号とあだなを付けていた。意味はない。


 かみさまは創造主だ。

 よって、むにゅ達よりは上である。


「0号? ゼロゴウ、ゼロ。ゼロ?」


 うむ。良い感じ。


 かみさまは、名乗る時や一人称は「ゼロ」と言うことに決めた。通名というやつだ。

 真名と通名。なんとなく格好良い。

 かみさまに真名の仕組みは全く関係ないのだけど、かみさまの中の奥底にある何かが囁いてしまった。

 格好良いは、正義であると。


「よし、今度こそゼロは出かけるのだ」


 むん、と胸を張って、木の実を頬張りながら木の虚の周辺を探索することにした。



 ところで、お尻の穴がないのに食べたものはどこへ行くのか。

 女神様が与えてくれた知識にはなかったが、かみさまには分かる。

 確か、アイドルはトイレに行かないのだ。

 アイドルとは偶像。崇拝されるもの。

 つまり、神達と、当然ながらそれに準じる見習い神であるかみさまもまた、トイレには行かないのである。

 超便利。

 かみさまはもぐもぐ木の実を食べながら、自分の体内にあるブラックホール的存在の怖さに蓋をしたのだった。






 森は、清々しい空気を醸し出していた。

 鬱蒼としているものの、獣が多く住んでいるためか下草ばかりでもない。ちゃんと獣の通り道もあって、小さなかみさまは抜け道を沢山見つけることが出来た。


 時折、カガヤキがビューンと飛んできて、かみさまの頭のあたりを周回するとまたどこかへビューンと飛んでいった。

 楽しそうだ。

 最初の目的をじゃっかん忘れている気もする。

 だがまあ、眷属が楽しいのは良いことである。

 彼等の感じる楽しげな気持ちが伝わってきて、ほんのりと嬉しいかみさまだった。



 かみさまが獣道を通り抜けると、水場に出た。

 小川と言うには無理がある、なかなか大きな川だ。川の流れはそれほど強くないが、獣達が集まるのは流れが淀む土砂の溜まった曲がり場だ。

 岩場の隙間には小さな獣達、拓けたところに大型の獣がいる。

 全員、かみさまを振り返っていてぽかんとしていた。

 そして、そろっと後退っていく。


「あ、逃げないで」


 しかし、畏怖のようなものを感じるのか、獣達は一目散に逃げていった。

 捕食者も被食者も関係なく、みんな仲良く散らばっていた。


「ああ……」


 どうやら、しばらく前から気配を感じて固まっていたようだ。

 姿が見えた瞬間我に返り、動けたらしい。

 申し訳ないことをした。


 たぶん、小鳥達のように向こうから近付いてくるのを待つしかないのだ。


 かみさまは少ししょんぼりして、川へ近付いた。






 岩場の陰の淀んだ水に顔を映してみた。

 かみさまも神に準ずるものなので、自分がどんな姿かはなんとなく分かっていた。

 けれど実際に目の当たりにすると驚いた。


「かわいい」


 神々の世界で見かけた沢山の神様達があまりに神々しすぎて、逆に現実感のなかったかみさまだけれど、これはこれでいいんじゃないだろうかと思う。

 うむ。悪くない。


 悪くないのだが、どこか、抜けている。

 間抜け顔だとどこかの神が言っていたのを思い出し、なるほど、あれだけの美貌からすればそうかもしれないと納得した。


 まあ、神になるのに外側はあまり関係ない。

 確かに美しいものが好きなのも神である。

 が、全員が全員、美しいわけではないのだ。稀にアレな感じなのもいる。


 かみさまも、外側はアレでも、中身を磨けば良いのだ。

 どうやるのかあまり分からないが。


 それに女神様が言っていたではないか。

 これから、見識を広げて、どのような神となるのか見定めれば良い。そして、かみさまを信仰するものを見つければ良いのだから、と。

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