第二十九話

 4月14日 AM6:00 第22ターン


 ゲーム開始8日目、拉致9日目だ。また非日常の世界で朝を迎えた。とは言え、窓もない建物に閉じ込められて昼夜の実感がない。この日も既に、5時30分に照明が点いた時の明るさで目を覚ましていた。真子も同様だった。深く眠れる精神状態ではなく、早朝から目覚めることも苦にならない。


『ジリリリリッ』

『6時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 今大輝がいる部屋、4番の部屋に行くために俺と真子は迷うことなくE扉を選択した。わかってはいることだが、北側の外周の部屋のためN扉の選択はできない。もしできれば出口かと期待もするのだが。


 15分が経過し開いたE扉。その先に大輝と一緒にいる木部が言った。


「誰か来る」


 誰か? どういうことだ? 2人は東を向いていてその先のE扉は開いている。少なくとも4番の部屋は出口部屋ではない。


「奥の部屋のS扉が開いてる」


 大輝達が今いる4番の部屋から見て奥の部屋とは、大輝達の行き先であり角部屋の5番の部屋だ。そのS扉が開いていると言うことは10番の部屋から誰かが移動してくる。


「瑞希……」


 俺と真子は木部の声に反応した。5番の部屋に現れたのは本田瑞希だった。なぜ本田が5番の部屋に?

 出入り口変更後、陽平と一緒に行動をすると思っていた本田。しかし、1ターン同室になって以後、同室が解消されたので2人とも出口を出たのだと思っていた。しかしその後の陽平の正信とのミッション。つまり同室。何が起こっているのだ?


 とにかく俺たちは部屋移動を済ませた。本田は1人で5番の部屋まで来たようだ。俺達は4番と5番の間にある扉を挟んで座談を始めた。そこで気づいた本田の顔。左の唇の端が切れている。左の頬には痣がある。心なしか衣服も乱れているような。何があったのだ。


「瑞希、その顔……」


 切り出したのは木部だった。やはり顔の傷は目立つ。特に女子。誰もが気づいていた。


「うぐっ、うぐっ……」


 本田は口を開こうとした途端泣き出した。何かが起きた。それは間違いない。本田はそれを説明しようとして、思い出して泣いている。

 本田は泣いたまま話を始めた。時折話を促すのは木部だけで、俺たちは黙って聞いた。


「橋本君に……」

「え、橋本君?」

「乱暴された……」

「は? ちょ、なんでそんなことが起こったのよ?」


 驚いた。陽平が女を殴った? それなりに付き合いのある奴で、そんなことをするような奴ではないことは知っている。まさか、陽平がそんなこと。俺の隣で真子も驚いた顔をしている。大輝は俯いて冷静に話を聞いている。


「25番で一緒にミッションやって。モニターが暗転した途端、不人気投票で彼に投票しなかったことを咎められて。俺を殺すつもりだったのかって。それでどんどん怒りが増して、勢いが凄くなって、暴力を振るわれた。そしたら次に服を脱がされて……」


 聞き手の4人は言葉を失ってしまった。本田の姿を見る限り疑いようがない。陽平は投票してくれなかったことに対して逆恨みをしたのか。


「次の移動ターンで橋本君がみんなとの打ち合わせ通り右回りに進むためにW扉を選択したの。それを確認してすぐに私は左回りになるようにN扉を選択したの。それからずっと北に進んできた」

「そんなことがあったんだ……」

「彼、ゴム持ってるのに避妊もしてくれなくて、全部中に出されて……」


 陽平はよほど腹に据えかねていたのだろう。そこへ口を挟んだのは大輝だった。本田への質問だ。


「不人気投票が始まった時、最下位の奴はどうなると思った?」

「え?」


 本田は涙で濡らした顔を上げ、大輝に向けた。


「ゲームマスターの言い回しから毒針が刺さると思わなかったか?」


 本田は大輝のその質問に俯いた。大輝は本田の反応を肯定と捉えてなおも続ける。


「陽平だってそう思ったはずだ。開票してみたら自分の0票を見て愕然とした。これから同室になるプレイヤーが自分に入れてくれなかった。協力する気がないのだと悟るわな」

「ちょ、瀬古君――」


 真子が口を挟んだので俺はそれを手で制した。大輝は続ける。


「お前はミッションを避けるために陽平を切ったんじゃないのか? ミッションをやりたくないプレイヤーが圧倒的多数だからな。つまり、陽平が死んでくれると思ったんじゃないのか?」

