第四十五話

 4月24日 PM0:30


 俺と大輝が廊下の鉄格子を挟んでいると4体の黒子がやってきた。黒子と言っても4体とももうその格好はしておらず、Gパンにシャツというラフな格好だ。4人はそれなりの体格をしていた。戦っても返り討ちに遭う自信しかない。


「やぁ、ボブ。今までご苦労だった」


 大輝が鉄格子越しにボブに英語で話し掛けた。大輝の後ろには勝英、未来、木部、田中、野沢、前田が立っている。そしてこの日朝6時のターンで最終出口を通過した真子も。あと残るプレイヤーは最後の出口部屋にいる陽平と佐々木だけだ。


「約束の報酬だ」


 そう言って大輝は5つの札束をボブに手渡した。ボブは謝意と「グッドラック」という言葉を残し仲間とともに去って行った。

 彼らを雇うことができたことで多くの不正を見逃すことができた。結局ミッションの内容の権限しかプログラムの乗っ取りは進まなかったので大変助かった。そして俺たちの手元に残った通用口の鍵。


「これからが問題だよな……」

「あぁ。キキが明後日帰ってくる。出たくても出られない。鉄格子は開かないし、屋外に出られたとしても蜂の巣」


 俺の嘆きに大輝が同調する。しかも黒子を解放したことで怪しさは増す。まぁ、黒子は逃げてしまったと言えば済むのかもしれないが。


「明後日には脱落したプレイヤーの生存もまた隠さなくてはいけないしな」

「ボブ達にはここを出てからの警察への通報を頼んだら断られたしな……」

「自分達の足跡を残さないためだっけ? ったく。麓に下りてすぐ公衆電話を使えばいいのに」

「了解をもらったとしても、報酬を受け取った後じゃどの道当てにならんさ。まぁ、悲観ばかりではないぞ。朗報もある」


 大輝がそんなことを言い出した。


「朗報? なんだそれは?」

「外壁に穴が通った。開通したんだ」

「本当か?」

「あぁ。まだ拳大くらいの小さな穴だが。郁斗の言うとおり壁の厚さが20センチ以上あった」


 やはりか。コンクリート厚20センチだとしても、それに加えて内外装の仕上げ材の厚さがある。地下は土圧が掛かるためそれ以上だろう。そもそも地下に穴を空けても外は土だが。


 大輝が最終出口を通過した後の最初の通過者が野沢だった。俺は大輝からの指示で野沢に室内の凶器をいくらか持って出てくるようお願いしていた。その中にあった槍を使って大輝が外壁に穴を空け始めたのだ。女子も積極的に手伝ってくれたようだ。

 その後、勝英と前田が出る時に更に数本の槍を持って出てきてくれて、道具が増えた。人手も、特に男手が増えたことで作業効率は上がったそうだ。そしてその穴が開通した。


「とりあえずその穴どうするんだ?」

「あぁ。キキが戻ってくるまでに人が通れるだけの広さにするのは難しそうだ」

「コンクリートは削れても中の鉄筋が切れないんだろ?」

「そうだ」


 コンクリートの中には太さ2~3センチほどの鉄筋が20センチくらいの間隔で井桁状に組まれている。それを突破するのは困難だ。


「女子が持ってた手鏡で外壁の色はわかった。一度何かでその色を再現して外壁は塞ぐ。それで外から帰ってきたキキの目は欺ける」

「不正を黙ってりゃ、もしかしたら俺たちは解放してもらえるかもしれんがな……」

「あぁ。口封じに殺される可能性が高いが、その可能性もなくはない。問題は生きている脱落者」


 俺はこの場にいる全員を見回した。木部は鋭い目をしているが、未来と田中は不安を隠せない様子だ。俺の提案で死んだふりをした3人。絶対にここで終わらせるわけにはいかない。最悪はこれから出てくる陽平も含めて、男4人で武器を取らなくてはならない。キキの脇にいた2体の黒子を相手に。

