第三十四話

 4月16日 PM2:30


『ジリリリリッ』

『同室1室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


 そんな、また……。今度は誰が……

 そう思っていると今回はモニターの映像が作動した。1Fじゃない……Bフロアだ。いや、安心してはだめだ。Bフロアのミッションだって侮れない。Bフロアのミッションは俺と真子以来だから実に2日ぶりか。ターン毎に起きていたから懐かしさすら感じる。

 俺はモニターに映し出された人物に目を凝らした。同室になったのは陽平と卓也だ。2人はどのフロアにいるのだろう。俺がB1フロアを出てから一度出入り口変更はされているし、2日経っているから全く把握できない。


『橋本陽平、高橋卓也は連続50回腕立て伏せをしろ。制限時間は次の移動ターン開始まで』


 体力的なミッションだ。卓也は野球部だから問題ないだろう。陽平はどうだ? 部活には所属していないが、運動が苦手なイメージはない。なんとか2人ともクリアしてくれ。

 映像を見ていると2人はすぐさまミッションに取り掛かった。単に腕立て伏せと言っても定義は色々とある。楽をしようと思えばできる。果たしてそれが許されるのか。


 実際卓也はそれなりに深く腕を曲げ伸ばししているが、陽平の方は浅く小刻みに曲げている。10回やっては伸ばしたまま休憩して、それを繰り返している。

 先に終わったのは卓也の方だ。陽平は最後の10回に取り掛かっている。6、7、8……俺まで一緒になって数えてしまう。そして最後の10回、合計50回が終わった。するとモニターは暗転した。


「良かった……」


 誰もいない部屋で思わず零れた。モニターが暗転したということはミッションクリアだ。


 PM10:30 第30ターン


 このターンで俺は3番の部屋に移動した。会ったのは移動の時に2番の部屋に抜けた敦だけ。また同室者がいないことに安堵する。

 どのフロアもミッションはなかった。ミッションのないターンが増えることでゲームが佳境に入っているのだと思う。安堵する気持ちもあるが、1Fのミッションは必ず命が懸る。予断は許さない。


 4月17日 AM6:00 第31ターン


『ジリリリリッ』

『6時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 ゲーム開始11日目、拉致から12日目だ。今までよりはまだ良く眠れた方か。人が死ぬ環境に慣れてしまったのか、そんなことは自分で信じたくないのだが。

 俺は園部の足跡を追うべく4番の部屋があるE扉を選択した。そして荷物をまとめ始めた。通学鞄とビニール袋に入れた水だけだ。1Fに来る前はずっと真子の紙袋を持っていた。真子が俺のビニール袋を持っていた。それを思い出す。

 真子と離れて丸2日が過ぎ、寂しさも極限になってきた。早く真子に会いたい。


 やがて15分が経過し、E扉が開いた。顔を覗かせる4番の部屋と並べられた凶器の数々。正直凶器に囲まれて過ごすのは落ち着かない。殺し合いを助長するような物は置かないでほしい。

 4番の部屋には誰もおらず誰も入って来なかった。また同室者がいないことに安堵する。元いた3番の部屋にも誰も入って来なかった。今他のプレイヤー達はどこのフロアにいるのだろう。1Fのプレイヤーは何人いてどの部屋にいるのだろう。また孤独な時間の始まりだ。

 そして時間になり扉が閉じた。


『ジリリリリッ』

『同室1室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


 まさか……。警報音とアナウンスが鳴るタイミングはわかっている。それでも心臓が跳ね上がる。頼む、Bフロアのしょうもないミッションであってくれ。


『木下敦、渡辺正信。1Fミッション』


 そんな……。俺の願い虚しく真黒な画面に表示されたテロップ。前回の移動ターンで会った敦が……。そしてB4フロアでは集団の1人だった正信が……。殺し合うな。けど生存者が1人しか認められない。それでも頼む、2人とも生かしてくれ。

 2人は今1番の部屋にいるはず。正信はB1フロアの出口を出入り口変更前に通過できる計算だった。1Fを真っ直ぐ北上してきたのなら計算が合う。くそっ。

 俺は既にテロップが消えたモニターを祈るような気持ちで見ていた。祈ってもルール上1人しか生きられない。だから何だ。2人の生存を祈って何が悪い。すると鳴り出す警報音。


『ジリリリリッ』

『脱落者確認』


 俺を絶望が襲う。抜ける全身の力。そしてモニターにはテロップが表示される。


『木下敦脱落』


 殺し合ったのか? 正信はクラスメイトを殺したのか? いや、信じない。何か事故が起きただけだ。お調子者の正信に人を殺すことなんてできるはずがない。

 未だに解決策を見いだせないまま俺は現実から目を背ける。こんなクソゲーム、こんなクソゲーム、キキ、ぶっ飛ばす。沸々と腹の中で沸き立つ何かを感じる。


 PM2:30 第32ターン


 俺は5番の部屋に移動した。誰とも同室にならず、前にも後ろにも誰もいなかった。孤独の中、クラスメイトが死んでいく恐怖は耐え難い。精神を病みそうになる。今なら自ら命を絶った悠斗の気持ちが良く分かる。大輝の予想通り誰とも会わなかったのだろう。


 PM10:00 第33ターン


『ジリリリリッ』

『10時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 俺は流れ作業のように淡々とS扉を選択した。ここから南に折れる。次の部屋は10番だ。この時の俺はだいぶ感情が虚ろになっていた。孤独と身近な人たちの死。感情を殺さなくてはもたない。


 そして15分が経過して開き始める扉。


「いや、来ないで」


 え……人の声……女の声だ……。しかも恐怖を感じている声だ。何があった?