「言い過ぎだよ」


 真子が強い口調で言った。


「ごめん。俺も大輝と同じ意見だ」


 しかし今度は俺が口を開いた。言わずにいられなかった。真子は意外そうな顔をしている。木部は俯いたまま何も話さない。死を覚悟した陽平にも、乱暴された女子の本田にも理解があるのだろう。


「陽平からしたら恐怖だったと思うよ。心中察するよ。みんなで情報を交換して、死人が出ないようにって、協力し合ってたと思ってたんだから」

「あなたたちだって他の人が脱落するかもしれないミッションで名前書いたじゃない。自分の命が可愛いのはみんな一緒でしょ」


 同じにしてほしくない。俺たちは絶対的な根拠があって書いた。しかしそれは4人中3人までだ。あとの1人は憶測の域を出なかった。何も言い返せない。


「それに私は元々橋本君を恨んでた」


 恨んでた? 陽平をか? なぜだ。その疑問を木部が口にした。


「どういうこと?」

「歩美ちゃんとのミッションの時に服で隠して誤魔化そうとしたのよ。歩美ちゃんが処女で、しかも好きな人がいるからってどうしてもって言って。けど一向にミッションがクリアにならないから結局したらしいけど。橋本君から直接聞いたわ。

 その次に橋本君と同室になったのが私で、隠すことを許されなかった。こんなの橋本君と歩美ちゃんのとばっちりが私に来ただけじゃない」


 あぁ……俺と真子は落胆した。懸念していたことが事実だった。そして本田は陽平を恨んでいた。更に陽平も本田を恨むことになった。その結果がこれだ。

 だからと言って死を予感させる不人気投票での本田の行動は看過できない。けど、それを口にもできない。女にとって性行為を人に見られること、それに犯されることは死と同じ苦しみを味わうのだろう。リタイアしたプレイヤーがそうだったように。


 そしてそれからしばらくの無言を経て俺が言った。


「本田に対しての配慮が足りなかったよ」

「いいわよ、別に」


 本田は不機嫌を隠さずぶっきら棒に言う。


「ちなみにこれから先、左回りは6番まで出口がない」

「そ。あなた達と会った時点でそうだと思ってたわ。ちなみにこの先25番までも出口はないわ」

「やっぱりそうか。じゃぁ5番が出口じゃなきゃここにいる5人は次の出入り口変更まで届かないな」


 今大輝達3人がいる5番の部屋に出口がない限り俺達5人は出られず、次の出入り口変更を迎える。本田と会ったことでそれがわかった。25番まで出口はない。

 やがて時間になり扉は閉まった。真子と2人になった部屋で俺は真子に問い掛けた。


「やっぱり俺と大輝の考えがいけなかったのかな……」

「いけないってことはないと思うよ。命が懸ってるし。ただ、女として瑞希ちゃんの気持ちもわからなくはないから。だからあいちゃんも何も言えなかったんだと思う」


 木部も真子もミッションでの性行為の経験者。通じるところはあるのだろう。しかしもやもやする。そして俺の消化不良のこの気持ちとはお構いなしに鳴る警報音。


『ジリリリリッ』

『同室3室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


 今回も3室。俺たちの部屋と隣の大輝達の部屋の他に映されたのは、勝英と赤坂だった。赤坂のミッションの遭遇率が高いような気がする。勝英は何気に初めてのミッションか。


『瀬古大輝、木部あい、本田瑞希は次の問題に答えろ。回答は3人で相談し、代表者1人が言えばよい。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『波多野郁斗、太田真子は次の問題に答えろ。回答は2人で相談し、代表者1人が言えばよい。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『藤本勝英、赤坂真美は次の問題に答えろ。回答は2人で相談し、代表者1人が言えばよい。制限時間は次の移動ターン開始まで』