 しかし俺の不安をよそに更なる朗報は突然訪れた。


 4月25日 PM6:00


 一向に腕の端末が無効化できない。四六時中パソコンにかじりついているのに。これさえできれば外に出られる。外に出れば助けを呼べる。夕食を終え、俺はゲームマスターの席で踏ん反り返っていた。


「いっくん、来て!」


 突然真子の張り上げた声が聞こえた。俺は何事だと思い駆け足で廊下に出た。そして鉄格子を挟んで真子と対峙する。真子は少し笑みを浮かべ、興奮した様子だ。


「どうした?」

「外に人がいるの」

「人が?」

「しかも警察」

「警察? マジで?」


 真子は勢い良く首を振って首肯した。そして続けた。


「今、瀬古君が外の警察と話してるから通用口を開けて」

「わかった。2分後に開ける。その間に端末の説明をして、いきなり俺を外に連れ出さないように言ってくれ」


 真子が再び首肯して休憩室に入ったのを確認すると、俺はすぐさまゲームマスター室に戻った。


 そして2分後、通用口の扉を開けた。中に入ってくる2人の制服警官。まずは部屋に繋がれている浮浪者風の男を見て唖然としていた。もちろん近藤のことだ。


「○○県警察です。助けに来ました」

「助けにって、どうしてここがわかったんですか?」

「近藤昌司さんが誘拐された時、防犯カメラに黒のワンボックスカーが映っていました。それを昨日巡回中の警官が見つけ、職務質問のために停車を要求しました」


 たぶんボブたちが乗っていた車だ。恐らくここまで来た車で下山したのだろう。


「しかし逃走。追跡の末に停車させることには成功しました。中には4人の外国人がいましたが、残念ながら2人には逃げられ現在捜索中です。

 捕らえた2人は拳銃を所持していたので銃刀法違反で現行犯逮捕。取調べでここのことを自供したので今山中を警察、自衛隊、消防が捜索していたところです。もう日没で、もうすぐ打ち切りになるタイミングだったので見つかって良かったです」

「そっかぁ。じゃぁ、俺たちのことはちゃんと事件になっていたんですね」

「もちろんです。学校の1クラス丸ごとの失踪ですから」


 それだけ聞くと俺は脱力し床に膝を付いた。やっと助けが来た。やっと出られる。俺たちは解放されるのだ。ボブたちを雇い、早くここから解散させたことが結果的に助けを呼んだ。


 そして夜10時を過ぎると2人の刑事が来て俺と話をした。


「××県警の皆川です」


 自宅と学校のある県の警察だ。この場所の隣の県。この皆川刑事は貫禄のある古株風の刑事だ。歳も50歳手前くらいだろうか。


「桜学園2年A組の生徒さんですね?」

「はい。波多野郁斗です」


 俺は皆川刑事にここで起きたこと、俺だけが他の皆と分離されている理由、そして近藤のしたことをすべて話した。すると皆川刑事は労いの言葉をくれた。


「それは大変だったな。もう安心してくれ」


 キキの素性はこの場所がわかった時点ですでに警察が調べていた。土地と建物の登記から名前を本郷義正というらしい。顔が一致したことで逮捕状が発行された。俺と近藤しかキキの顔を知らないので2人が顔写真を確認した。


 キキこと本郷は本郷グループ会長の弟だ。財閥である。これは大スキャンダルだ。現在は逮捕まで報道規制も強いているとか。

 本郷に聞かされた加賀美武司は亡くなった前会長の息子らしい。加賀美と本郷は腹違いの兄弟だ。加賀美も土地と建物の登記に記載された所有権移転の履歴から割れた。ただその加賀美は数年前から所在不明とのこと。


 話を終えると俺と皆川刑事は大輝と真子達がいる方の鉄格子に行った。そこには大輝と鉄格子を挟んで話す一人の若手刑事がいた。まだ20代後半だろう。フレッシュさが見て取れる。彼は吉田刑事というらしい。皆川刑事が吉田刑事に声を掛けた。


