第二十八話

 4月13日 PM10:00 第21ターン


『ジリリリリッ』

『10時の移動ターンの時間です。今から15分以内に移動する扉を選択して下さい』


 俺と真子は3番の部屋に進むべくE扉を選択した。扉が開くとそこにいた大輝と木部。次の部屋4番に向かうようだ。つまり3番は出口部屋ではない。

 顔を合わせた俺たちの話題はやはり他のプレイヤー達の所在がわからなくなったということ。そして25番が出口ではない可能性も出てきたということだ。結論としては、当初の作戦通りこのまま右回りに進むしかない。これで落ち着いた。


 そして扉が閉まり警報音が鳴った。


『ジリリリリッ』

『同室3室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


 また俺達以外に同室者がいる。次は誰だ?

 モニターに映されたのは俺と真子、大輝と木部、そして卓也と園部だった。卓也と園部はB2フロアで間違いない。園部がもし既にB2フロアをクリアしていれば次は1F。卓也がB2フロアをクリアしていれば次はB1フロアだ。B2フロアでしか会うことのできない2人だ。


『瀬古大輝、木部あいは連続1時間手を繋げ。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『波多野郁斗、太田真子は制服のネクタイとリボンを交換し、連続1時間身に着けろ。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『高橋卓也、園部歩美は野球のボールでキャッチボールを10往復しろ。達成前に一度でも床にボールを落としたら次の移動ターン開始までモニターを作動させる。制限時間は次の移動ターン開始まで』


 大輝と木部のミッションは問題ないだろう。1時間の縛りはあるが、難易度は高くない。

 卓也は野球部なので硬式ボールを持っているようだ。すでに鞄から取り出したのが映っている。ミッションクリアの条件は10往復であって、床に落とした場合のことは補佐的な罰ゲームだ。

 3室とも死のリスクが低いミッション。16ターン目で他プレイヤーを死なせる危険性があったミッション以来、死のリスクが低いミッションばかりだ。17ターン目の不人気投票では毒針が頭を過ぎったもののあれはキキの脅しだった。人が死なないことが最善ではあるが、このところ生かされているようにも感じる。


「さっさとミッション終わらせるか」

「そうだね。モニターでいつまでも部屋の中を晒されるのは嫌だもんね」

「はい、ネクタイ」


 俺は真子にネクタイを渡した。そして真子からリボンを受け取った。


 リボンってフック付きのゴムにぶら下がってるだけなのか……


 俺はリボンのゴムを首に回し、フックを留めた。


「う……苦しい……」

「ちょっと、何やってんの。緩めなきゃいっくんの首の太さに合うわけないでしょ」


 真子は俺の背後に回りリボンを緩めてくれた。それが終わると真子が正面に回り言った。


「ぷっ、変。て言うか、可愛いかも」

「好きでやってんじゃないんだよ」

「あはは。私、ネクタイの結び方知らないからお願い」

「わかった」


 今度は俺が真子の背後に回った。真子がセミロングの髪を手で一つにまとめ、後頭部まで上げる。真子のうなじが艶やかだ。

 俺は真子の首にネクタイを掛けた。真子は自分の胸元にネクタイが回ったことを確認すると髪を開放した。


 あぁ、せっかくのうなじが……


 俺は真子の背後から真子を抱き込むように、真子の胸元でネクタイを結び始めた。


「どさくさに紛れて胸触らないでよ」


 また余計な一言を……


「余計で悪かったね」

「心の中を読むな」


 そんな話をしているうちに真子のネクタイを結び終わった。苦しくないように緩めに結んだ。


「どう?」


 そう言って真子は笑顔で俺に振り返った。ネクタイ姿の真子、可愛い。この子は何でも似合うのだな。と言うか、さっきから真子はミッションを楽しんでいる節がある。まぁ、少しでもストレスが和らぐのならその方がいいのだが。


「か、可愛いよ」

「へへん」

「俺はリボンの方が好みだけど」

「ふーん。リボンのいっくんも子供みたいで可愛いよ」

「バカにしてるだろ」

「スマホあったら写真撮ってたんだけどなぁ」

「ったく」


 モニターに目を向けると卓也と園部が近い距離でキャッチボールをしている。2人とも下手投げだ。モニターで部屋を晒されないために慎重にやっているのだろう。

 そして俺がモニターに目を向けてから3往復ほどで卓也と園部の部屋のモニターが暗転した。一度も床にボールは落とさなかったようだ。


 大輝と木部の部屋では2人が手を繋いで床に座っている。木部は美人だし、こうして見ると美男美女のカップルだ。


「なんかお似合いだね、あの二人」

「だな」

「私たちはどっちも童顔だから下手したら中学生カップルに見えるのかな」

「中学生と小学生じゃない?」

「小学生ってどっちのことよ?」

「……」


 また踏まれそうなのでこれ以上は何も言わないでおこう。


 ミッション開始から1時間が経過し俺と真子の端末に『ミッションクリア』と表示された。モニターも消えている。大輝と木部もミッションが終わったようで、既に2人の部屋のモニターは暗転していた。