 3室とも答えるだけだから確実にクリアできるミッションだ。問題はまだ表示されていないが正解、不正解の条件がない。

 と思ったその時、作動している3面全てのモニターのテロップが切り替わった。表示は全部同じだ。


『自力で出口を通過していないプレイヤーの中から、3室不正解なら2人、2室不正解なら1人、無作為に選び脱落とする』


「な……」

「いっくん……」


 3室中2室以上正解しなくては誰かが死ぬ。問題は? 難易度はどうなのだ。俺と真子は緊張しながらその時を待った。そして表示された問題。


『日本の有期刑の最長刑期は?』大輝、木部、本田

『従兄弟は自分から見て何親等?』俺、真子

『日本で遺言書は何歳から遺せる?』勝英、赤坂


 俺と真子は問題を見て唖然とした。


「法律問題ばかり……」

「これ2室以上正解できるのか……」


 桜学園は進学校とは言え、旧帝大を目指せるような生徒はごく一部だ。教科書の勉強くらいしか多くの生徒はやっていない。それなのに高校生の学習分野を超えた法律問題。


「たぶん私達の問題が、一番難易度が低い。考えよう」

「あぁ。えっと、親が一親等で、次は……」

「祖父母。これが二親等だよ。次に叔父叔母で、その子供が従兄弟になる」

「じゃぁ、四親等か?」

「そうだね」


 すると真子がカメラを向いた。真子が答えてくれるようだ。助かる。俺はあまり自信がない。大輝達の部屋のモニターはすでに消えている。もう答えたのか? それを知ってか知らずか真子が言った。


「従兄弟は自分から見て四親等」


 すると腕の端末が光った。そして表示された『ミッションの問題の結果。正解』と『ミッションクリア』の文字。俺はそれを見た瞬間安堵した。


「良かったぁ」


 真子が脱力しながら言った。モニターに顔を上げると俺たちの映像はすでに暗転していた。


「いっくんが喜んでたのもしっかり映ってたよ」

「う……」


 少し恥ずかしい。ただこれで他のプレイヤー達にも俺達が正解したことがわかっただろう。意図して見ているプレイヤーに伝えたわけではないので、コミュニケーション違反ではないと思うが。冷や冷やしながら少し待ったが、警報音は鳴らないので大丈夫だろう。

 大輝達はどうなったのだ。正解したのか? それを気にしていると真子がノートに書いた初期配置を見ていた。


「真子?」

「初期配置がB1とB2の人って……」


 俺も真子のノートを覗き込む。真子が何を考えているのかがわかった。初期配置がB1フロアかB2フロアのプレイヤーの中で、他のフロアにいたことを俺たちが証明できないプレイヤー。それが出口未経験者だ。B3フロアとB4フロアは閉鎖のため全員が出口経験者。


「真美と未来ちゃんと橋本君だ」


 そう、プレイ中のプレイヤーの中で初期配置以外のフロアにいたことを証明できないのは橋本陽平、赤坂真美、菊川未来の3人だけだ。菊川に至ってはミッションもしていない。


「けどだよ」

「どうした?」

「未来ちゃんはこのB1フロアスタートなんだよね。私達がこのフロアに来てから最初に把握した10人に入ってない。更にそれ以降、一度も目撃していないし目撃情報もない」

「そうするとB2にいる可能性が高いか」

「そうだね。自力での出口未経験者は真美と橋本君の2人が可能性高いね。だから脱落候補の上限が2人ってこと? けどまだ未来ちゃんも捨てきれないか」


 頼む、大輝達か勝英達の部屋のどちらか正解であってくれ。俺達が正解した以上、そうでないと陽平か赤坂か菊川のうち誰か一人が脱落になる。

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