「どうだ? 吉田」

「大型の工具がいります。県警に連絡して要請しましたが、届くのは夜中になりそうです」


 鉄格子破壊の話だ。それほどまでに頑丈だったのか、この鉄格子は。


「腕の端末の方は?」

「それは今ある工具でできそうな気もしますが、念のため控えています。無理矢理破壊すると何が起こるか予測できないので」

「そうだな、その方がいいだろ。専門部隊が来るまで待とう」

「けどその専門部隊も夜中の到着です」

「くそっ。近藤の拘束の方は?」

「それは問題ありません。ただ、本人が言うように足首には感知器が取り付けられていました。外には出せません」

「外のマシンガンは?」

「3丁は確認し撤去、押収しました。しかし総数がわからないので何とも……」


 警察は踏み込んできてくれたもののやはり今すぐ解放とはいかないようだ。


「なぁ、刑事さん」


 ここで大輝が口を開いた。それに答えたのは皆川刑事だ。


「どうした?」

「工具も専門部隊も到着は夜中だろ? そっから作業してたら鉄格子の破壊や端末を外す前に本郷の方がたぶん早くここに来るぜ」

「そうだな……」

「だったら本郷を一度この中に入れて、鉄格子を開けてから端末を外す装置を押収した方がいいんじゃないか?」

「……」

「……」

「……」


 言葉が出ない俺と皆川刑事と吉田刑事。刑事の2人はともかく、大輝の言う意味に俺まで気づいてしまった。それは俺が囮になり、本郷を大輝達がいるエリアまで誘導しなくてはならい。2人のSPを連れた本郷を。


「それは危険じゃないか?」


 一瞬の沈黙を経て吉田刑事が言ってくれた。


「けど専門部隊が100%安全に端末を外せる保証はないだろ? それに警察車両がこの周辺にこれだけあったらヘリを使う本郷は引き返すぜ? 一度中に入れて取り押さえ、押収するのが一番確実じゃないか?」

「……」

「……」

「……」


 また同じく3人沈黙。


 ですよね……。大輝の言うとおりだと思います。いいよ、やるよ、囮。


「波多野君、危険だけどどうする?」

「やります……」


 まだ100%救出しきれたと言いきれない、未来、木部、田中がいる。未来には失敗したら後を追うと約束した。その約束を果たすべく今度は俺が命を懸ける番だ。


「よし、すぐに警察車両を引き上げさせろ。建物には俺とお前と特殊部隊だけ残せ。屋外の人員も必要最低限だ。本郷を油断させるために近藤の拘束はまだ解くな」

「はい」


 皆川刑事の号令の下、吉田刑事が動いた。実に迅速だ。


「私たちは明朝の時点でゲームマスター室にある洗面室と浴室に隠れている。だから安心してくれ、波多野君」


 本郷が入ってきてすぐに俺が撃たれたらどうするつもりだ。手遅れだよ。けど、今までよりはすこぶるいい条件になったのだから、ここは警察を信じるしかないか。


「刑事さん、これ」


 大輝がそう言って1冊のノートを皆川刑事に手渡した。


「逮捕された2人の外国人は札束持ってなかったんだろ? 逃げた2人のどちらか、若しくは両方が持ってるよ。そのノートに紙幣の番号書き写してあるから使って」

「500枚全部書いたのか?」

「あぁ。結構暇なんだよ、監禁って。俺と死体やってた3人の女子で書いた」


 さすが大輝だ。これがあれば金の足跡が追える。皆川刑事も喜んでそのノートを受け取った。


 それから夜中のうちに警察車両は引き上げた。外壁の穴も警察の人がカモフラージュしてくれた。外には数人の警察が森の中に隠れているそうだ。屋内は2人追加し、ゲームマスターの両隣の席に黒子の格好をした警察を座らせることになった。

 準備は万端である。あとは翌朝6時、本郷の帰還を待つのみ。これでやっと本郷に制裁を与えられる。

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