「はぁ」


 俺は真子のリボンを取ると一息吐いた。緩めてもらったとは言え少し息苦しかった。やっと開放された思いだ。それにリボン姿をモニターで晒されて恥ずかしかったし。


「苦しかったなら手首にでも巻いておけばよかったのに」

「え……」

「ミッションの条件は『身に着けろ』だったんだから、どこに身に着けようが構わないでしょ。気づいてなかったの?」

「いやいや、気づいてたなら言ってくれよ」

「だっていっくん、可愛かったんだもん」

「……」


 無邪気な真子の笑顔。これを向けられるとどうにも適わない。


 少し時間が経過し、俺と真子はまだ消灯されていない部屋の中で寝床に入った。シングルベッドくらいの大きさのマットの上で、2人して横になるのももう慣れたものだ。最初こそ密着に動揺していたが、今では自然に腕枕をする。

 もうすでに1Fに上がったプレイヤーはいるのだろうか。果たして1Fはどのような場所になっているのだろうか。大輝の予想通り25マスに間仕切られた部屋になっているのだろうか。もしそうならそこでも同じようなゲームが繰り返されるのか。プレイヤー達のストレスもそろそろ限界に近いはず。早く終わってほしい。


「いっくんてさぁ」


 真子が俺の胸に頭を預けながら切り出した。


「今まで私のこと避けてたよね?」

「う……」

「挨拶だけだったけど、私は頑張ってたんだけどな」

「ご、ごめん……。真子を傷つけたのは俺だから馴れ馴れしく近づける立場にないと思ってて。けど、2年の新クラス見て、仲直りできるチャンスかもとは思ってた」

「ふーん。じゃぁ、これから頑張ろうと思ってたってこと?」

「うん」

「ふーん。しょうがない、信じてあげよう」


 確かに思い返してみると情けない。俺は真子を傷つけたと思っていて近づくことができなかった。自分にはその資格がないと言い訳をしていた。

 しかし真子は積極的に挨拶をしてくれた。真子の誤解があったとは言え、誤解を与えた俺がもっと積極的になるべきだった。まずは傷つけたことに対する謝罪をしなくてはいけなかったのだから。


「ふふ、ちょっと意地悪言ってみたかっただけだから気にしないで。今こうしていっくんと恋人同士になれたことが嬉しいから」

「真子……」


 それは俺も嬉しい。二度と修復できないことも念頭にあった。ましてや中学の時の真子の告白がまだ生きているなんて思ってもいなかった。これからずっと俺は片想いのままだと覚悟していたほどだ。


「真子さぁ」

「なに?」


 しまった。何も考えずに呼んでしまった。何か話さなくては。


「どんなデートがしたい?」

「ん? いっくんの成績が上がってからの話?」


 う……。抜け目ない。どうやら俺は真子との勉強からは逃げられないようだ。


「うん、まぁ」

「特別なことは別にしなくていいかな。普通のことでいいんだよ、私は。映画や買い物や水族館や遊園地行って、クリスマスや誕生日には一緒にお祝いして、バレンタインにチョコ渡して。どこにでもいるカップルみたいに普通のことができればいいんだよ」

「そっか。俺もその方がいいな。素の自分で真子と付き合えるから」

「でしょ」


 そのためには日常が必要だ。今の非日常から一刻も早く脱却しなくてはならない。真子と一緒にゲームの外に出なくてはならない。1日も、1時間でも早く。

 やがて消灯され俺は眠りに落ちた。このゲームは体が疲れることはないが、精神的には参る。暗くなった部屋で横になっていれば、夢の世界には難なく入れるものだ。そしてこの晩、俺は夢を見た。


 そこはこのゲームのマンション内の間仕切壁を取り払い、25室が一体となった部屋だった。そうだ、以前にもこの広い部屋を夢に見たことがある。その時に顔を認識できない4人がいた。2人は男女で手を繋いでいた。もう2人は男同士で組み合っていた。

 あぁ、今わかった。あの時の4人は元気と鈴木美紀、遠藤と鈴村だったのか。つまりあれは予知夢だったのだ。それに気づくと俺はハッとした。あの時真子も夢に出てきた。けど助かっている。頼む、真子だけは死なせないでくれ。


「いっくん」


 その声は耳元でした。聞き間違えるはずもない、真子の声だ。ダメだ、真子。絶対に現れないで。ここで会ってしまったら嫌な予感がする。


「いっくん」


 来るな、来るな。真子来ちゃだめだ。


「いっくんてば」


 俺は大きく目を見開いた。見慣れた天井。狭い部屋。何日も俺達が監禁されている建物の中の一室だ。横で真子が肘を突いて俺の顔を覗きこんでいる。


「真子……」

「魘されてたよ?」

「そっか……」


 嫌な夢を見た。端末の時計を見てみると明け方の4時。前回見た時みたいなことが起こらなければいいが。

 今回は誰も出てこなかった。前回は死んだクラスメイトとこれから死ぬクラスメイトが出てきた。真子は現実世界で眠っている俺に直接話しかけたから大丈夫だったのか? 所詮夢だから信憑性がないのか? とにかく真子を第一に他のプレイヤーの無事を願うばかりだ。

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