「待て。頼む、聞いてくれ」


 今度は男。しかもかなり聞き覚えのある声だ。


 完全に開ききったS扉から10番の部屋を見ていると右から女子生徒が走り込んできた。つまり10番の西の9番の部屋から。女子生徒は勢いよく雪崩れ込むと、10番の部屋のE扉に体当たりをした。体を反転させると開いたW扉を見て怯えている。

 次に現れたのは男の声の主。なんと大輝だった。大輝は10番の部屋まで入ってきた。俺の移動先の10番、大輝とは同室にならないはずなのにどういうことだ? すると大輝が俺に気づき頭を抱えた。


 俺はとりあえず移動先の10番の部屋に入った。大輝は女子生徒を怖がらせないように配慮したのか9番の部屋に戻って行った。そして扉を挟んで俺と対峙した。9番の部屋には大輝が、10番の部屋には俺と女子生徒がいる。女子生徒は菊川未来だ。部屋の隅で膝を抱えて震えている。


「郁斗はやっぱり10番の部屋なのか?」

「あぁ」


 大輝は更に頭を抱えた。


「菊川はお前と同室だ」

「え……そんな……」


 同室? 俺と?

 俺は恐る恐る首を回し菊川を見た。菊川も怯えから驚きに様子が変化している。今気づいたようだ。そして再び震えはじめた。大輝は俺たちの様子を気に掛けながらも話を始めた。


「前回の移動ターンで俺は9番から8番へ、菊川は8番から9番への移動ですれ違ったんだ。しかしその時から菊川は俺に対してひどく怯えてて何も会話ができなかった。だから俺は扉が閉まってから8番が中継部屋だって知ったんだ。

 郁斗が園部の右回りを追いかけるとしたら、8番の後、3番に出てから外周を回るのが一番外周部屋を通れるから、その可能性が一番高いと思った。もしこのまま菊川が東に抜けると郁斗と鉢合わせになる。それで心配になって今回は俺も東に進んだ。そしたら案の定だ」

「そんな……」

「すまん。俺が8番に入る前に菊川から中継部屋だってちゃんと聞けてれば、菊川に一度北に回るように言えたんだが」


 菊川はまだ怯えている。すれ違ったのなら情報交換ができたのに。なぜこんなことになるのだ。


「菊川、なんで大輝のこと怖がったんだよ?」

「瑞希ちゃん……」


 あぁ、そうか大輝が本田と同室になった時のことか。しかしそのことは俺も大輝からあらすじを聞いていない。


「大輝、本田とは何があったんだ?」

「あぁ……俺は人を殺す気なんて更々ない。万が一同室になった場合、人を殺すくらいならそいつと心中してもいいとさえ思ってる。津本みたいな奴なら話は別だが。本田は俺と同室になって、下着姿になってまで何もするつもりはないと命乞いをしてきた」

「うん、それは俺も見てる」

「けどあいつはブラの中にカプセルの毒薬を仕込んでた。備え付けの物の持ち出しは禁止のはずだが、瓶さえ置いておけば消耗品の一錠くらいは見逃されたみたいだな」

「は? そうなのか?」

「その実験として、もしかして郁斗のポケットの中にカプセル入ってないか?」


 そんなバカな……。俺は慌てて体中のポケットを漁った。すると……。


「マジかよ……」


 あった。ブレザーの胸ポケットの指が届かない奥深くに。なんてことだ。いつの間に。

 あの時だ。1Fで会ってすぐ、俺の顔を覗き込んで来た時。くそっ。

 したたかだ。本田は自分が有利になるために、人を殺すことにためらいがなかったのか。そして合点がいく本田の1ターンの余分な外周回り。この実験のためだったのか。22番からすぐに北上して大輝と会わないために。俺が来たことで実験をし、23番から北上を始めたのだ。


「それで扉が閉まってしばらくは大人しかったんだが、徐々に色仕掛けを始めた。下着も全部脱いで。カプセルは自分の口の中に含んでた。それを俺に口移しで押し込むつもりだったんだろう。けど俺はあいつが近づいた瞬間、突き飛ばした。その時の衝撃で本田は自分の口の中にあったカプセルを誤飲した」

「そんなことになっていたのか……」


 文字通りの修羅場だ。笑えない。命の懸った修羅場なんて。なんでこんな悲しいゲームを続けなくてはいけないのだ。


「ちなみに本田が陽平に殴られたのは本当だが、犯されたのは嘘だ」

「マジで?」

「あぁ、色仕掛けをしてきてすぐに本人から聞いた。かなり危ない女だ」

「今の話全部本当?」


 これまでずっと膝を抱えていた菊川が口を開いた。


「あぁ。こんな状況だからなかなか信用できないと思うが本当だ。俺は本田みたいな奴でも殺すつもりはなかった」


 大輝は落ち着いて優しく答えた。大輝がこれほど女子に優しく話しかけるのは稀だ。


「ごめんなさい。ちゃんと話聞いてれば」

「……」

「……」


 俺も大輝も気にするなと言えない。俺と菊川は同室になってしまった。果たして俺は大輝と同じように人を殺すくらいなら心中すると言えるか。真子はどうする。守ると決めたのに。そうかと言って絶対に人は殺せない。そして無情にも同室を確定させるように扉が閉まっていく。

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