気まま女子ののんびり生活

小道けいな

きつねとこうもり

●共同生活

 その一軒家には二人のうら若き女性が住んでいた。

 まあ、今どき「うら若き」なんて言っても、独り暮らしする女性も多いし、なんとなく古めかしい上、珍しくもない。


 平たく言えば、独身女性二人がシェアハウスをしている――である。

 住民は家主と思われる後閑と、馬が合うのか生活を共にする橘根。読み方は「こうもり」と「きつね」であるが、本名か否かは周囲の人も知らない。


「ただいま」

「おっそい!」

 橘根が外出から戻ると後閑は玄関において、仁王立ちで出迎えてくれた。


「遅いって言っても、いつも通りよ?」

 橘根は「何かあったなぁ」と後閑の性格から身構える。


「あたしからすればおっそいの! で、お茶淹れて!」

 足を軽く持ち上げ、ドンと下す。


「……召使じゃないんだけど」

「ふん、あんたの特技でしょ」

 後閑は怒りながら台所と居間のある部屋に向かって行った。怒りながらといってもどこに怒る要素があるのか。


 最初から怒っていたんだろうけれど。


 橘根は苦笑して、ため息を漏らす。靴を脱いでから並べ、追うように台所に行く。カウンターに荷物を置いて、流しで手を洗う。

 湯を沸かし、ポットに入れた跡もある。


「あれ? でも、後閑、お茶飲んだんじゃないの?」

「飲んだ! でもね、まっずーいの!」

 だんだんとテーブルをたたく。


 後閑がテーブルをたたくたびに、ガチャンガチャンと音が鳴る。

 彼女の行動の残骸、湯呑とティーバッグを置いた蓋が跳ねる。


「はいはい……あー、このメーカー日本茶意外と微妙だよね」

 橘根はティーバッグと湯呑を回収して流しに置いた。


「あんたのお茶、勝手に使っちゃいけないでしょ」

 むくれて後閑は言う。これをしたら橘根がいなくなるのをよく理解している。


「もちろんね。お湯は?」

 念のための確認。

「さっき沸かした」

「うん」


 橘根は急須に茶葉を適当に入れ、湯をそのまま注いだ。

「やっぱさ、あんたも言うようにそのメーカーのお茶、日本茶は微妙よね」

 後閑は溜息をもらす。


 紅茶に関してはおいしいのだが、と橘根は思う。

 メーカーにも得手不得手があるのは当たり前、と割り切っている。


「はい」

 橘根は二つの湯飲みに均等になるように淹れて、湯呑をテーブルに運んだ。

 基本目分量だが、この茶を均等に入れるというのは橘根がやる動作だ。


「これよ、これ。ちょっと濃い目のね」

 後閑はようやく笑った。


 このときまで、橘根は知らなかった。

 淹れ方一つで、美味しくなるということを。

 それと、メーカーが表示する淹れ方はあくまで、目安であるということを後々に知るのだった。


●茶の紹介と茶屋の茶会

 橘根は普通の女性……普通とは何ぞやと言われると困るため、具体的に言えば「エコ」「アロマ」「茶」がキーワードの女性だ。

 あと「ふわもこ」だろうか? ふわもこ……それはふわふわ、もこもこしたものが好きということである。


 そんな橘根はかつての上司が言っていたお茶屋さんのイベントが気になっていた。

 当時、茶は飲むけど、前章のような淹れ方でおいしいお茶が美味しいというのが信条。まあ、確かに、それが合う茶もあるので、一概間違いとも言えないのだが。


 失業後、お金はないが時間はあるということで茶屋のイベントに行ってみることにした。

 仕事の合間、昼休みに行けるほど橘根は器用ではない。


 イベント自体は茶屋所有のビル一つを使って、各階で茶を提供してくれるもの。それに合わせて茶菓子もあり、美味しかったり、おなか一杯になったりと時々によって違う。


 美味しいのは毎回である、念のため。


 勿論、ただではない。お金は払うが、どっか喫茶店で茶を一杯飲む金額程度であるから、お得感一杯である。


 お客が、出したお茶を買って帰れば、お茶屋さんは万歳だろう。

 有閑マダムはともかく、時間はあるけど金はない橘根の財布のひもは固い。

 それに、緑茶だけが好みではなかった。

 そんなに買って飲むのはいつだ、という微妙なこともある。


 さて、イベントで店員さんが目の前で茶を淹れてくれる。

 階によっては店員さんとの距離が近く、気軽に話せるのだ。普段だって話せばいいのだけど、なかなか難しい。


 橘根は質問は持たず、ただ、楽しいイベントだと思って参加する。


 テーブルと店員を囲む、ある階の供茶。

 ご婦人たちが「なかなか一定の淹れ方できなくて」と言ったのが始まりだった、その説明の。


 これは、橘根も興味がある話題。

 橘根も耳を大きくして聞く。

 そもそも大きくせずとも、同じ机の上なので、狭い部屋なので普通に聞こえるのだが、なんとなく。


「うちのサイトにも書いているので、あとで見てくださいね?

 茶葉は計って急須にいれます。やはり、目分量だとばらつきが出ますから味が変わります。

 そして、お湯は茶葉に直接かけない。できれば、湯冷ましして、適温のお湯がいいです。

 急須にそのお湯を入れて、すぐに出します。一煎目は香りが良いです。茶葉は注ぎ口に来ていますから、こう、後ろの方を手でたたくとほぐれて底に戻ります。

 この一煎目を急須に戻します。そして、味の二煎目が出ます。

 これで一杯でもおいしいお茶になるんです」


 ご婦人たちは「へえ」という。


 橘根は目から鱗を大量に落としていた。そんなに簡単でいいのだろうか、と。


 この店内できちんと店員さんを見ていれば、確かに基本その淹れ方をしている。

 いい茶葉だからじゃないのか!


 いや、茶葉もいいに決まっている。


 でも、なんだろう、この程度なら試してみていいかもしれない!

 橘根は漫画なら頭からふわーと名もなき花が飛び散っている雰囲気で、店を後にした。


●お茶の淹れ方、バージョンアップ

 橘根は帰宅して、その淹れ方を実践する。

 まずは手元にある茶葉の淹れ方を見る。適量は「十グラム」とある。温度は熱湯ではいけない。


 熱湯でも問題はなかったのだが。

 適温というのを示しているのだ、これは従ってみるべきだと判断した。


 それよりも湯冷まし用の道具がない。


「どうせ、飲む量が分かるから湯呑で」

 橘根は湯呑に沸かした湯を入れる。湯を冷ましている間に秤を出して、急須に茶葉を入れる。


「本当は急須に一旦湯を入れたほうがいいのかもしれないよね」

 今回は保留。湯呑じゃわんもお湯を計り、冷ますので温まる。


 意外と一石二鳥の淹れ方ではないだろうか。

 橘根は自画自賛する。


 計ってみると分かることがある。

「十グラム、多いね」

 普段は五グラム程度ではないかと目分量判断をしてみる。

 並行し、秤から急須を下した。


 湯呑の周りは熱く、鍋つかみを使って急須にいれた。

「……これは、ちょっと盲点だな」

 湯呑じゃわんで茶を飲んでもここまで熱いことはないのだが。熱湯入れて、時間を置くとこうなるのかと橘根はうなずいた。


 パッケージの淹れ方は三十秒くらい置くであるが、急須の蓋をしたあと、二秒ほどで湯呑に出す。

「色はつく……んー、注ぎ口が詰まるっ!?」

 そう、急須の大きさに言及はないため、多くて二杯分の急須では十グラムは多かったらしい。

 目詰まりしている。


 なお、橘根が使っている急須は注ぎ口に網があり、茶葉が流れ出ないタイプ。


 今回の行動でいくつか問題点が明らかになっている。

「うん、検証は後だ」

 急須の背中をたたいて茶葉を戻し、一旦注いだ茶を淹れる。そして、すぐに出す。

「お、おおう」

 思わず声が漏れるほど濃い茶が出た。


「おいしい。……でもなんか、茶葉多ければおいしいに決まっている! と力説してしまうよね」

 橘根は溜息をついた。


 そのあと、五杯分は出た。

 茶葉多すぎる。

 かといって、入れたからには出るだけ出したい、貧乏性。


 この経験により、橘根は茶葉の量と湯冷めのさせ方を検討することになった。


●再び後閑、茶を所望する

 寒さが残るころ、橘根が帰宅すると、玄関で後閑が仁王立ちしていた。

「寒いでしょ?」

 普通に問いかける。

「寒いわよ! だから、温かい、美味しい日本茶がほしいの!」


 まずいと恐ろしいことが待っていそうだ。


「分かったわよ」

「分かればいいわ」

 後閑はのしのしと居間に行く。


 小柄でぽっちゃりであるが、体重という観点からみても、頑丈な築浅な建物という点からみても「のしのし」という音響は不適格かもしれないが、橘根の目にはまさにのしのしだった。


 橘根は研究の成果を発揮する。

 二人分を考え、まず、マグカップに湯を入れた。マグカップは周りが熱くなっても、取手があるから使いやすいのだ。


 さっそく、湯を沸かしつつ、橘根は準備する。カップと湯呑、秤を出す。


「あれ? そういえばさ、最近、橘根はよく使うよね?」

 後閑がソファーでゴロゴロしながらも、秤の存在に目ざと気付いた。


「そうよ。使うほうがいいって知ったの。いつもなら、二グラムくらいだけど、ちょっと多め……三グラム」

「すくなっ!」


 橘根はここまでの研究の成果を披露するのだった。

「でもね、後閑が買ってるメーカーの茶葉も紅茶三グラムくらいだよ?」

「そんなもんなんだ! でもさ、味しっかり出るの?」

 後閑の目は丸くなった後、疑いの目に変わる。

「それは飲んでのお楽しみ」

 橘根はにこりとする。


 お湯が沸いたため、ポットに入れる。ポットも電気式だとよろしくない。

 この家は電気式ポットじゃない理由は、そんなに常時沸かすことないという理由であった。

 昔ながらの保温ポットで問題ない。


 さて、橘根はマグカップに湯を入れ、しばらく待つ。寒さもあるし、器から器にうつすだけでもお湯の温度は下がる。

 急須に入れて、ちょっと置き、三秒くらいでマグカップに注いだ。


「早いね」

 後閑が唇を尖らせて言う。濃いのが好みな彼女の不満の表れ。

「まだよ」

「え?」

 橘根は急須の背をたたく。そして、中にいったん出した茶を戻した。


「えっ」

 後閑の疑問を呈する声が上がる。


「こうすることで湯がだんだん適温になるのよ」

「え? 橘根、温度、気にしてなかったよね」

 言っている後閑も気にしていないが。

「うん、でも、日本茶の緑茶に関しては湯の温度下げたほうがいいの」

「へえ」

「以前さ、日本茶まずいって言っていたメーカーのもね、温度下げて淹れたら、普通だった」

「へええええ!」

 後閑が話に食いついてきた。


 これまでまずいと言って申し訳ないとちょっと思う。

 ただし、そのメーカーのものでも「熱湯」と記載があっても緑茶に関しては温度を下げたほうが美味しいかった。


 二度目の抽出後、湯呑に均等な濃さになるように交互に注ぐ。

「さ、できたよ」

「おー」

 後閑は受け取り、感嘆の声をあげておく。

 香りも色も申し分はない。


「では、いただきます」

 わざとらしく、厳かに口に運ぶ。


 後閑は一応味わった。

「あー、待ったかいあっておいしい気がするよ」

「それはそれは、ありがたき幸せ」

 橘根は笑った。

「確かにちょっと違う気がする。それに、温度が飲みやすい」

「それはあるかも」


 熱湯で淹れてしまえばすぐに飲めない。温度を下げるようにしていけば、湯呑に入った時点でそれなりの温度のはずだ。


 橘根は計っていないけど、飲めるということは適温になるということだ。

「橘根が努力したのは認めるわ」

 後閑が空の湯飲みを差し出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

気まま女子ののんびり生活 小道けいな @konokomichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